『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
「……っ! めぐちゃん!」
何か物思いにでも耽ってたのかな、窓の外をぼっと見つけ続けていた香蓮。
既に身体も起こせていて、顔色もいい。
ベッドも私が使ってたものより柔らかそうで、少しだけ羨ましいぐらいだった。
でも顔色の良さと晴れやかさは全くの別で、香蓮の表情はどこか怯えているような、何か予定してないことでも起こったような顔をしていた。
「ルイくんは」
私が引き戸をピシャっと閉めるなり、おもむろにそう聞いてくる香蓮。
最初驚くような表情をして以来、私の方に視線を合わせていない。
「『僕は居ないものと思って好きなだけ自分で話してきてくれ』だってさ」
「で、でも……私はめぐちゃんとルイくんに一緒に来て欲しくて……」
少し言いづらそうにしながら言葉をこぼす香蓮。
息はしてるのに喉に何かが詰まってるみたいに呼吸が荒く、そのリズムもちぐはぐだった。
「でも香蓮。私は二人で話したいの」
考えうる限り、最悪の切り出し。
昨日フードコートで言った「香蓮と二人で来たかった」ってのと全く変わりない。
気のせいか、香蓮の寄せる眉も若干近くなっている気もする。
でも、今は香蓮と二人っきりで話したいのはほんとのこと。この気持ちに嘘はつけない。
「だからさ、このあと時間が出来たら。三人で一緒にお昼ご飯でも食べに行こうよ」
だからこれは、嘘をつく代わりの小さな約束。
入口に置いてあった折り畳み椅子に座ったあと見上げると、香蓮は錆びついたネジみたいにゆっくりと首を回してきていた。
「……えっ」
「だーかーら。三人で一緒にご飯食べに行こって」
「でも……! めぐちゃん……なんで!」
香蓮は力なくそうこぼすと、その目頭からほろりと涙を流し始める。
嗚咽や鳴き声が混ざったものじゃない、静かな涙。
「えっ!? ちょちょちょ、なんでそんないきなり!?」
座ったばっかの折りたたみ椅子を蹴り飛ばしながら立ち上がって、ポケットに手を入れる。
……ってそうだ、寝てる最中に着替えさせられたからハンカチも無いんだ。
まずいな、スマホも財布も私ん部屋に全部置いてきちゃったな……格好がつかないや。
サイドテーブルにあったティッシュで香蓮の涙を拭ったあと、彼女のベッドに腰掛けて直接向き合う。
私が香蓮の背中を軽くさすっていると、彼女はぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「私ね。昨日、めぐちゃんとルイくんが喧嘩したあと、夢を見たの」
「……それって、どんな夢?」
「おっきな男の人に、めぐちゃんがいたぶられる夢」
……多分、それは夢じゃない。
私がロムルスに契約の詠唱をさせられているときに、解毒が回ってきて見た現実。
「でもめぐちゃん……夢じゃないんでしょ。私、めぐちゃんの叫び声が痛くて……今も残ってて」
それは香蓮も分かっていたみたいで、私が耳が痛むぐらいに叫んでいた事実を今になって知らされる。
……香蓮は私の
だとしても私の苦しみを見られていたことを割り切れない。
「だから怖かったの……。私が二人を無理やり引き合わせようとしたから二人が喧嘩して。私が勝手に帰ったからみんながひどい目に遭ったんじゃないかって。怖くて、怖くて…………!」
香蓮は声を震わせ、自分の脚に覆いかぶさっていた毛布を握りしめながら弱音を口にした。
……香蓮は、身体を蝕む毒に目もくれず私を諭そうとしてくれたんだよね。
でもそれだけじゃなくて、香蓮の中でも膨らんでた罪悪感を押し殺すのに必死だったんだ。
重なる私と香蓮。
罪人と被害者だと思ってた関係は、実際にはびっくりするぐらい似ていて。
それに気がついて一歩遠くから見るだけで……檻には鍵が掛かってなかったことに気がついて。
出る方法をしきりに説明しようとしてくれる香蓮の言葉を耳を塞いで聞かなかったふりをしてたみたいで。
過去の自分を矮小化することでは無いけれど。
まだ一日も経ってないのに、それが少しだけ懐かしく思えてきた。
「大丈夫だよ、香蓮。香蓮は悪くないよ」
少しだけ香蓮のもとへ寄って、その首元へ腕を回す。
昨日と比べて高い体温。伝わる首の脈動。手先に血がか寄り切っていなかった昨日を思うと、きちんと快復してくれたのが分かった。
首へ腕を回したあともしばらく黙り込んでいた香蓮が、奥歯が噛み合う音を立てながらまた言葉を紡ぐ。
「また、そうやって。自分のせいにして」
「違うよ、香蓮。違うの」
そうじゃない。私は「香蓮のせいじゃない」って言っただけで「誰のせい」とは言ってない。
けど今までの私が口酸っぱく「誰のせい」って言ってきたことを思えば、香蓮の答えがそこに行き着くのも自然に思えて。
香蓮の身体をゆっくりと引き剥がすとともに、その目を確かに合わせる。
彼女の目はまだ潤んでいて、涙袋も真っ赤で、私の言葉から答えを導き出せてないのか口がぽっかりと空いていた。
「あの六年前からずっと、私たちどっちも悪くなかったの」
口から出た台詞は分かりやすいぐらいに幼稚で、それでいて気障で。
「お互いが必死で。守りたいものがあって。認めたくないことがあっても、歪んだまま隣に居続けて」
そうやって今までのお互いの軌跡を辿っているなかでも、香蓮は何が起こっているのか飲み込めていないのか、首を小さく振りながら黙り込みながら唇を震わせていた。
——香蓮がこうなるまで追い込んだのは誰なのか。それは、私以外に存在しない。
偏屈で、歪んでいて、人の話を聞かない私がずっと横に居てくれていた香蓮をこうなるまで放った。
でも……それに対して本来送るべき「ごめん」は、今日は封印だ。
「ねえ、香蓮」
自分の瞳が、僅かに潤むのを感じる。
今までは香蓮を心配させるから流さないようにしていたそれを、とびっきり溢れ出させながら。
「今までずっと隣に居てくれて、ありがとう!」
とびっきりの明るい声で、感謝の言葉を口にした。
今まで香蓮へ向けるものにはどこか後ろめたさの混ざっていたその言葉を。
「め、めぐちゃ……めぐぢゃ……ん……!」
既に涙でいっぱいになった顔で、私の胸元に飛び込んでくる香蓮。
まるで、今までぐっと堪えていたものを溢れさせるみたいに。
「め、めぐぢゃん、も! 私の無茶聞いでぐれで! ありがどう!」
「いいんだよ、香蓮。お互い様だから」
本当なら、私の方がたくさん謝らなきゃいけないようなことかもしれない。
けれど、香蓮は多分それを望まない。
だからお互い様ってことでいい。
もう一度背中へ回した手で抱きしめた香蓮は相変わらず細くて骨ばっていて痩せこけてる。
でも昔と違って髪の色も少し濃くなっていて、それにずいぶんとその肩周りも大きくなっていて。
それに何よりも————私の介助が無いと歩けない人じゃなくなっていた。
ハハ……こんなことにも気がつけなかったんだ、私。
私の価値は償うことには無いって、香蓮がしきりに伝えてくれていたのに。
「香蓮……」
今はそんな香蓮が抱きしめてくれるのが嬉しくって……喉奥で堪えていたものがぐっと込み上げて、目が熱くなって。
それだけじゃなくって、昨日から鋭くなった私の五感が、部屋の外で男が鼻を啜るのを聞き取る。
時計の針は動き出した。
でもその針が何度刻まれたかはもう分からないし……数える必要もない。
そう思えるぐらいに、今まで泣けなかった分を香蓮と私の二人で、思いっきり泣き明かした。