孤高のリヴァイアサン~これは異能に弄ばれた私が、それでも前へ進むと決めた話~ 作:大和ユキ
「人に物を言う時は先に行動で示してからですよ、お嬢さん!」
直後、私は
ロベールはナイフを投げ、堅実に牽制してきた。
もう飛び道具は斬れるものとして扱わない。
硬度に関わらず、剣の腹で弾きながら手を伸ばした先は、重たい座板のブランコ。
二本の鎖を左手で鷲掴みにし、根元へ剣を振るう。
鉄の擦れる甲高く嫌な音と共に鎖がバターのように容易く斬れた。
切れた鎖を左手で握り込めば、これで即席の
唐突に伸びたこちらの射程に、ロベールの眉が初めて寄る。
左手にブランコを担ぎつつ、飛び道具を弾き、避ける。
あと一歩で届くところまで踏み込んだ時、ロベールは残る二体の蝋人形を捏ねて短剣を形作った。
——ロベールが、初めて守りに回った。
勢いのまま
けど、それでいい。
役立たずになった
大きく振りかぶり隙を晒したロベールは堪らず距離を取った。
距離を詰め直せばいける……!
暗器もまた避けて、弾いて見せる……!
そう決意し、踏み込んだ次の瞬間だった。
「フッ……! プレゼントをあげましょう!」
彼は粘つく笑みを浮かべ、自らのスーツを脱いでこちらへ覆い被せてきた。
油と枯れ草みたいな微かな加齢臭が鼻を突き、視界が塞がれる。
その直後、全身に突き刺すような激痛が走った。
視界を覆っていたものを一瞬で引き剥がすと、周囲には無数の蝋製まきびし。
スーツの内ポケットにも、同じものがびっしり仕込まれていた。
私の身体にもいくつも食い込んでいる。
隙を逃さず、ロベールは両手に短剣を構えこちらへ踏み込んでくる。
けれど、僥倖……!
勝ち筋は元からロベールの意表を突くこと。
スーツの襟首を左手で掴んで全身の激痛に耐えながら力任せに振るうと、ウチワみたいに広がった布が地面の粗い砂を打ち上げた。
「しまっ──!」
一瞬。瞬きより僅かに長いほんの一瞬の隙。
けど、その一瞬で十分だ。
左肩から抜いて隠していた
その対処に迷えば、その隙に決められる。ナイフを受けても、その間に攻撃を叩き込める。
なのに。
「ハッ……なるほど、なるほど……!」
ロベールはその返礼品を避けることもいなすこともせず、ただ己の右肩に突き刺さるのを受け入れた。
この一瞬の間でも白いスーツに血が滲むほどの傷、けれどロベールはいやらしい粘ついた笑みを浮かべてばかりいる。
——何のつもり? 何か策が?
いや、今更何が起きても勝ちは揺らぐはずはない。
その自信で彼の元へ踏み込んだ瞬間、またあの不気味な甲高い声が響く。
「バクロ! バクロ!」
ロベールの帽子からまたもや蝋人形がぼとりと落ちる。
今更出してきても変形の隙がないから無視——その選択は取れなかった。
ロングヘアに青いインナーカラー……あからさまに私を模した蝋人形。
「大和メグミハ、二〇一九年ノ殺人ヲ悔イテ——」
「ッ!」
瞬間、斬った。
ロベールじゃなくて、蝋人形を。
続きを、聞きたくなかった。
「ハッ……! 貰いましたよ、お嬢さん!」
瞬間、ロベールが剣を大きく振り上げながら強く踏み込む。
私の
今からでも先んじてロベールを斬ることは出来る。
けれど、近すぎた。踏み込まれすぎた。
勝つには、そうするしかない。
けど。
そんな迷いとともに駆け巡る、肉に刃を深々と突き刺し、
戦いの中に持ち込まれるには、あまりにも大きすぎる迷い。
——してやられた。
その時だった。
どこからか差し込む眩いばかりの光の筋。
それが一瞬のうちにロベールの剣を飲み込み、液状の蝋に変えてしまった。
柄だけになった剣が私の前の空を切る。
……何が起こった?
視界の端に屋根の上に人影を見た気がしたけど——そんなことに割かれるほど私の思考に余裕はなかった。
今確かなのは、殺すという選択が消えたことただ一つ。
「がああああ!!」
身体を僅かに退き、ロベールの胴を斜めに浅く切り裂く。
異能者なら死ぬことはない、けれど失血でしばらく立ち上がることができないような一撃。
骨までは届かせない生々しい肉の抵抗が、
仕上げでロベールの腹部目掛けて蹴りを入れる。
──暗器で刺し違えよう。
ロベールが間違ってもその選択をしないようにするための一撃。
彼の身体は蹴りの衝撃で数メートル転がり、まるで舞台の上の役者のように優雅に受け身をとって片膝をついた。
「素晴らしい……見事な連……携……!」
ロベールは胸元の傷から鮮血を溢れさせながら、称賛の言葉を送る。
直後、彼は蒼い顔をしながら意識を失い、浅い血溜まりを作りながら仰向けになりその場に倒れた。
「連携……? 今の光が?」
当たり前だけどそんな自覚はなって、全くの寝耳に水。
あいつから見たら連携に見えたのかもしれないけど──そういえば、と思い出しさっき人影を見た屋根の方へと目を向ける。
公園の近くにある、瓦葺きの屋根の上に彼は立っていた。
まるでそこだけ影絵の世界から切り取ってきたみたいに、彼の背後に隠れた夕日が逆光のシルエットを作る。
「いやー、危ないとこだったね。怪我はない?」
彼は屋根の上から公園の敷地にひょいと飛び降りると、私の元に駆け寄ってきた。
私と同じ高校の紺色のブレザーを着た男……いや、男の子。
明るい栗色の毛でパッツンのボブ、ぱっちりと開いた大きな目。
病気を疑うほど白い肌に低い身長、そして幼い顔つき。
一年生かとも思ったけど、私と同じ二年のネクタイを身に付ける青年だった。
「……怪我は、ない」
「良かった! それで、君が大和めぐみさんで間違いないよね?」
「そうだけど…………ッ!?」
彼の近くにまるで重力なんてないみたいに浮かぶ、鈍く光るガラス球を目にする。
新手の異能者かと勘づき、無意識に片足を後ろへ下げた。
それでも額に脂汗を浮かべながら笑う青年。
倒れる血まみれの男、その返り血を浴びた刃物を持った女。
端からみればそんな風に見えるのに、それでも彼は親しみを持った表情でこちらへ歩み寄ってきている。
「そんな警戒しなくても……って。 ああ、名乗りがまだだったね」
彼はハッとしたような表情を浮かべると私から一歩距離をとり、こほんと高い声で小さな咳をしながら名を口にした。
「僕の名前は本田ルイ。君をここに呼んだ張本人だ、よろしく頼むよ!」