『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
あの病室で止まっていた時計の針が進み始めてから早くも二週間ほどが経った。
短かったゴールデンウィークも五月病の大流行を残して終わりを告げ、今日は週終わりの金曜日。
中間テストも五月末に迫り、各教科の教師陣もテスト範囲を順次匂わせ始めてきている。
そんな時期の正午過ぎ、本校舎の半地下一階にある空き教室の窓辺で私は人を待っていた。
家庭科の授業で一年生が作っているものが置かれているのか、教室後ろのロッカーの上には作りかけの幼稚園児向けフェルト人形が山のように並べられている。
だったら五時間目に誰か来るんじゃ、ってのは大丈夫。
この休み時間が終わったあとにこの空き教室を使う授業がないことは確認済み。
ここが穴場だってことに気が付いた他の生徒もここを同じ用途で使っていたのか、ハートで囲まれた「BFF」なんていう見知らぬ誰かの青春の残骸が残されていた。
「……だいじょぶかな」
……昼休みに入ってもうすぐ十分が経つ。
なかなか教室へ来ない香蓮たちのことが思い浮かぶけど、ここはぐっと我慢。
はやる気持ちを抑えながら、胸ポケットから手帳を取り出して予定を眺めた。
黒や青のボールペンでテストや課題の予定、あとは食品以外の日用品の買い出しに行く日や買わなければいけないものがメモしてある、これだけならなんてことない手帳。
けれど、一番目を引くのは少し太めの赤いボールペンで引かれた文字。
ページを今週の二つほど前……四月の終わり頃の週へと捲ると、その赤が占める割合は一気に増えた。
四月二十三日、アフマド・シャー。
四月二十四日、ロベール・ダルトワ。
四月二十五日、ジャン・ド・モンフォール。
そして同じく二十五日、ロベールから続く一連の陰謀の首謀者、ロムルス。
その名を目にするとともに、右腕の一部の毛がよだつように疼く。
連日の襲撃と事件の連鎖。
その渦中にあった時の私のメンタルも含めて、二度とあの週に戻りたくはない。
しかも
幸と言うべきか不幸と言うべきか、今のところこの刻印やロムルスに強制された契約が何か私に悪い影響を及ぼしている感じはしない。
それどころか、ロムルスやその関係者からの接触も一切なくって、学校でアームカバー生活を強要されるのが億劫かな程度で。
今の安寧が嵐の前の静けさでないように。
そんな願いをしながら手帳を胸ポケットへとしまい直したところで、教室の窓枠の方からプラスチックのぶつかったような軽い音が鳴る。
真っ黒な羽に、橙色の嘴と鉤爪を持つ一羽の鷲。
リヴァからあの真っ白い空間で押し付けられた、私の新たな異能。
鳥なのに餌も食べず、糞もしない、羽は抜けるけどしばらくすると光の粒子となって消えていく。
もっと言えば確実にあの工場でロムルスに殺されたはずなのに、いつの間にか私の傍で復活を遂げていた。
あんなものを見せられた果てに押し付けられたんだ、禄なものじゃない……と思っていたけれど。
そうやって言うにはリヴァとの関連があまりにも薄いというかなんというか。
指示が無かったら基本的に私のずっと上空を旋回したり、それで周りに危険があれば視界共有で報告してきたり。
そうやって送ってくる情報も他の猛禽類と喧嘩になった、どこか遠い道路で交通事故があった、更には夜中突然の雷が降ってきたみたいな映像ばっかりで。
どちらかと言えば「このコが驚いたことを送ってきてるんじゃないか」なんて予想も立ち上がるぐらいで。
……正直黒鷲の目線から見た猛禽のインファイトはさながらエースパイロット映画みたいな見応えがあった。
それにあれから何度か夜を越したあたりから窓を嘴で叩いてくれるようになったり、あとは間違って落とした定期券を拾ってきたり……リヴァが寄越したものにしてはやけに生活感もある。
だから名前をつけようって話になって、結果として「黒鷲が重宝されてるドイツ語からとって、名前は
……私としては勝手に復活したから「フェニックス」なんて付けようと思ったけど、ルイの小さな「……ダサくないか」って声でその案は破棄になった。
かっこいいと思うんだけどな、フェニックス。
「めぐちゃん、お待たせ」
「か、香蓮!? いつの間に!?」
若干カールした長めのブロンドヘア。私の親友、鈴原香蓮が大きなお弁当袋を両手で持ちながら、ぎこちない歩き方で私の方へ歩み寄って来ていた。
けれど、その横にいつもはあるはずのルイの姿がない。
「ルイは?」
「ルイくんは今日は別の友だちと食べるって」
私たち三人でこうやって昼食を食べるようになってまだ三回目。
教室だとルイが悪い意味で注目を集めかねないからこうやって空き教室を見つけて来たんだけど、そのルイが欠席。
「…………そっか、仕方ないね。それじゃあもらうね、お弁当箱」
「ん、ありがと」
他愛もない会話をしながら香蓮の手からお弁当箱を受け取る。
そして、彼女の腰に無意識に手が伸び——。
「あっ、そうだ。ダメだダメだ」
——かけたところで、その手を
「はい、よくできました」
上目を遣いながら私の鼻の先をちょんと
「ハハ、まだ慣れないや」
香蓮の不自由な脚。
十歳のとき、私と一緒に異能事件に巻き込まれて負った傷。
「私が一生かけて面倒をみるべきだ」って疑わなかった傷。
けど、あの日から香蓮と向き合って。
一歩ずつ、けど確実に歪んでいた自分を認められてきている気がして。
確かに関係をやり直せている気がして。
それを意識する度にちょっとした笑みが溢れるのを、まだ香蓮には見せたくはないな。