『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
「……開けて良い?」
香蓮と向き合いながら席につき、目の前に置かれた空色の箱に手を添える。
きちんと保冷剤で保冷されてたのか、滑らかなプラスチックの表面に細かな水滴がついてるのが指先から伝わってくる。
「ふふ、めぐちゃんのなんだからいつ開けても——あっ、なんなら私が食べちゃおうか?」
「だ、ダメだよ! あ、でも香蓮が作ったやつだから香蓮が食べてもいい……のかな」
「もー冗談だよ、ほら早く早く!」
なんて言いながらどこかそわそわとする香蓮を横目に、私はその玉手箱を開けた。
ソーセージ、だし巻き卵、ボイルしたブロッコリーに、隅っこに添えられたミニトマト。
その隣には石英みたいに光る米粒がところ狭しと敷き詰められていて、その端っこにはデザート代わりのこんにゃくゼリーが鎮座していた。
とりあえずお腹を満たせるけど、どこか虚しいコンビニ弁当じゃなくて。
不器用な並びで、けどその一つ一つが小さな宝石みたいに光るお弁当。
「めぐちゃんがどんなの好きかわかんないから無難な感じになっちゃったけど……どうかな」
「ぜんっぜん! っていうかほんとに食べるのが勿体ないぐらいだよ。なんならこのまま持って帰ってさ、ショーケースに飾っても良い?」
「ちょ、ちょっと大げさだよ!」
だなんて香蓮は言うけど、出来るならそうしたぐらい浮かれちゃってる自分がいる。
もちろんこれは冗談だけどさ。
「そういえばさ、めぐちゃん。ひとつ聞いてみたいことがあるんだけど……いいかな」
「ん、いいよ。なあに?」
何かな、もしかしてちょっとお弁当のメニュー融通してくれるとか?
私としてはこれで十分すぎるぐらいだけど、もしかしたら冷凍のチープなナポリタンとかあってもいいかもしれないなんて思ったり——。
「一年の頃、『めぐちゃん一人暮らしでお昼用意するの大変だろうし、私がお弁当作ろっか?』って言ったらめぐちゃんなんて言ったか覚えてる?」
「えっ……そう言われたのは覚えてるけど、なんて返したかまでは覚えてないかも」
ちょっと待って、ナポリタンとか言ってる場合じゃない。なんて言ってたんだ、一年前の私。
って言ってもあの時の自分に対する信頼なんて既に毛頭無い、多分ロクな返答してないんだろうけど……。
「私の記憶が確かなら、『お弁当なんて自分で毎日作って来れるからいらない』って言ってたと思うんだけど」
「うぐっ」
「それでめぐちゃん、去年何回お弁当作ってきた?」
「……ニジュッカイグライ」
嘘、ほんとは最初の三回しか作ってきてない。
中学でお弁当が必要だったときに自分で作って「なんだ、楽勝じゃん」って油断したのが始まりだったっけな。
でも高校生になりおじいちゃんの家を出てからというものの、ありとあらゆる家事を自分でやらないといけないばかりか、そこに加わる異能者の襲撃。
それでお昼を作ってくるって話がまず無理だし、しかも歪みまくってた私が香蓮の善意を受け取ることが出来るはずもなく。
今思えばなんて不届き者だったんだろうと、過去の私を叱りつけたくなる。
香蓮に聞こえるぐらいの声で「いただきます」を言って弁当へ箸をつけながら、そんなことに今更気がついた。
まあほんとに今更過ぎるんだけどさ。
「……香蓮、もしかしたら私って重いのかもね」
「えっ今更?」
お弁当を食べ終わった頃に徐に口にした言葉に忌憚のない感想を漏らす香蓮の声を耳に挟んだところで、机の上に置いていたスマホが強く震えた。
「あっ、ルイからだ」
まだスマホの画面見てないけど分かる。私にインリアでメッセージを送ってくるのは香蓮とルイの二人だけで、その片割れは今目の前にいるから。
予想が裏切られることもなく、ロックを解除するとそこにはルイからのメッセージが送られてきていた。
「ごめんね、香蓮。ちょっとルイからメッセ来てて」
「いいよ、だいじょぶ」
香蓮に一言だけ言ってから、残りのこんにゃくゼリーを口に入れながらスマホのキーパットを指先で叩いた。
『お昼そっち行けなくてごめんな』
『いいよ、別に』『ってか教室でスマホいじってて大丈夫なの?』
『えっとな』『鈴原からは友だちと食べてるって聞いてると思うんだけど』『実は違って』
『ん?』『一人で食べてるの?』
『うん』『ちょっと考え事しながら』
『だいじょぶ?』『それって私が聞いていいこと?』
『それなんだけど』『あした一日、時間くれないか』
『え?』『私はいいけど』『香蓮の予定までは把握してない』
『うーん』『えっとな————』
「っ!? うぐっ!」
「ちょ、ちょっとめぐちゃん!? 大丈夫!?」
ちょっと待って、今なんて書いてあった。
瞬間、驚いて大きく息を吸い込んだせいで喉にゼリーが詰まる。
二重の衝撃でスマホが軽い音を立てながら地面に落ちたけど、今はそれに構ってられない。
「っぐ、す、水筒……」
自分の水筒に手を伸ばし、お茶で流しながらなんとかゼリーを飲み込みきる。
でも死にかけたことはこの際どうでもいい、問題はさっきのメッセージ。
もしかしたら何かの見間違いかもしれないし、今見返したら別のことが書いてあって——。
そう自分を言い聞かせた時には既に香蓮が落ちた私のスマホに手を伸ばし、その画面を見つめながら固まっていた。
かと思えば、血眼になった彼女が私の胸ぐらを掴んで強く揺さぶって来る。
「めぐちゃん! 今日の夕方! ショッピングモール行くよ!」
「えっ、でもモールはこないだ」
「文句言わないで! 強制連行!」
「そ、そこまでする必要ある?」
「ええっ!? めぐちゃん分かってないの!?」
珍しく言葉を荒げる香蓮。
こんな香蓮を見るのは香蓮の推しのライブチケットが外れていた時以来だっけか。
でも、私の「そこまでする?」って言葉も嘘で。
さすがの私もにルイからのメッセージの意味は重々分かっているつもりだった。
——明日は大和だけで来てほしい。
それが、ルイからの最新メッセージにそっくりそのまま記されていた一文。
「だってめぐちゃん、これは……」
息を肩で大きく吸う香蓮。
若干興奮気味に、既に理解していた私へその事実を重ねて突きつけてくる。
「誰が見ても疑わない、デートのお誘いだよ!!」