『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
「……え?」
ルイのことを信頼してあとをついて来ていたのに。
彼が入っていこうとしているレンガ造りの建物の正体を知って、開いた口が塞がらなかった。
いやいや、見間違いでしょ。
……目元を擦ってみても、その文字は霞むばかりかはっきり見える。
いやいや、ただ通り道になってるだけでしょ。
……ルイはその入口に真っ直ぐ向かってるし、敷地を道代わりにするのは迷惑か。
「えっ……ほんとにトヨタ産業技術記念館なの?」
さっきまでのわくわく気分はいったいどこへやら。
震えた声でその一文を読み上げながら、ちょっと遠くで私のことを待つルイへと視線を向ける。
「え、いや、あの。え」
うーんと、私は機械とか車とか特に好きじゃないただの映画オタクで?
その女の子をルイは趣味丸出しの博物館に連れて来ていて?
あれ、デートってそういうもんだっけ?
自分の経験の浅さを一瞬疑うけれど、ちょっと常識に立ち返ればそれがおかしいことぐらいは私でも理解できる。
だからって私の方が「映画館がいい」なんて言うと同じ土俵まで落ちるから黙るけど。
ちょっとこう、手心っていうか。
もう言葉を選ばずに言ってしまうなら——ルイの、正気を疑った。
「ん? どうしたんだ大和。先行っちゃうぞ?」
肝心のルイ本人は上着のポケットに両手を突っ込みながら一切の濁りのない瞳でこちらのことを見つめている。
ああダメだ、これなんにも気が付いてないやつだ。
「……うん。分かった。すぐ行くね」
なんかもう、いいや。
チケット代はルイ持ちみたいだし文句は言えないよね。
……その代わり今度マイナー映画上映にでも付き合って貰ってチャラにするか。
「……おお?」
赤レンガ造りの古めかしいカウンターでチケットの交換を終え、ルイの言うままにエントランスロビーへと出たあと。
入館時に左手側に構えていた最初の大ホールに脚を踏み入れたときに、喉の奥から間抜けな驚嘆が漏れ出た。
産業技術って言うからもっと油とか機械音をイメージしてた。
けれど実際に飛び込んできたのは、現代の美術館を思わせる白を基調としたエントランスロビーの解放感に小綺麗さ。
右手の窓の向こうには美術館を思わせる中庭、左手には小さなレストランや授乳室まであって、意外とちゃんとした博物館になってるのに拍子抜けを食らった。
でも、どこまでいってもここは産業技術記念館。
入って最初に待ち受けているのは大きな噴水でも想像を絶するほど大きな現代美術作品でもなくて、てっぺんに大きな布のロールを携えた機械。
サイズ感的には大きめなエレベーターにならギリギリ収まりそうなぐらいかな。
真ん中の円盤状のところから無数の白い糸みたいなものが垂れ下がっていて、周りにはメガネを掛けた職員らしきおじさんが指示棒を手にしながら周りを見渡していた。
「あれなにやる機械なの?」
「おっ、僕にそれ聞いちゃうか」
何の気なしにルイへと問いを投げかけると、彼は少し得意げになりながらこちらに上目遣いを送ってきた。
ルイ、こういうの好きなのかな。
そういえばロベールの蝋人形も「ロボコン準決勝三連敗中」とか言ってたっけ。
なるほどね、だからこの場所選びなのかと腑に落ちた。
もちろんそこに女の子を連れて来たことの良し悪しはまた別だけど。
「あれはな、細い糸から布を作る機械なんだ」
考え事もほどほどに、得意げに解説を始めるルイの口調に耳を傾ける。
最初は興奮気味に語りだしたルイだったけれど、私の方へ目線を送る度に少しずつ喋る速度を落としていった。
けれどテンションが下がったという感じは全くしなくて、はきはきとしながらも聞き取りやすい声で解説を口にしている。
「へえ、昔はこんな機械で作ってたんだ」
「いいや、今も基本的な仕組みは変わってない……ってっ、ちょうど始まるな!」
「ちょうど良いって、何が——」
ルイは左腕の時計をちらっ眺めると、そんなことを口にした。
私がルイへ聞きかけたところで、機械が音を立てながら動き出す。
真ん中に掛かっていた赤茶色をした輪っかが、落とした丸いお盆のように大きくバランスを崩しているみたいに回る。
指示棒を持ったおじさんが説明しているところから見るに、多分デモンストレーションか何かだと思うけれど……。
「ねえ、動いてるのは分かったけどなんかすっごい遅い気がするんだけど」
動きはすごく緩慢、風呂敷一つの布地を作るのにどれだけ掛かるか分からない。
テレビで見た工場特集と比べると全然おっそいな、と思ってルイの方へその視線を向けると。
「電子制御のない全物理駆動の純粋な工学機構に、シャトルの円運動が織りなす美しい合理性……ふん」
ルイは左頬と瞼をひくつかせながら、意味の分からない言葉の羅列を詠唱していた。
うあ……私が趣味語りする時と同じ顔してる。
こんな顔見たくないってよりも、どちらかと言えば私が二人に同じ目に遭わせてないか不安で。
「おっと……こほん。醜いところを見せちゃったね」
「べ、別にそれは良いんだけど」
今度から私も気を付けようって思えたから大丈夫だよ、なんてのは口が裂けても言えない。
ルイから目を逸らしつつ本気でそんなことを猛省していると、彼は一転その表情へ僅かに影を落とした。
「……ごめんね、ちょっと退屈だよね」
「えっ、別にそんなことは」
ここに入る前なら文句の一つでも湧いて出てきたかもしれないけど、今になっては壊滅的に退屈している感じはしない。
施設そのものよりもルイの反応や解説が面白いからではあるけど、だからってそんな気を落とさなくても。
そうやってフォローしようと思った節から、ルイは言葉を紡いでいく。
「ここへはな、年に何回かよく来るんだ。ちょっと考え事とか悩みがあるときに」
解説が流暢だなって思ってたけど、今回が初めてじゃないのか。
そもそもこのデ……遊びに誘われた経緯が悩みがあるって文脈だったっけ、なんてのを今になって思い出す。
「ここに来ると少し落ち着けてね。でもちょっと考え直すとさ、もっと他のとこのが良かったかなって思えてきて」
……まぁ、最初っからここで大丈夫だったよと言えば嘘になる。
事前に気付いて欲しかったのが本音だし。
でも退屈だって決めつけて急に気を落として。
最初からどこか物憂げな顔してたのに、そこに申し訳なさそうな表情まで浮かんでくるのが気に入らない。
「ねえ、ルイ。昨日一人で何考えてたの?」
だからこそ、このまま何も話さずに終わるなんて許さない。
退屈なところに巻き込んでる自覚があるんなら、それは尚のことで。
「……ありがとう、大和」
ルイはその表情を少し明るくすると、僅かにはにかみながら首を傾げる。
けれど、今この場で続きが今すぐ口にされることはなくって。
その足で機械の奥にある別館の入口へと向かうルイ。
「けどごめん、まだ決心がつかないんだ。だから……それまで付き合ってくれるか?」
……言うに言えないことって、ルイにとってはそんなに重たい悩みなのか。
胸の中で不安の種が芽吹いたことから目を背けつつ、彼と目を合わせながら快諾の言葉を口にした。
「いいよ、付き合ったげる。けど、このまま宙ぶらりんなんて許さないからね」
もう、投げっぱなしなんて許さない。それは自分のことも、ルイのことも。
自分にこんな感情があったことに驚きつつも、私はルイの元へと足早に歩みを進めた。