『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
ちょっと機嫌の上向いたルイ。
彼を連れてエントランスロビーを離れ、この記念館が工場として使われていた時の模型を通り過ぎ別棟へと通ずる廊下を通っていく。
その先は記念館最初の本格的な展示ルーム、繊維機械館に通じていた。
塗装こそ現代風だけど骨組みや構造はレトロな工場を思わせる屋内、そして目を見張るのはところ狭しと並ぶ展示の多さ。
ルイの解説がなかったら何をするのかも分からない機械が人力の機械に始まり、水力や蒸気、そして電力と進化していく。
そして時代が進むにつれ、展示の解説の中にぽつぽつと「豊田佐吉」の名前が出始める。
豊田佐吉……お父さん……喜一郎。
「あっそっか、この時代って『遥かなる走路』と同じ時代かあ」
「遥かなる走路……ってなんだ?」
「まあ流石にルイは知らないよねえ、昭和の映画は。豊田で最初に車を作った豊田喜一郎が、いろんな苦難を乗り越えながらトヨタを立ち上げるまでの伝記映画なんだけど、これが意外と良くてさー」
そうやって趣味語りをしながらあらすじを思い出すだけでも、あのソフトロック・バラードの主題歌が頭の中で流れてくる。
かくいう私も自動車に興味があったわけじゃなくて、閉店間際のビデオレンタル屋でワゴン売りされてたものを百円で買っただけではあるんだけどさ。
ワゴン売り映画の中ではかなりの当たり、作中で父・佐吉が口にした「止まらずに、走れよ」という台詞が今でも頭に残っている。
「おおっ、じゃあ大和もそこらへんの歴史とかちょっと分かる感じか?」
「いやいやそんなまさか。あれ伝記映画だし、なんか馬力がどうとか言ってたけど正直全く覚えてないよね」
まあ私が細かいディティール覚えてたらちょっとは話が出来たんだろうけど、もう観てから二年ぐらい経ったからさすがに覚えてない。
でもなんか、話が噛み合わないのはストレスに思っても不思議じゃないのに。
その新鮮な感覚が、なぜだか少しだけくすぐったかった。
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「かはーっ! 暑い日はやっぱこれに限るねえ!」
産業技術記念館から少し南、地元の焼き物企業が運営している公共の都市庭園の一角。
人工的に整備された小川のほとり、ベンチに二人で座りながら無色透明の炭酸飲料のボトルを
「なんでそんなおじさんみたいな」
「へへ、ちょっと言ってみたかっただけ」
ふざけた自覚はあるけど、今日は日差しが強くて随分と暑い。
暑さのあまり胸元が蒸れに蒸れていて、ブラウスを左手で摘んで煽ると蒸れた胸元に新鮮な空気が流れてきて心地いい。
これでちょっとはマシになったかななんて思いながら、小川の向こうでハトに餌をやっているはた迷惑な爺さんを眺めボトルの中身をちびちびと飲み続けた。
でもなんか、ルイの言葉数が急に減ったな。
私があまりにもくだらないこと言ったから反応に困っちゃったか、なんて思いちらっと彼の方へ視線を向ける。
「……ッ!」
瞬間、大きく目を見開きながら目線を逸らすルイ。
……今、私の方見てたよね。なんで目合わせてくれなかったんだろう。
「ルイ、どしたの?」
「いや……そのだな。ちょっと、左手が……」
「左手?」
左頬をぽりぽりとそう言われて自分の左手へと目を向けると、相変わらずブラウスを摘み続けていて。
それで私のところから見ても地肌がちらちらと見えてて——。
「ッッッ!」
その時になって初めて、ルイが私から目をそむけた理由に気が付いた。
「そそそそうだよね! 香蓮から借りたやつだから伸びちゃったら悪いよね!」
あーもう嘘つき、そんな理由じゃないでしょ!
ルイも手持ち無沙汰か気まずさか、ベンチの上に乗っていた小石を川に投げ入れている。
「ちょ、ちょっとルイー! あんまそうやって手持ち無沙汰にしてると、香蓮にぶつくさ文句言われちゃうよー!?」
あーダメだ、ここに香蓮はいないのに。自分でも何言ってるか分かんない。
一回冷静にならなきゃって言い聞かせながら、もう一度ルイの方へと目線を向けると。
彼は意外にも冷静で、それでいてどこから憂いを帯びた表情を浮かべていて。
でもさっきの出来事を全く気にしていないというよりも、彼にしか見えてないものがその顔に影を落としている気がした。
「……なあ大和、鈴原さんとはあれからどうだ?」
「えっ、香蓮と?」
かと思えば、唐突に香蓮の名前を出してきた。
連休中、一緒にカラオケ行ったり課題やったりしたところにルイもいたはず。
まあ見てないとこでも色々話したりしたしね、別に秘密にするようなことでもないし正直に答える。
「……変わったよ、やっぱり。もちろん良い意味でね」
「それはどういう感じで」
「具体的にって話になると、そうだね……一番はお互い正直になったことかな。あれから一回きちんと話し合って、お互いが隠してたことを話して……正直な関係になれた気がする」
ロムルス相手に惨敗を喫した翌日、そのあと一緒にルイとご飯を食べて解散したあと。
まだ日の高かった帰り道で、一駅歩きながら話したいと言ってきた香蓮と、途中の公園で脚を休めながら何時間も話しちゃったっけ。
少し前のことなのに、もう既になんだか懐かしいや。
そうやって思い出しただけで顔が綻び、それにつられてかルイも一瞬
「そうか、正直にか……僕もそうあるべきかもしれないね」
そうあるべき……ってなると、もしかしてルイにも隠し事が。
ベンチへ腰掛けながら
喉を鳴らし、私の方にも聞こえてくるぐらい力強く息を吸うルイ。
ああ、ついに来るな。ルイが今まで言えなかった悩みってやつが。
衝撃に備えるために、手をぐっと握って身構えたのに。
「実はな。僕は、僕じゃないんだ」