『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
「……いきなり、そんなことを言われても」
そう言う町田軍曹の瞳に濁り気が無いのが余計に意味がわからない。
自分でも気が付かないうちに気が立っているのかな。
不規則な振り子時計のゼンマイの音が大きくなっていく。
ただでさえこの身体は耳が良いのに、過敏になってるせいですっごい耳障りで。
もういっそのことコンセントを引っこ抜いて——そう思った時、私の左足に何かが触れる。
ふと見てみると、ルイの足裏が私の左足をスリッパの上からそっと何かが触れた。
大きくなったゼンマイの音の正体は私の貧乏ゆすりの音だったのか、振り子時計から鳴っていたと思っていた音も自然と小さくなった。
「大和、君の気持ちも尊重する」
私のことを咎めるわけでも、花のように扱うわけでもない落ち着いた眼で見上げるルイ。
彼は私の足に触れていた足を退けながらそう前置くと、その続きを口にしていく。
「けどもう一回よく見て欲しいんだ。この人たちは、少なくともわざと大和のことを傷つけようって人たちじゃない」
そう言われて再び町田さんの方へと目を戻すと、相変わらず濁りのない瞳でこちらのことを真剣に見つめ続けている。
ルイが途中で割って入ったことに言葉の一つすら漏らしていない。
……だからって今までのこととか今日の須藤のこととか許せるわけじゃないけど。
もしかしたら、私の方も少しだけ間違ってたのかもしれない。
「分かりました。わざわざありがとうございます」
って言っても目上の人から謝られた経験なんてない、どこかで聞いたの台詞の受け売りで町田軍曹へとそう返す。
横で緊張の面持ちをしていたルイも、僅かに口の端を綻ばせると町田軍曹の方へと向き直った。
「大和……さんは、過去にいろいろあったみたいで。一つずつ、誤解を解いていった方が良いと思います」
私がやりづらそうにしていたからか、自ら間に入ってそう提案するルイ。
それに対して町田軍曹も「そうしましょ」と首を縦に振った。
それからというものの、一つ一つ誤解を解いていく作業が始まった。
まずは現代の異能者に対する軍の基本的なスタンスに対して。
私が思っていた「戦力として利用しようとしている」ってのは、まずをもって半分間違いだった。
現代の異能者は舐められやすく、よく武威を示す標的になる上に民間人のためその保護を大前提にしていると説明していた。
その上で戦力として使うのはあくまで二次の目的で、望むなら保護だけを申し出ることも出来たらしい。
そして次に、一人暮らしを始めて以来日々送られてくる無数の封筒。
内容はさっきの保護要請で、私がおじいちゃんの家で暮らしてたときはおじいちゃんを通じてその状態を確認していたけれど、私がお父さんの遺産を持ち出して家出して以来その連絡が途絶。
しかも異能者とはいえ民間人かつ未成年、過度な接触は都合が悪いのもまあ分かる。
だからこそあくまで面会みたいな穏便な方式のみの接触を試みていたんだとか。
最近になって封筒が派手になったのはロムルス関連でその危険度が高まったのが理由で、近々またルイを通じて面会の要請を出すつもりだったらしい。
そして三つ目に、軍側の事務的な態度について。
ここに至るまで雑談に花を咲かせていた町田さんの態度に反して、主に異能者を軍へ突き出す手続きに対し冷たい態度が中心になったのは……結論から言うと、私に原因があった。
私が中学生になり、捕らえた異能者を軍に突き出すことが日常になりつつあったころ。
血を流すために水道で手を洗っていた私へ温和に接そうとした兵士に、私自身が激しく反発してしまったのが原因だったみたいで。
ぶっちゃけ私も覚えてない出来事だっただけど、ルイ曰く軍の方からしたら洒落にならない。
例えば軍のことを完全に拒絶した私が、異能者に襲われてそれを撃退しても軍に連絡をしなかったら。
私が斬った異能者は死ぬかもしれないし、そうじゃなくても理由の全く分からない血痕や戦いの痕が残ることになる。
その苦肉の策として出されたのが、私の方も冷淡に処理できる「事務的な対応」を採ることだったみたいで、以後マニュアルに追記されたんだとか。
他にもいろいろあったけれど、大きなものは次が最後。須藤武蔵について。
とは言ってもあいつに関しては誤解もクソもなく見たまんま聞いたまんまで。
まずをもってあいつが口にしていたことの大半は軍の意見とはてんで違うのはここまでの話を聞いても分かること。
態度は最悪のそれ、面会に来ないコストは織り込み済み、更にルイを「あれ」呼ばわりするのは論外の域。
強いていうなら面会のコストを払い続けてたってことに関しては私が悪かった気もするけれど、それすらも町田さんは「あの子が咎めることじゃない」ときっぱり言い切った。
……いま思えばあの恰幅の良い兵藤曹長が須藤へ突然浴びせた裏拳も今となっては理解できる。
実際あれが無かったら私は冷静になれなかっただろうし、来ようとも思えていなかったかもしれない。
「ほんとに、あの子のことについては謝罪してもしきれなく——」
再三謝罪する町田さん、けれど正直謝罪は聞き飽きた。
「もう大丈夫ですから」と、最初と比べるといくらか柔らかくなった口調で返事を口にする。
でもなんか……そうやって話を聞いてみてちょっとすっきりした気もする。
もちろん、わだかまりが解けきったなんてことはない。
分かることに限度があるとはいえ、学校へ軍人のお偉いさんが堂々と来たことについても、手違いがあったんじゃないかって言われただけで詳細は分からず終い。
けれど、ちょっと考えてみれば私は未成年の一般人。
強い人間だからっていろいろ都合よく使うと問題が起こることは、ヒーロー映画を観てるときに何度も観てきた展開でもあった。
「でも……一つ思うことがあるんですけど。ルイを通じて面会を……って言ってましたけど、どんな用事があったんですか」
さっきの擦り合わせの中で何気なく出てきた一つのことが気になり、おもむろに問いを口にする。