『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
「づ~が~れ~だ~!」
中間テストが終わってすぐの、五月三十一日の昼休み。
私は「いつもの空き教室」の引き戸を開けるとともに、香蓮へそんな弱音を吐いた。
「おつかれ、めぐちゃん。ルイくんは?」
「先生に課題持ってってるらしいから、あとちょっとしたら来るってさ……」
そんな報告をしながら体重を椅子へと全力で預けると、ワックスの剥げた椅子が、ビスを軋ませる音をあげた。
暑くなってきたからか教室全体がひどく蒸れていて、窓から吹いてくるそよ風だけがショートしそうな私の頭を冷却してくれる。
「……その訓練ってそんなに大変なの?」
「うんもう大変も大変だよ。月曜座学に火金土が基礎体力、そんでもって水土が剣術……帰ってからも洗濯機回すのだけはやんないといけないし」
想像以上に過酷な訓練、そこに学校や家事などの日常生活が付きまとってくる。 一年の頃のお弁当の例に漏れず、軽く首を縦に振った割にその後の労力のことを考えてなかった。
だからって別にあの時の「強くなる」っていう決意が揺らぐわけじゃない、そこは絶対だ。
だとしてもキッツいのは変わらずだし、テスト期間中でも訓練はお構いなし。
更に私が慣れてきたと見たのか、メニューは苛烈を極めるようになってきている。
いっそのことこのままぶっ倒れた方がマシなんじゃないかと思うけれど、ぶっ倒れないようにメニューを組んでいるのかそうともいかない。
「……やっぱり、なんか悪いなあ」
椅子を傾けながら半ば意識切れかけの状態で天井を見上げていると、藪から棒に香蓮がそんなことを口にした。
顔には少しだけ影が落ちていて、その目は私じゃなくて下を向いている。
「悪いって、何が?」
「めぐちゃんに負担ばっか掛けてるのが、ちょっとね……」
前までは別々で分けて用意してきていた、二人分のおかずが一緒に入った大きなタッパを広げる香蓮。
その表情にいつも見るような笑顔はなくって、目を若干細めている。
……これは、ほっといちゃダメだ。
横着に傾けた椅子を元に直しながら、香蓮にこっちを見るよう促す。
「もうそういうのやめようって言ったでしょ、香蓮」
「でも……」
お弁当を広げる手を止め、何か続きを言おうとする香蓮。
けれど彼女は、視線を落としながらまた息を潜めた。
「そんなこと言ったらさ、私もお弁当作ってもらうの悪いなって思ってるよ。けど私は時間が無いし一人暮らし、お弁当作ってる余裕は無いじゃん。それとおんなじだよ」
箸を持ち、いただきますをきちんと伝えてからミニトマトをつつく。
そう、だからこれは仕方ないこと。
お弁当は香蓮にしか作れないし、戦うことは私にしかできない。
大分香蓮に有利な暴論を展開してる自信はあるけど、もうそこをどうこう言ったって仕方ないわけだし。
「それじゃあさ……私にもっと出来ることない?」
けれど、あの鈴原香蓮がそれぐらいで退くわけがなかった。
首を傾げ、今度は私へと真っ直ぐな目線を向けながら聞き直してくる。
「出来ること……かあ」
お弁当にお味噌汁が欲しいとか、課題を写させてほしいとかいろいろ思いつく。
けれどお弁当の具を増やすとお金が絡むし、香蓮は真面目ちゃんだから課題見せてって言うと複雑そうな表情をする。
そう言いつつも結局見せてはくれるとこがかわいいんだけどさ。
はてさて、いったいどうしたもんか。
「じゃあちょっと愚痴とか……聞いてもらおうかな」
香蓮が望むような「出来るようなこと」じゃないかもしれない。
けど若干一名について愚痴りたい内容が後を絶たない、それで香蓮と私が一緒に楽になれるのなら一石二鳥だ。
「……いつも言ってる、その須藤って人?」
「そう! あいつマジで腹立ってさ!」
なんて思ってたのに、結局独りよがりな愚痴を展開してしまっている自分がいる。
まあ「愚痴って元来独りよがり」って言ったらそうなんだけど、やっぱ他の他愛ない話とはちょっとタチが違うっていうか。
「竹刀で打ち合いとかやってるときもさ、一本取った後にぜっっったい煽り入れてくるの!」
「煽りって、どんな?」
「え? 『お前は肥やしにでもなりに行くのか』とか『弾除けにもならんぞ』とか……」
「…………」
そうやって愚痴をつらつらと述べる傍で口を小さく噤み、急に無言になる香蓮。
……マズったかも。
あんま香蓮の前で死ぬとか言わない方が良かったかな。
「でも……それってめぐちゃんの命を気遣ってくれてるから出る言葉なんじゃないのかな」
「え?」
けど、そんな彼女から出た一言は想像の斜め上もいいとこ。
まさか須藤が言ったことに触れてくるとは思ってなくて、私の方が呆気にとられる。
「私はめぐちゃんは強いと思うよ? 力持ちだし、今の私を抱っこして走るなんて私のお父さんでも無理だよ。それでも須藤って人にとっては足りない……心配だってことじゃん」
「でもわざわざ煽る必要なくない?」
「それも煽りっていうか……めぐちゃんと同じで不器用なだけだと思うの。本当に煽りたいんだったら、もっと『俺の方が強いぞ』って言葉が出てくると思うから」
「…………」
なんか、私と同じって言われると癪。
理不尽なことで怒って、過去の異能者ってだけで差別して。
そんな人と同じって言われたって良い気はしないに決まってる。
けれど香蓮の中に悪い須藤像が存在しないのも当たり前の話。
ルイに「過去の異能者だってことはあんまり広めたくはない」って口止めされているせいで、あの時あの広場で起こった須藤との衝突は誰にも話せていない。
言われたからには約束は守るんだけどさ……。
いっそのこと真実を打ち明けたい気持ちと、ルイとの約束を守りたい気持ちとの間で板挟みになる。
「でも……めぐちゃんがそうやって愚痴ってくるってことは相当なんだろうね」
「まったくだよー。寝る前なんかにもあの煽り文句が頭の中で響いて響いて……」
「体調は大丈夫なの? その、心も身体も両方とも」
「うーん、実は疲れはそこそこぐらいなんだよね。なんか最近は体調も良いし!」
そう言ってマッスルポーズをしながら力こぶをつくると、香蓮は小さな安堵を浮かべた。
最近部屋も片付いてきたし、シーツも替えたからベッドで横になるのがちょっとした楽しみになるぐらいで。
「でもどっちかと言えば、息抜きの方が足りてないんだよね……」
振り返ると、ここ一ヶ月ぐらいまともに息抜き出来ていない。
香蓮やルイとも遊べてないし、スキマ時間のビデオ屋巡りすら疎かになってる。
「たしか今週の日曜は塾の補習あるんだよね? 香蓮」
「そうだね。中間の補習しないと」
「ならさ、来週久々に遊ばない? ほら、三河の方に
「モールかあ……こないだ別んとこで夏服買っちゃったしなあ……」
箸を止めて視線を下に向ける香蓮。
モールにはあんまり乗り気じゃなさそうだけど、何か考え事をしているご様子で。
「なら別のとこでも良いんだよ?」
そうやってちょっとした提案をしながら香蓮の顔を覗き込むと——彼女は口角をにまりと上げ、口をぽっかりと開けた。
……何か思いついた時の表情だ。
「モールじゃないかもしれないけど……ちょっと良いこと思いついちゃった」