『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~   作:大和ユキ

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第2-2話:約束のために

「あー……暑い……」

 

 蒸し暑くて埃っぽく、ぬるっとした粘りっこい空気に汗ばんだ身体。

 そんな大それた比喩を使わなくても、この感覚は全人類に最悪な寝起きの一言で共有できるほどに不快な起床。

 

「今、何時……」

 

 パッと眺めたスマホに表示されたのは「四月二十五日金曜日 十一時〇二分」の表記。

 …………おかしいな、八時間は寝たはずなのに全くそんな感じがしない。

 

 待受の時計から視線を下に降ろすと、インリアから二件の通知が来ていた。

 一件目は見覚えのある自撮りアイコンの香蓮から。

 

 内容は私が送った「いつもので休む」って連絡への返信。

 さすがの私も連日の襲撃は初めてで、夜中まで終わらない手続きと聴取、そして疲労に嫌気がさし、学校に休む連絡を入れてしまった。

 

 普通の日だったら午後から行く選択もあったけど、今日は生憎の三者面談で午前授業。

 今から行っても到底間に合いやしないし、異能者絡みの欠席は出席停止扱いになる。

 これが軍から押し付けられた望んでもない特権じゃなかったら、手放しで喜べたんだけどな。

 

『分かったよ、怪我はない?』

 

 ……心配かけちゃったかな。

 「大丈夫だよ」「怪我してないよ」とだけ送信して、半世紀ぶりに姿を見せた二件目のDM通知へ目を向けた。

 

「げっ……そうだった」

 

 昨日連絡先を交換した相手、本田ルイ。

 彼から「昨日はあんまり話せなかったから、今日また放課後に」って連絡が来ていた。

 

 結局あのあと、軍へのロベールの移送やその後の聴取に付きっきり。

 話す時間も気力もなくて、その埋め合わせで今日会うことになったけど……ぶっちゃけ乗り気がしない。

 

 香蓮との約束だから、会わないわけにはいかないんだけどさ。

 

「はあっ……くあーっ!」

 

 両腕両脚を思いっきり伸ばし、ベッドから這い出る。

 

 何も感じなくなって久しい、足元に積もったファストフードやらペットボトルやらのゴミを素足で掻き分ける。

 片付けのことを考えないわけじゃないけど、それすらも惰性と気怠さの濁流に押し流されるのが常。

 

 どうせ今日はもう学校行かないし、夕方からルイと会う約束も入ってる。

 有意義なことは何も出来ない日だって割り切ろうと、お手洗いだけ済ませてソファへ身を投げると。

 

「……ん?」

 

 クッションの向こうに、何か硬いものがあるのを感じ取る。

 身体を起こして見てみると、二週間ぐらい前に買った映画のDVDが埋もれていた。

 

 ハードボイルドな探偵と小心者な刑事のタッグモノの第二作。

 前作が面白かっただけに探してたけど、サブスクに無いから買ってきたんだったっけ。

 

 こんなところにあっちゃ危ない、二十五インチテレビの横にある、総計二百以上のDVDケースが所狭しと並ぶ棚、通称「聖域」へ収蔵しようと立ち上がり——。

 

 その棚にある小さな目覚まし時計を見て、その手が止まった。

 時計が指す時刻を見る限り、約束の午後三時までに映画を見終えるには十分な時間がある。

 

「……どうせ時間あるし、眠気覚ましに観るか」

 

 何もせずにダラダラしてたら、そのままソファの魔力に精気を吸われて寝落ちしかねない。

 その足でプレイヤーにディスクを挿し込んで、ソファへ身を投げなおす。

 

 設定はもちろん英語に日本語字幕、山のように積もったスナックから適当に一つ選んで昼食代わりに封を開ける。

 そして香蓮とUFOキャッチャーで取った大きなドラゴンのぬいぐるみに体重を委ね、映画の世界へと入り込み始めた。

 

 

 映画は、新しいキャラ……悲嘆に暮れた科学者の登場から始まった。

 遺影とも取れる家族写真を大切そうに撫で、ゼロの並んだ通帳に大きな溜息を洩らす。

 入っていたらしき予定を取り消して自室に閉じこもって暴飲暴食……登場の仕方的に今回の敵役(ヴィラン)かな。

 

「……あれ」

 

 映画に没入し始めてたった一分、なのになんだか物凄い既視感を覚える。

 どっかでこんな人を見た気が……。

 

「って、お金無いとこ以外は私とおんなじじゃん」

 

 親無し時間無し未来無しの無い無い無いの三拍子。

 今私の手元に残っているのも父方の祖父と香蓮の二人、そして食事と映画で飢えを紛らわしながら時間を貪ることだけ。

 

 けれど男は前作で壊滅したはずの敵組織から舞い込んできた怪しい仕事を受けてしまった。

 

「なんだ、やっぱ違うじゃん」

 

 人間讃歌に定評のある監督だっただけに、約束されてもないのに裏切られた気分になった。

 こんな何でも無い学者が棚ぼたで一発逆転なんて、現実じゃ絶対に起こらないわけだし。

 

「ってかこんな浅いヴィラン描く監督だったっけ、電話の向こうの人が黒幕とか?」

 

 そうやってボヤきながらイントロが終わるまでぼうっと観続ける。

 けれど。なぜだか、集中できない。

 

「……なんか、違うな」

 

 あらゆる映画で聞いたナレーターの声でタイトルコールが叫ばれた直後。

 大きなため息とともに、私はテレビの電源を切った。

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