『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
じいやに荷物を預けた少しあと、私達三人はそれぞれが提案したスポットを巡っていった。
一軒目は私が提案した吉田松陰歴史館。
って言っても別に歴史が好きとかそういうんじゃなくて、昔見たドラマの聖地巡礼。
「それってどんなドラマだっけ」
「あー、吉田松陰っていう江戸時代にいた塾の先生の妹が主人公なんだけど――」
私と香蓮がドラマの話に花咲かせる横で、ルイが蝋人形の展示をじっくりと見漁っていたこと。
そして置かれていた石碑に学校で嫌になるほど聞かされた単語「自立学習」が刻まれていたことを、残酷なまでに記憶に焼き付けられた。
「あちらに見える石垣が萩城の跡地で――」
二軒目は香蓮提案の遊覧船。
萩市内の川からスタートして、萩の街並みを海や川を巡る。
他の観光客と一緒に漁船ほどの小さな船に乗り、史跡や街に関するガイドの解説を聞いたりした。
ちょっと前に転覆事故があったらしくて、荷物とか体重の検査がしつこかったけど、それも仕方ない。
……ルイに見られてないよね、体重。
筋肉質なせいで女の子の体重してなくって、見られた日には死ぬしかないから秘密にしときたいんだけど。
「ねえルイ。なにかいる?」
「いやなんにも。小さい魚と海藻しか見えない」
そんな彼と並んで、夏の限定企画とかなんとかで渡された箱メガネを覗き込む。
……見えるのは寂しい海底や名前も分からない海藻ばっかりなのが寂しいな。
けれど日除けのある涼しい船上で、風に煽られながら二人と一緒に遊覧したあの時間。
言葉数も少なかったのに、なぜかすごく貴重な時間に感じられた。
もしかしてだけど、私の歴史館チョイスって失敗だった?
やっぱ、こういうところは香蓮には敵わないな。
そして最後、三軒目。
ルイが選んだのは地元の伝統陶芸の体験だった。
古めかしく、作品や道具でごった返しになった狭い工房。
「それじゃあ、一旦固めた粘土をろくろに乗せたら両手に水をつけて――」
粘土まみれの甚平を着た老人の指示に従い、ろくろを回しながら形を作っていく。
けれど粘土を乗せる位置が悪かったのか、なかなか同心円状に入口が広がらない。
(……ん?)
けれど、指示に従いながら慎重に形つくっていくなかで、いやに粘ついた視線に気がつく。
お風呂の椅子ぐらい低い台に腰掛ける私たちを、立ったまま見下ろす老人。
私のことを見下ろした次は香蓮のことを見て。
また私に目を向けて、香蓮の方へ向いて小さな指示を出して。
なんか、さっきからルイの方を全く見てない。
そればかりか、なんかさっきから嫌にニヤついている気が——。
不意に着ていたシャツの襟元を占める。
老人は相変わらずチラチラと私と香蓮を交互に見ていて、ルイの方には全く視線を向けていない。
目元が細いからか、それとも何か
ただの視線なのに、それを快く感じることができない。
それに途中で停電があってエアコンが止まり、閉め切られて工房が蒸れていたことも不快さと苛立ちを掻き立ててくる。
「お客さん、調子はどうかい」
さっきまで遠くに立っていた老人が急に、私と同じところまで目線を落としてくる。
上がる口角、垂れている目。そして、爺さん伸ばした手が不意に私の腕に障った。
「そこはな、手じゃなくてヘラを使って――」
「いえ、大丈夫です。一人でやれます」
「えーとなお客さん、自信あるのはええけどそれ以上歪むと直せんから、外から手で抑えて内側からヘラで――」
「一人でやれるので」
私が向ける視線に、目を大きく見開く老人。
そこまでやって、ようやく私の元から離れていった。
その後、香蓮の方へも話し掛けていたのが心残りだったけど……気付いてるのかな。
香蓮のワンピースの胸元がぴっちりと鎖骨に張り付いていることだけを頼りに、私はろくろを回し続けた。
******
「おっ、上手くできたじゃないか鈴原!」
陶芸体験をした窯元を離れたあと、三人帰路の坂道を降っていく。
なだらかな坂に畑や古民家の並ぶ南側から、ルイの別荘がある街の北側へと戻っていく。
真横からカンカンと照る西日に目をすぼめた。
……私も、香蓮みたいに帽子を持ってくれば良かったな。日焼け止めだけでいいやって油断した。
「へへへ、でしょ? 陶芸師さんの教え方が上手かったからかな。ルイくんのはどうだった?」
「僕か? 僕はあそこで作るの三回目だからな……こんな感じ」
ルイが少し自慢げにスマホの画面を突き出すと、そこには均整のとれた小さな小鉢が三つ映っていた。
まだ焼いてないから分かんないけど、形だけなら料亭に出て来ても不思議じゃないぐらいの出来。
「えっ、うま」
「だろー? 僕はもう上手く出来るから、香蓮と大和に教えてもらうよう言ってあったんだ。大和はどうだった?」
「わ、私? 私はね、えっと……」
そう振られて心臓が少しばかり跳ねる。
写真アプリをタップしようとする手が震えて、上手く狙いを定めることができない。
「写真、撮ってなかったの?」
「と、撮ったけど……」
渋々写真アプリを開いて画面を香蓮たちへ見せた瞬間。
和気あいあいとした雰囲気がそれを境に一気に凍りつく。
「…………良いんじゃないか? その、個性的で」
苦し紛れにそう返すルイ。
香蓮も言葉に出来ないと言わんばかりに、微妙な反応を示している。
それもそのはず、画面に映し出されていたのはぐわんぐわんと歪んだ、やけに口の広い茶碗。
穴こそ空かなかったけど、機能性を崖っぷちで維持できるほど歪みんだその器は、さながら前衛芸術の様相を呈している。
「別にいいよ、擁護してくれなくて。私自身、あんまり上手く作れたと思ってないし」
自分でも声のトーンが下がっているのが分かる。
楽しい旅行、二人の気分を落とさせるべきじゃないのに。
「めぐちゃん、陶芸師さんに教えてもらわなかったの?」
「……まあ、うん。なんかジロジロ見られてる気がして、気が進まなくてさ」
「見られてる……って?」
首を傾げる香蓮。
……香蓮、ほんとに気付いてなかったのか。
「だってさ、なんかすっごいニヤニヤしてたっていうか……」
「ニヤニヤ? あー、あそこは僕が小さい頃からの付き合いだからね。今日は大和たちが居たからあんまり話しかけてこなかったけど……」
……そんなまさか、贔屓にしてる子どもが遊びに来たから嬉しくてニヤニヤしてたってこと?
それとも、私の勘違い——。