『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
脚も綺麗に湯船の底に張り付いたままになって、腕を支えにしながら上半身だけが不器用に浮く。
そのまま眺めた夜空へ向けた目線が捉える、星々の群れ。
真ん中に浮かぶのは北斗七星、その東には夏の大三角。
そのどれもがくっきりと煌めいていて、愛知とは似ても似つかない星空に見える。
知らない土地、知らない体験、新しい友だち、新しい関係。
でも私の身に降りかかる火の粉は、そんなのお構いなしに現実を見せてくる。
……別に見せられなくても、この三連休が終わればいつもの忙しない日々が始まるか。
町田さんの重たい気遣い、須藤の厳しい指導に叱責。
しかも時間だけが経つのに、ロムルスの目的は何も見えてこない。
ずっとこんな生活なのか、ずっと身の危険に晒されなきゃいけないのか。
寝る前や買い出しの帰り道、ふとした時に大きすぎる不安を一人で咀嚼させられる日々も、また戻ってくる。
加えて腹や腕に僅かに浮き出る力こぶ。
日々の訓練のせいもあれど、どれもこれもあの「リヴァとの契約深化」の日から顕著になっている。
人知を超えた大きな力。
ジャンが「契約の代償」として殺されたことを考えると、私はあいつに何を差し出しているのか。
ゲームにおける契約の重さを知った後だと、その代償について考えざるをえなくなる。
その何かを差し出していることが、何かが手元から無くなっていることが喉元まで出掛かっているのに出てこない。
そんなことを、見える星座の位置が少し変わるぐらいまで考えていると。
「ピェッ、ピェッ」
赤紫色をした何かを咥えた
どこから持ってきたのか分からない、花が十房ほど付いている紫陽花の枝。
「こうしろってこと?」
花を千切って湯に浮かべると、なかなか風情のある紫陽花風呂が完成した。
夢中で千切っていたせいで、紫陽花の葉で汚れた手が青臭い。
「……わざわざ持ってきてくれたのね」
最近撫でさせてくれるようになった嘴を撫でながらそう聞いてみるけれど、答えが返ってくるはずもなく。
——ここ一ヶ月ぐらい一緒に過ごして分かったことではあるけれど、
ちょっとずつ慣れてきているのか触らせてくれるようになったばかりか、ベランダから窓を嘴で叩きながら起こすのも最早日常になった。
曜日感覚が無いのか、よく土日にも叩き起こされるのが玉に瑕ではあるけど。
そんな感じで、ほんとにリヴァと関係のあるものなのか疑いたくなるぐらいには、あいつの意思が介在している気が全くしない。
不思議に思いながら紫陽花を愛でながらしばらく湯に浸かっていたけれど……さすがにのぼせてきた。
「……上がろ」
ずっと考えていても仕方ない。
邪推の連鎖を断ち切り、赤く火照った身体を空気へ晒すとともに、立ち昇る湯気が私の身体をどんどん冷やしていく。
脱衣所に戻って肌着や下着を着たあとも身体から若干白いもやが上がっていた。
それに、肌もただシャワー浴びただけの時よりもしっとりしている気が……するかも。
もしかしたら美肌効果とかもあったのかな。
せっかくの温泉、ちゃんと保湿しないと。
いつも使う、大容量の安い保湿クリームをポーチから取り出したところで。
少し前に背伸びして買った化粧品が、それに引きずられるようにしてポーチの外へ転がってきた。
……このあと、ルイと会うかな。
ふと、そんなことが頭に過ぎる。
いやいやいや。これから寝るんだし、化粧なんてしても二度手間になるだけ。
それに化粧が薄すぎて自分でも変わってる気がしないし。
けど。一応。念の為。
そうやって言い訳しながら、ポーチの中へ手が伸びて——。
「リリリ リリリ! リリリ——」
「っ!」
唐突に鳴り響くアラームに肩が跳ねる。
音源は私のスマホ、アプリじゃなくて電話のけたたましいアラーム音。
溜息をつきながらスマホを手に取ると。
コールの相手は、私が「鬼教官」とニックネームを設定した須藤からの電話。
「なによ……こんな時間に」
嫌いな相手とは言っても、私の護衛に時間を割いてくれてる人でもある。
電話の最中に間違って怒らせないように事前に大きなため息をしてから、五コール目ぐらいで緑の応答ボタンを押して耳元へスマホをあてがった。
「はい、もしもし」
「須藤武蔵だ。今時間はあるか?」
「お風呂上がりだから忙しい。手短にお願い」
「風呂上がりなら暇だろ」
「ッ……」
「女の子はお風呂上がりにやることいっぱいあるの、そんなのも知らないわけ?」と口から漏れそうになったけど。
そう言い返すと事の応酬で逆に電話が伸びかねない、ここはぐっと堪える。
「で、何の用なの?」
「そうだな、要件を簡潔に言う。ベルトラン・デュ・ゲクランを警戒しろ」
「はい?」
てっきり連絡事項か何かだと思っていたのに。
須藤の口からいきなり出てきた警告に、そんな一言がでてしまった。
「……一応、理由を聞いても」