『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
一瞬の逡巡ののち。
甲冑の男の背後にある障子窓を、何かが唐突に突き破った。
周りの漆喰の壁もまるごと抉られ、周囲に木片が飛散する。
——香蓮が危ない。
彼女の前にたちはだかりながら全身に力を込めると共に、腕や脚が熱を帯びる感覚が走る。
「ぐっ!」
甲冑の男は右手で柄を、左手で剣の腹を押さえながら守りに回る。
それでも障子窓を突き破った
突風で服や布団が宙を舞い、テレビは音を立てながら倒れる。
その一部始終を、自分の顔を覆っていた腕の隙間から辛うじて観測することが出来た。
「何が……起こったの」
あまりに急なことに、理解が追いつかない。
ただ一つ理解できることがあるとすれば、板金甲冑を着込んだ男が今目の前に二人居るということ。
一人は突き飛ばされて壁へもたれ掛かり、新しく現れたもう一人は剣先に無数の穴が開いた分厚い剣を手にしている。
青い生地の上に、さっき見たのと同じ花の模様をあしらった西洋甲冑。
よく見ると兜も鳥の嘴のように尖ったものじゃなくて、ブリキのバケツを引っくり返したような筒状のもの。
「ハハハ、あまり吾輩をこき使うんじゃないぞ、お嬢さん」
その男は兜の奥に隠れた目線を私たちの方へ——いや、香蓮の方へ向けながら、あのガラついた声で冗談交じりにそう口にした。
香蓮へ目を向けると、彼女はスマホを握りしめながら首を力強く縦に振る。
香蓮が、呼んだの? ……自分で連絡を取れて、しかも私が疑っていたあの男を。
「しかし、これも我が主から受けし宿命!」
男は剣を畳へと突き刺しながら、その名を邸宅の梁にまで響くほどに轟かせる。
「フランスが一の騎士! 黒狼、ベルトラン・デュ・ゲクラン! 救援の要請を受け、いまここに馳せ参じた!」
けれどその名を聞いて私の中には、『助かった』という思いや安堵は湧いてこない。
次々と湧いて出る困惑と疑問に脳みそを掻き回される。
「ありがとうございます、ゲクランさん!」
「礼には及ばんぞ、お嬢さん。これが終わったらワインの栓の一本でも抜いてくれ!」
謝意を述べる香蓮へ洒落を返すゲクラン。
その目線を立ち上がりつつあった襲撃者へ戻し、再び問う。
「さて……愚かにも金獅子と
男の鎧の意匠を指し、名乗るよう促すゲクラン。
彼はその特徴的な剣を畳へ突き刺し、ラフに構えた。
よろめきつつも真っ直ぐと立った男は、澄んだ声を震わせながら言葉を発する。
「エドワード、と言えば伝わるか! 黒狼!」
その名前や声に聞き覚えでもあったのか。
ガシャンと鎧を鳴らしながら反応するゲクラン。
「なるほど……
「ッ……! その名で呼ぶなと、何度言ったら分かるのだ!」
さっきまでの余裕のある声色はどこへ行ったのか、声を荒げるエドワード。
けれど荒げた声は先ほどの一撃で一杯食わされたことへでなく。
あからさまに、ゲクランという人間そのものへ向けられていた。
「私はイングランド及びフランス王位の正当なる後継者、黒太子エドワード! 貴様が何と呼ぼうと、それが覆ることはない!」
怒りを隠すことすら無く恨み辛みを口にしたエドワードの息は、蒸気機関のようにひどく荒々しい。
スマホを下ろして、左手で私の浴衣を掴む香蓮。
何かおかしいと感じつつも、相手の出方を予想できずにその場に立ち尽くしてしまう。
「ふむ……ここで戦うのは避けたいな」
兜の顎のあたりを撫でながら声を漏らすゲクラン。
うめき声を上げるエドワードの横で、ゲクランはこちらへ目線を向けることなく、私たちだけへ聞こえるように言葉を向けてきた。
「私が時間を稼ぐ。その間に動ける格好へ着替え、ルイを連れて表へ出てくれ」
——時間を稼ぐ? 私がどうにかする、じゃなくて?
ゲクランの発した意味深な言葉への答えは、そのすぐ後に返って来た。
「おそらく私だけであの男に勝つことは出来ないうえ、この街は惨禍に陥る。それに耐えられるだけの最大限の準備を頼んだぞ」
「……え?」
さっきは出会い頭に圧倒してたんじゃ。
この街が惨禍に陥るってどういう。
そんな疑問を投げ返す前に、ゲクランは力を込め続けるエドワードへ駆けてゆく。
「さあ、続きは外でやるぞ! 『黒』を名乗る者同士な!」
強気な言葉で、誰にでも聞こえるよう言い放つゲクラン。
続けざまにエドワードの元へ駆け、自分が元いたところへ剣の切っ先を向ける。
凄まじい突風がまた巻き起こり、次は木くずや畳の繊維を巻き上げながら、木を裂くような轟音を響かせた。
「ッ!」
頭を護る香蓮の前へ立ちふさがり、私も
突風が止み、場に静けさがまた戻ったあと。
恐る恐る目を開くと——そこには穿つような風穴を開けられた屋敷の姿が佇んでいた。