『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
「——ッ!」
ジャンのような手数もない、ロムルスほど圧倒的でもない。
なのに、重い。
受け止めきれない——。
「ガアアアッッッ!」
このままだと胸を肺ごと抉られて死ぬ。
一か八かで右脚で大きく蹴り飛ばすと、エドワードの身体は大きく後ろへとぶっ飛んだ。
立ち上がったゲクランが、私とエドワードの前に大きく出る。
「ッッッッ…………!」
でも……全部無事とはいかなくて。
左腕に骨にまで届く激痛が走り、それに思わず
潰された肉、垂れ下がる手首、骨まで達した切創、痛みに焼かれる脳髄。
「大和ッ!」
切迫した声で私の名を呼ぶルイ、けれど今はそれどころじゃない。
シャツの右腕の袖を引きちぎり、回復に集中しつつ左腕の肘あたりへと強く巻き付ける。
毛も骨も肉も差し出していい、だから異能で作れない血を失うわけには……!
痛みと焦躁の中、失血で無力化してきた無数の異能者たちの姿が頭を駆け巡る。
今までは私の味方をしてきた失血、でもこの場においては逆で……ああなってしまったら、私は誰も守れない。
「立てるか、大和」
「ええ……もう大丈夫」
腕の肉が機械のように蠢く感覚と、滲むように溢れていた血が止まったあと、ルイに手を出して貰いながら立ち上がる。
左腕はまだ激しく痛み、血が止まったのに脳からはアドレナリンが虚しく溢れ続けている。
けれど、それよりも気になるのは今目の前でのこと。
間にゲクランが入ったのはあるけど、エドワードはその場に立ち尽くすばかりで一切追撃してこようとしない。
なんで攻撃してこない? 目的は時間稼ぎ?
霊兵が出るまでは時間があるってルイが言っていた。
けど、ならルイを狙ってる目的は?
ここに来るまで「ルイが危ない」ってこと以外頭から抜けてたのはあるけど、彼が狙われる理由はいったい——。
「……所領だな」
そんな疑問が声になって漏れていたのか、ゲクランがエドワードへ目を合わせ続けながら押し殺すように話し始める。
所領……威信の獲得方法の一つだったっけ。
「詳細は省くが、ここ萩はルイが吾らが主のシャルル殿から預かっている所領だ。ルイを殺すか、域外へ追い立ててから旗を刺し直すことでもヤツは威信を得ようとしている」
「ハッ。さすがだな、偽王の
「おや、聖書を誤読したかな。貴様の方こそ、聖書を読み違えるその目玉を洗ってきた方が良い。字が読めないのならば家庭教師をつけよう」
確信犯か、ゲクランの煽りに動揺すら見せないエドワード。
エドワードは岩のように肥大化した右腕と左手を合わせ、音になっていない拍手をした。
その様子を見て「……余裕だな」と苦しそうな声で言うゲクラン。
「しかしエドワードよ、その様子だとお前の上には許可をとっていないのだろう。吾輩も貴様がそこまで無思慮な男だとは思わなんだ」
「その無思慮な男に負けているのは誰かな、犬っころめ」
仲が悪いの域を超えた、罵り合いの応酬。
けれど「上に許可を取ってない」ってことは、こいつに味方はいない?
良くも悪くもエドワードだけを相手取ればいいってことか。
そのエドワードが手に余る相手だってことを除けば、ここに来て初めて耳にした喜ばしい報せだった。
現に、今目の前のエドワードと相まみえているからにはこれをどうにかしなきゃ。
このまま戦うの? けどそれはリスクが高すぎる。
じゃあルイを連れて逃げる? それじゃ破滅の戦略を止められない。
そうしている間にも、けたたましいサイレンの音が鳴り響く。
頭の中には捨てた案が澱のように溜まっていく。
でもずっとここで縮こまってるだけじゃ、エドワードの破滅の戦略が始動して——そんな考えがやっとのことで一巡したときだった。
どこか遠く、海の方から一定のリズムで瓦が割れるような音が鳴り渡る。
音は時間を経るにつれ大きくなり、音の輪郭もはっきりしてくる。
私たちの頭上から欠けた月を背にするように現れた、その黒い影。
——避難所を出る直前に、位置情報を共有できるようにしておいた事が功を奏したか。
灰色のナポレオンジャケットを羽織った須藤武蔵が、抜き身の刀を手にした状態で颯爽と現場へ現れた。
「ほう、銀狐のお出ましか」
「…………」
須藤を前にして構えを変えるエドワード。
屋根上から着地し一歩踏み込んだ瞬間、砂埃が舞い、あっという間にエドワードの間合いへと踏み込む。
そして、鉄床に打ち付けられたハンマーのような甲高い音が鳴り響いた。
「チッ」
そこへ差し込まれる須藤の舌打ち、彼でもあの外殻は手に余るらしい。
実際、エドワードのその外殻には傷一つすら付いていない。
明らかな相性不利。
しかも双剣士だったのか、エドワードの方も左手に剣を出し、須藤へと応じる。
だとしても、須藤はそんなの関係ないと言わんばかりに押す、押す、押す。
外殻のない胴や左腕に、次々と小さな裂傷を作っていく。
このまま見ているだけでも須藤が押し切ってくれるんじゃないか。
——けれど油断は禁物、万が一がある。
私たちも彼の攻めに加わろう。
「ルイ、あれやるよ!」
「ああっ!」
私が
ルイは光球を傍へ侍らせながら掌をエドワードの方へと向けると、その兜目掛けて短くも鋭い光線を放った。
反射的に目を瞑ったのか、一瞬動きを止めるエドワード。
今だ、今しかない。
「差せ!
予め命令していた
大きく姿勢を崩すエドワード。
元から須藤の方が優勢だったのにも関わらず、崩れる足元とパワーのバランス。
須藤はその隙を逃すことなく、エドワードの脇腹へと刃を通した。
——しめた。
このまま須藤がエドワードを削って失血させれば。
そう思ったのも束の間、ゲクランが今までにないぐらい声を張り上げて須藤へと言った。
「油断するな、須藤殿! そのまま殺せ!」