『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
————殺せ? いま、殺せって言った?
私の混乱を差し置いて、「言われずともやる」と短く返す須藤、エドワードの首筋へと刃を立てようとする。
なんで、なんで? このまま失血させれば何も殺さなくても。
他の異能と同じように気を失えば解除されるのなら、霊兵の心配もしなくていいのに。
でも味方の脚を引っ張るわけにも——。
そんな私の逡巡には目もくれず、戦いは進んでいく。
姿勢を持ち直し須藤へその右腕を振るおうとするエドワードへ、ゲクランが剣の切っ先からジェットの如く空気を吹き付ける。
あまりにも右半身に寄った出鱈目な重心。
致命的なまでに身体のバランスを崩すエドワード。
敵に晒すにはあまりにも大きすぎる隙。
須藤はそこへ付け込み、エドワードの首目掛けて刃を差し込み……肉、血管、皮をも丸ごと掻き切った。
エドワードの首筋から扇のように舞う血しぶき。
動脈か、静脈か。
裂創が出来るなんてことがあっちゃいけない太い血管が切れた————つまりは、終わりだ。
最後の仕上げに、エドワードの身体を蹴り飛ばす。
彼の身体は家屋へ強く打ち付けられ、濃ゆい土埃が舞った。
空へ刀を振るい、刃へ付着していた血を落とす須藤。
僅かに息を荒げていて、けれど至って冷静。
刀を腰に提げられた鞘へ戻すことなく、私の方へと振り返ってくる。
「死亡確認を取りに行く。ついて来い、大和」
……戦いと、一人の人間の命が淡々として終わった。
この場の誰一人として、須藤のその行為に苦言を呈す人はいない。
私だけじゃなく、ルイさえも。
エドワードは多くの人間を殺すつもりだったから仕方ない。
それも理由としてあると思う。
でもそれ以上に殺しの慣れ不慣れに関わらず、私もその片棒を担いでいて。
たまたま、その決め手が須藤だったってことだけで。
多くの人の命と、あいつの命。
それを天秤へと置いてしまった自分に、心底嫌気が差した。
「須藤殿、首の骨は断ち切ったか」
「…………」
ゲクランの掛けた声を、これでもかというほど清々しく無視する須藤。
戦いが終わって早々、過去の異能者嫌いを再発させるの?
これじゃさっきルイと問答が成立してたのも嘘みたいになる。
「答えてくれ、これは重要なことだ」
「頸動脈を切断、静脈にも大きな裂傷を作った。ヤツの異能は俺も把握しているが、あれで生きているわけが——」
須藤がその続きを言い切ろうとしたところで。
エドワードが突っ込み、崩れた状態で安定していたはずの家屋の瓦礫が、また一つ轟音を立てながら崩壊し、その音に全員の視線が釘付けになる。
勢いよく振り返った須藤のブーツが擦れる音が、サイレンに掻き消されることなく響いた。
まさか、そんなはずは。
須藤の足元に広がる血溜まり、太い血管を二本断つほどの深い傷。
第一、奇跡的に立ち上がれたとしても失血でまともに歩けるわけがなくて。
なのにそいつは、エドワードは瓦礫を除けながら悠々と立ち上がり、私たちのもとへと歩いてきた。
今度はその右腕だけじゃなく、顔や首元、胴回りにまでをも外殻で包む。
須藤の足元に広がる血液がエドワードの元へ這うように広がり、血を身体に纏わせたと思えば、胸の外殻を更に厚くした。
身を包んでいた甲冑も内側から膨れ上がった
——岩のような外見をした化け物。
到底人に与えてはならないような、そんな喩えをせざるをえなかった。
「感謝するぞ、銀狐よ。この異能は自傷では意味がなくてなあ。さすがにさっきのは死ぬかと思ったが」
「…………なら、次は椎骨を叩き折るまで」
刀を向け、至って冷静に構える須藤。
さっき見せたような圧倒的な踏み込みを行うことなく、ただその場での「待ち」の姿勢。
当たり前だ……右腕だけでも攻めあぐねていた
そんなんでも最前線で立つ須藤、いったい何がここまであいつを駆り立てて——。
「…………ッ!」
けれど、今そんなことを考えている暇はなかった。
エドワードが短い歩幅で十と少し、こちらへ歩み寄った頃。
攻めあぐねていた須藤が、またもやその足元に土埃を舞わせ距離を詰める。
岩と刃……というより、もはや重い金属と言えるほどのけたたましい音が鳴り響く。
さっきまでは押していた須藤が、今度はエドワードに押しに押される。
身軽だった甲冑姿から放たれる連撃から一転、鈍重な両腕から放たれる重い一撃。
もはや自らの手で防御すらせず、上半身を覆う外殻に守りを全て任せて攻めに徹するエドワード。
「須藤っ!」
「来るなッ、大和!」
一歩を踏み出した音を聞き逃さず、須藤は私を制止してくる。
そればかりか血塊の兜の隙間から覗かせたエドワードの白く光る眼光もが、私の足裏を地面へ射止める。
狭い路地、手に余る敵、そりゃ確かに私は行くべきじゃないかもしれないけどさ。
その度量をなんでルイに使ってやれないんだと、今関係のないはずの怒りが湧き出てきた。
「ぐっ……!」
そして崩れる均衡。
エドワードがわざと重心を崩して、その身体を回すように連撃を浴びせ——須藤の左腕が、さっきの私と同じように抉れる。
須藤は捨てられたペットボトルのように路面を転がり、その勢いのままに膝を突く。
立ち上がろうとする須藤、けれど左腕の出血と切れた息が彼の膝を折る。
このままじゃ、須藤が————————もう見てらんない。