『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
身体との接続部からは、どろっとした血のような液が垂れ、エドワードの頬がべっとりとそれに
その下から現れたのは、赤毛に近い金髪に短い口ひげを生やした美男子のそれ。
年齢こそ中年に片足突っ込んでたけど、その容貌はハリウッド映画なんかに主役や準主役で登場していてもおかしくないほどの顔立ち。
「どうだ、惚れたか? こっちに来てからというものの、街を歩くだけで有象無象どもの黄色い声が止まなくてなあ——」
惚れた惚れない以前にべらべら何言ってんの、こいつ。
更に加速する困惑、その自慢の中から得られたのは「こいつが自分の容姿に自信を持ってる」ってことだけ。
自慢を粗方語り終えると、エドワードはその目線を私の後ろへと流した。
「さて————そろそろお前もその面の皮を剥いで正体を見せたらどうだ、
「…………え?」
敵前、あと数歩で間合い。
敵前で目線をズラすのは愚策、なのに首が勝手に後ろを向く。
鎧を僅かに揺らすゲクラン。
けれどその当人の表情が見えないのもあってか、横にいるルイが青い顔をしていたことの方が気にかかった。
「正……体?」
「ああ正体さ。私とゲクランは前世から面識があってなあ、貴様は私の行いを罰したいようだが……ヤツも数えきれない村々を焼き、食料を奪い、飢えさせてきた。違うか、ゲクランよ」
いや……でも、ゲクランはルイが仮にも慕っている人で。
この萩での騒ぎもゲクランじゃなくてエドワードが引き起こしたもので。
なのにゲクランは、エドワードが言った罪の数々を一言も否定しなかった。
「ゲ、ゲクランさん!?」
そして右手に持っていた剣を地面へと落とし、その兜へと手を掛ける。
ルイが腕を掴んでそれを止めようとするも、ゲクランは片手だけでそのバケツのような兜を抜き取って——その素顔が、初めて私の前に晒された。
「————えっ」
その姿に、思わず目を見開く。
とは言っても、童話の世界みたいに馬や蛙の頭をしていたわけでも、そのどれでもない異形の頭をしていたわけでもない。
ただ唇が分厚くて。
ただ瞳が異様に大きくて。
ただ鼻が上を向いていて。
ただ頬骨が大きく出ていて。
ただ顎から右の頬に掛けて無数の窪みが出来ていただけだった。
それでも目を離すことができなくて、一つひとつ数えてしまった自分が嫌で。
同時に私の中で良心と何かが戦って、ただでさえエドワードによって半壊させられた騎士のイメージが音を立てて崩れて。
けれどそれ以上に——私が相当に酷い顔をしていたのか。
私と目の合ったルイが、苦虫を噛みしめるような顔をしながら、拳を固く握っていたのが。
胸の中の奥で……深く、深く刺さった。
「……前世の罪に、
兜を再び被りながら、エドワードの口にしていた罪を淀むことなく肯定するゲクラン。
その声色も、私たちのことを助けに来た時から何ら変わっていない。
「だが吾輩はこちらに来て教えの異なる者達と暮らし、その者たちも人間であることが分かった。もちろん神の教えを信じぬ者ゆえ、最後の救済に預かれぬことは残念に思うが……それと人命をぞんざいに扱うことに、何の因果もない」
兜の下で声を響かせながら、ただ平たくそう言うゲクラン。
私も前に向き直って
けれどそれはエドワードへの敵愾心だけじゃなくて、ゲクランへの後ろめたさもあって。
そうすることでしか、罪悪感に押し潰されそうな自分を支えることが出来なかった。
「……愚か者め、これでも屈せぬか。ならば交渉は破談だ」
エドワードが響かせる声を低くした瞬間。
住宅地の向こうの川辺あたりから、誰かの高い悲鳴が響き渡る。
——始まった。
ルイはただそう溢しただけなのに、何が始まったか分かってしまう。
虐殺が、始まってしまった。
間に合わなかった。
「——ッ! 伏せろ、めぐみ殿!」
ゲクランが大声で口にする短い命令、声の中に無念を感じさせる歯ぎしりが混ざっている。
私が伏せた途端、「鉄砲風」とでも言うべき爆風が私の頭上を掠める。
またもやエドワードは吹き飛び、その身体をさっき須藤が蹴り飛ばした家屋へ埋める。
「三人とも良く聞け。ここで奴と消耗戦をしても埒が明かん、被害を抑えながらエドワードを無力化する術を探る!」
被害を抑える……抑えるにしても霊兵を倒して回るのか、それとも避難を優先するのか。
「私にも何か出来ませんかっ!?」
ただ闇雲に動くんじゃなくて、何か被害を抑える有効な策が無いのか。
三人へそう聞くと、ルイが私の目を見て複雑な表情をしつつもその口を開いた。
「霊兵を召喚する『源泉』って呼ばれる魔法陣みたいなものがこの萩のどこかに一つだけあるはずなんだ。大和はそれを探し、破壊してくれ」
「萩のどこかって……この街がどんだけ広いと思ってるの!?」
「僕もそれは分かってる、けど大和の
私一人で、そんな大役を。
不安が無いわけじゃないし、ゲクランやルイへの罪悪感が僅かに背を押したのも分かる。
けれどさっきみたいな悲鳴をまた生まないためにも……私は首を縦に振った。
「エドワードは鈍重がゆえ、散っても容易に逃げられるはずだ。ここからは四人で散り、被害抑制に動こう。やむをえんが、吾輩も源泉を設置し霊兵を召喚する」
ゲクランが霊兵……でもこの人は、前世で酷い戦争をしたって。
喉まで出かかったその靄は、ルイの「そろそろ動かないと、エドワードが」という言葉に押し流された。
「よし、では散ってくれ。連絡はきちんと見てくれ、健闘を祈る!」
その言葉に、須藤が真っ先に屋根上を伝うようにして私たちのもとから去ってゆく。
……正直、後ろ髪を引かれる思いはある。
けど今は前を向かないと。
霊兵を召喚する源泉を破壊するため、街中へと駆けていった。