孤高のリヴァイアサン~これは異能に弄ばれた私が、それでも前へ進むと決めた話~ 作:大和ユキ
「……あのさー香蓮。今日のショッピングさ、本当にルイくん必要だったのかな」
まだ時間が早く人気の少ないフードコードの四人掛けテーブル。
ルイがお手洗いで離席中に出来た二人だけの時間の間に、ラーメンの汁に浮かんだ油を箸で繋げながら香蓮へ問う。
「えーなんで? 私はちょっと新鮮で楽しかったよ?」
む、私と買い物行くのは新鮮じゃないみたいな言い方。
「……なんかそうやって言われるとちょっと腹立つ」
「じゃあめぐちゃんも、まずはそのお行儀悪い遊びやめようか」
……その遊びって、このラーメンの油を繋げる遊びのことか。
もうちょっとでフルチェインからの全消し達成だったのに。
やるせない思いを仕舞い込みながらラーメンの器の上に箸を置いて話を元に戻した。
「確かにだよ? そろそろ香蓮と一緒に買い物行きたいねって話はしたよ。けどそれは香蓮と二人きりって話で——」
「めぐちゃんが言いたいのはそんなことじゃないでしょ?」
「ッ……香蓮ってほんと、なんでもお見通しだよね」
昨日もそうだったけど、香蓮には何でも見透かされていてやりにくいことこの上ない。
もう十年以上の長い付き合いだし、ちゃんと見てくれてる証拠でもあるんだけどさ。
「ホントのこと言うけどさ、ルイくんが何考えてるか分かんないんだよね。さっきQU行った時でも、事あるごとに話しかけようとしてきたり……」
「分かんないって、ルイくんはめぐちゃんと仲良くなりたいんじゃないのかな」
「仲良くなりたいって、そんなわけ」
だってルイは異能者で、異能者はどいつもこいつも腹黒くて。何か裏があるに決まってる。
けど香蓮を巻き込まないために、ルイが異能者だってことを言うわけには——。
「……ルイくんが異能者だからって疑って掛かってるの?」
「そうそう、けどそれを香蓮に言うわけにもいかなくて——」
——ん? いま香蓮なんて言った?
香蓮の言葉に自分の耳を疑う間もなく、両手を机に突き立てる。
「なんでそれ知ってんの!?」
ラーメンの器がガシャンと音を立てて揺れ、漏れ出た声がフードコートの一角へ響き渡る。
集まる視線。そのまま香蓮を問い詰めたい気持ちを抑えながら椅子へ腰掛け直した。
あいつ、まさか学校の誰かに見られた? 私が知らないだけで学校では有名なの?
何考えてんのか一層分かんなくなったんだけど、さすがに今日一びっくりだ。
「どこで聞いたの」
「ルイくんの口からだけど」
ごめん、さっきの撤回。
まさかこんな短時間で二回も「今日一」がひっくり返されるなんて思うわけ無いじゃん。
「だってさ、異能者だよ? ニュース点けたら異能者の事件だとか騒動だとかばっかやってるんだよ? なのに自分から言うなんてそんな」
意味の分からなさから、少し呼吸が早くなる。
テーブルの下から私の貧乏ゆすりが早鐘を打つ。
「めぐちゃん」
スニーカーとタイルが奏でるリズムが、香蓮が私の名前を読んだ一言でピタリと止まる。
香蓮の落ち着いた瞳が私の身体を強張らせる。
「私たちはさ、確かに小学生の時に異能者の人たちにひどい目に遭わされたよ。失って戻って来てないものも、いっぱい……」
「なら余計に」
「でも! 異能者の人がみんな悪い人じゃないってのは、ルイくんを見てて分かったの。約束するよ、めぐちゃん。ルイくんは悪い子じゃないって」
香蓮の真っ直ぐな声に、きゅっと喉が締まる。
彼女はいつになく真っ直ぐ私のことを見つめて、崩れそうな目の端を力を込めながら抑えながら何かを必死に訴えようとしていた。
でも私は、それに首を縦に振ることはできない。振りたくない。
「無理だよ。それは」
遠くのバーガーショップに出来てる行列を眺めながらその理由を……いや、もはや理由にすらなっていないポリシーのようなものをつらつらと口にする。
「異能者は危ないし、人畜無害そうでも何を隠してんのか分かんないんだよ。だから香蓮から異能者を遠ざけるために戦うし、戦うわけじゃないけどそれはルイくんだって……」
多分、怒ってるだろうな。
そんなとって付けたような予想をしながら香蓮の方へ目線を戻すと——。
「……か、香蓮?」
確かに、通り怒ってた。予想通り。
眉間に力が入ってて、言いたいことが漏れ出ないように口が強く噤まれている。
そこまではいいんだけど、なんかその怒り方が呆れや見損ないじゃなくて苛つきを孕ませた怒り方っていうか。
あと香蓮の右頬がフグみたいに膨らんで……。
「もういいっ!」
香蓮はそこに溜まった空気を吐き出すと、自分の椅子に掛けていた鞄とエニクロの袋を手に取った。
「ちょ、香蓮!?」
私に背を向けながらその場に立ち止まる香蓮。
その足取りにはこちらに振り返る気配すら微塵も感じられない。
「めぐちゃんがそうやって意固地になるんだったら、私にだって考えがあります」
「そ、そうやって言うならこっち向いて——」
「気晴らしにお手洗い行ってくるからめぐちゃんはそこで待っててください」
目を大きくする私へ、香蓮が「ふんっ」と吐き捨てるように言うと、ぎこちない大股な歩き方で私のもとから去っていった。
その人影はお手洗いのあたりで小さくなって、人混みの中へと消えていく。
理由は言わなくても分かる。
こうやって考え方を曲げなかった結果香蓮を怒らせたことはあった。
けど今回みたいなパターンは初めてで。
「ど、どうしよう……」
帰って来たあと、次の一言目を間違えたら本当に絶縁されるかもしれない。
そうなったら私は、私は————————。
「大和さん、どうしたの? そんなに気を落として」
しばらくその場に突っ伏していた私の後ろから、誰かの声を耳にする。
幼気のある中性的な男の声。その顔が頭の中に浮かぶも、顔を上げる気にはなれない。
私の前……香蓮がさっきまで座っていた席の椅子が音を立てながら引かれ、そこに誰かがぼふんとと空気を帯びた音を立てながら腰掛ける。
淡い期待に薄目を開けながら顔を上げるも、視界に映るのは栗色の毛。
……まあ、そんなわけないか。
ため息の一つすらつく気が起きないまま、私はそのまま顔を腕の中に埋めた。
「……鈴原さんは?」
「…………トイレ行った」
「………………何かあった?」
「……………………別に何もない」
そうやって言葉を重ねるにつれ、どんどんラリーの間隔が長くなっていく。
厳密にはルイがラケットでボールを打っても、私がそれを地面へ叩き落とす。
次に繋がらず、ラリーにすらなっていない。
無駄に流れる時間。このままルイを置いて、直接探しに行こうか。
そんな考えが頭を過ったときだった。
「リリリリリリ……リリリリリリ……」
私のスマホから、高いオルゴールの音が鳴り響く。
この音は、香蓮の連絡先に設定しているコール音…………!
水を与えられた魚のように飛び起き、手を滑らせながらスマホを手に取った。