『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
夜闇の深さも峠を超え、山の向こうがほんのり薄明るくなってきた頃。
エドワードに気取られぬように、住宅街の中を慎重に進む。
一車線道路の脇に並ぶ古い民家、そして度々鼻を刺してくる血の臭い。
動物すらこの異変を感じ取っているのか、大型犬が吠える声が街中へ響く。
上空では
でも……最後は自分の目で。
恐る恐る角の向こうを覗き込むと、そこに居たのは青白く光る霊兵。
けれど、今回は斬り壊さなくて良い。
武器や鎧こそ似ているけれど、そこに纏う意匠は白地に赤い十字じゃなく、青い生地に金の花——多分、ゲクランの霊兵。
藁にも縋る思いでついていってるのか、それとも殺されると思って従っているのか。
様々な面持ちで霊兵の後ろをついていく住民たち。
なかには老人をおぶっている霊兵すらいた。
「……ふう」
でも、エドワードじゃないなら一旦いい。
その後ろを横切るように、また夜道を慎重に進んだ。
「……ここか」
そんなことを何度か繰り返し、地元の農家が使ってたらしき納屋を目の前にする。
付近を包むのは、この惨禍に相応しくない小川のせせらぎと蛙の鳴き声。
「……?」
そうやって入ろうとしたとき感じる違和感。
納屋の扉に掛けられた南京錠が、何か鋭いもので断ち切られていた。
中の机の上には飲みかけのペットボトルやタオル……誰かが昨日の今日まで仕事をしていた痕跡ばかり。
そんな場所に踏み入って良いのか迷ったけれど……今は邪魔させてもらうしかない。
なるべく音を立てずに踏み固められた土の地面へと足を踏み入れ、泥まみれの階段を登っていった先に、その男はいた。
ブリキバケツのような兜を被った中年騎士、ベルトラン・デュ・ゲクラン。
どこからか持ってきたパイプ椅子の上に座して、小川の上に掛かった小さな橋を何も言わずに眺めていた。
その真横では、少し前に破壊したのとは異なるデザインをした魔法陣……源泉が、鈍い光とともに冷気を放っている。
「来たか。エドワードの源泉の破壊、ご苦労だった。助かったぞ」
私が最上段まで登りきって、やっと口を開くゲクラン。
けれど、最初の一言が恨み節じゃない。
彼の素顔を目の当たりにしただけで、あんなにも酷い顔を向けてしまったのに。
「はい……って言っても、軍の助けもありつつではありましたけど」
「謙遜はするな。
……よりによって、現代人の女子高生にそれを求めるかな。
溜息もほどほどにもう一度納屋の中を見渡すも……見当たらないルイと須藤の姿。
目に入るのは農具の山と鈍く光る源泉、窓外の味方霊兵を眺め続けるゲクランだけ。
「須藤はあの橋の下で細工を、ルイは囮役を買って出てくれた」
「ルイが……囮?」
そう疑問を口にしながら、自分の聞き間違いを疑った。
あの黒太子に、ルイが一人で?
自分でも分かるぐらいに眉がぐっと寄り、声が僅かに震える。
「安心しろ、あいつは
「で、でも…………!」
「…………ルイのことを随分と大切に扱ってくれているようであるな。あいつを幼い頃から見てきた身として、嬉しいことこの上ない」
「じゃあなんで、尚更ルイを送ったんですか!?」
「吾輩はルイ殿を信頼しているからであるな。戦いは剣だけじゃない、あいつは頭も切れる。囮役を生きて果たしてくれるだろうという期待も込みだ」
だ、だからって…………。
それに続いて喉の奥から強い言葉が出かかったとき。
同時にさっき私がした仕打ちを思い返し、その言葉が胃の中へと落ちていった。
兜の下で小さく息を吐きながらこちらへ目を向けるゲクラン。
ここからじゃ、その下でどういう表情をしてるのか分からないのが怖い。
「……言いたい事があるのなら言った方が良い。不満こそが信頼に対する最大の毒だ」
「…………!」
私が言葉を呑み込んだことを、ゲクランは見逃していなかった。
でも私は、ただ人の顔を見ただけであんなに非道い反応をして——。
「もし先のことを気に掛けているのならば案ずるな。それが現代人の性ゆえ、仕方あるまい」
「仕方ないって……! ゲクランさんがそんなこと言ったらもう————」
「しかし、めぐみ殿はそれで吾輩のことを今に至るまで表立って貶していないだろう? むしろ吾輩にとってはルイの方が気に入らん」
「な、なんでルイが!? ルイはゲクランさんに傷ついてほしくなくって……」
「それが気に入らん、という話だな。吾輩が素顔を見せるか決めるのは吾輩だ。それが気に食わんかったゆえ、既に言いつけてある。もし、後からルイが貴殿を非難するならば吾輩に言え。もう一度叱りつけよう」
素顔を見せるか決めるのは吾輩って……そりゃ言われてみればそうだけどさ。
「無論、この醜貌は前世から嘲笑の的であった。初対面の人間はみな吾輩のことを嘲笑い、国で一番の醜貌とまで言われた」
「な……なんで、そんなに嬉しそうに話すんですか」
言葉の輪郭だけは確かに自虐の形をしている。
なのに、混乱する私を置いたまま当の本人だけが嬉々と語っていた。
「吾輩は性格が少々悪くてな。吾輩の醜貌を見て顔を歪めた人間が、吾輩の人の良さに気がついて徐々に態度を柔らかくし、信頼を寄せるようになる。吾輩にとってはその瞬間がたまらないのだ」
嘘か強がりか、はたまた疑わしいだけで本当のことを声高に言うゲクラン。
自嘲げなものはどこにもなくって、まるで本当に顔のことを気にしていないような。
「吾輩は王や貴族は愚か、敵からの信頼すら勝ち取った傑物ぞ?」
でも……信頼か。
正直、ゲクランにはまだ思うところが色々ある。
会ってまだ一日も経ってないし、会ったときの挙動不審。
それに変電所での嘘もよく分かっていない。
助けてもらったり、赦してもらった身でこんなことを思うのは不義理かもしれない。
だとしても、やっぱり私は————
「…………! 待ってください、何か来ます!」