『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
「げ、げ……ゲクラ……さ……!」
浅くなる呼吸、歪む視界。
なのに目線だけは舞った血しぶきをひと粒ずつ追っていて、それが洒落にならない量だってことを突きつけてきて。
そんな私を相手は待ってくれず、エドワードは深い溜息をつきながらその場から立ち上がった。
「——ッ!」
その時、私の視界を横切るように灰色の何かが動く。
動きは最初と比べると鈍くて、それでも鋭さそのものは保っていて。
回復しきった須藤が、私へ迫るエドワードへ蹴りを食らわせた。
「大和、ゲクランさんの方へ行って!」
遠くを指し示しながら、私へそう指示を出してくるルイ。
けれどそれだとエドワードの相手を須藤一人ですることになって。
いくら須藤とは言っても一人じゃ。
——自分でも分かるぐらいに崩れた表情をしているのに気がついたのか。
須藤が浅く振り返りながら、細々と私へ命令を伝えてきた。
「行け、大和。ゲクランの方へ。それとも俺がそんな軟な男だと思っているのか?」
「…………!」
須藤が…………過去の異能者を助けに行くよう言った。
いったいどんな風の吹き回しで。
でも、今はそんなところにまで意識が周りきらない。
その事実に目を見開きながらも、私の脚が口角を上げる暇も与えずゲクランの方へ走らせていた。
少しでも早く、一秒でも早く。
私の焦りに応えるように脈動し、脚へと血を送る心臓。
脚に熱が籠り、あがった水しぶきで上がった体温が下がっていく。
ルイや須藤の方に憂いが無いわけじゃない、後ろ髪を引かれる思いで彼のもとへたどり着いた先に広がっていたのは————惨たらしいとしか言いようのない有様。
周囲に広がる血痕。
金、銀、青で彩られた鎧は抉られ、顕になった胸毛には血が絡みつく。
そして何よりも——みぞおちのあたりに浅く抉られた傷。
ほんの一拍も無いぐらい脚が止まり、喉から掠れるような音が鳴る。
「っ……!」
でも浅い、出血も致命的なほど多くない。
まだ助かる。
町田さんやルイから習った応急手当、上に着てたシャツを脱ぎ、半袖姿になりながら患部へ必死にシャツを押し当てる。
なのに頭の中にあるのは、救命に関係無いことと自分の荒い息の音ばっかり。
なんでこんなことを。
なんで、あなたのことを信頼してなかった私を。
だからって自分が罰されるべきだとは思わないし、もう思えない。
でも無条件で咎められるべきことをしたはずの私を守って。
守られた自分が嫌になって。
最初はどんどんと赤く染まっていたシャツ。
けれど手当の甲斐あってかシャツが吸う血の量も少なくなってきた。
抉れた皮膚も異能の力でまるで縫い物のように機械的に修され、息も荒いけど続いている。
助かる。死にはしない。
けれどルイや須藤は? これ以上誰も傷つかない保障は?
今も街へ広がる霊兵が、次々に無実の人たちへ剣を立てていて……甘えている時間は、私のポリシーを貫く時間はないんじゃないかって思えて。
「もう……あれを使うしか……!」
お助けください、リヴァさま。
恭順の意を示しながらそう唱えるだけで、リヴァが新しい力をくれる。
だとしてもその代償は? 私の身体はどうなるの?
考えがばらばらに頭に降ってきては思考を奪っていって、そんな時間すら無駄に思えて。
もう、何も考えずに屈するしか————そう思ったときだった。
私の前で倒れていた彼が、傷を抑える私の手首を掴んだ。
「めぐみ……殿。吾輩は……貴殿の異能は詳しくは知らん……だが、使いたくないものは……使うでないぞ……」
まだ意識があったのか。
私へそう語りかけるゲクラン。
防具も異能由来のものだったのか「息苦しいな……」と言いながら兜を光の粒子に変え、彼の素顔が再び顕になった。
「違うんです……! もう使いたいとか、使いたくないとかじゃなくて! 生きて帰るには、勝つにはそうするしか…………!」
「ハハ……勝つ必要ならないぞ、めぐみ殿」
すると何を思ったのか、右手に剣を取り出すゲクラン。
こんな傷なのに、いったい何を。
それを土手の斜面に突き刺して起き上がろうとする。
「吾輩が……時間を稼ぐ。その間に三人で山中へ逃げろ。やつもそこまでは追って来ん」
「に……逃げるって……!」
「案ずるな……それで虐殺が進んでも貴殿らの責任ではない」
それもあるけど、そうじゃない。
それだとゲクランさんが……!
その言葉を形にするまでもなく、再び草むらの中へ倒れるゲクラン。
彼が立ち上がれなかったことに、不意に安堵を孕んだ息が漏れ出た。
「クソ……これじゃあまるで、格好がつかんなあ……」
ほんとに、ほんとに何言ってんだ、この人は。
あんたは最高にかっこいいよ。
最初にルイが言ってた「最高にかっこいい人」って文言そのままで。
誰よりも騎士らしくて、誇らしくて。
ちょっと奇天烈なところはあるけど、きちんと頼れる大人だって、今になってやっと思えて。
そんなことに気がつけなかったのも、須藤の過去の異能者嫌いを嫌悪しながら、実際は私も偏見を抱いてたからで。
なんで私は……この人を信じることが出来なかったんだろう。
なんで私は、人を信じるのに壮大な物語が必要だって思ってたんだろう。
ただアイスを買ってくれた同級生だとか。
ただ親しそうにおしゃべりしてくれた歳上の先生だとか。
ただ信頼している人が信頼してたおじさんだとか。
そんな小さな、些細な理由でよくって。
涙を流しながら、私は自分を……根っこでは須藤と何ら変わらなかった自分を悔いた。