『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
「あっルイくん、めぐちゃん。ごめんねいきなり」
ちょっと古びた市病院の扉を開けると、劣化した壁紙の匂いと一緒にブロンドの髪が視界に入ってくる。
困り顔をしながらワインボトルを手にする香蓮——そして彼女が座る横には、健やかな表情で眠るゲクランさんの姿があった。
「あれ、昨日シャルルさんから貰ったワインじゃないか。なんで鈴原さんが持ってるんだ?」
「なるほどね……香蓮、あの約束本気にしてたんだ」
「あの約束ってなんだ? 僕だけ置いてけぼりな感じか?」
「えっとね……実はゲクランさんと、ワインの栓抜くって約束してて——」
しばらくして香蓮が見せてきたスマホの画面には「吾が主からワインを賜った、約束通りワインの栓抜きを頼むぞ」なんていう、ゲクランからの呼び出しメッセージが添えられていた。
……そういうのって普通助けられた側が自分からやるもんじゃ?
中身は不器用なおじさんのままか……戦い前のゲクランさんが戻ってきた感じがする。
「ほら、ゲクランさん。起きてください。早くしないと僕ら行っちゃいますよ」
ルイがゲクランさんの肩を揺らす傍ら、私は香蓮の手を掴み、一緒にワインの栓を抜く。
キュポンという高い音と一緒に、アルコールとフルーティーな香りが香ってくる。
「んが…………すまんな、仮眠をとっていた」
あれ、見間違いじゃなきゃ結構ガッツリ寝てたんじゃ。
貧血以外はすっかり元気になったのか、大きく伸びながらみっともない欠伸をかます。
「おおっ? きちんと約束通り栓を抜いてくれたようだな! これで吾輩を便利に使ったことはチャラにしよう」
戦ってたときのかっこよさはどこへやら、香蓮から栓を抜いたボトルを受け取ったゲクランは、何の風情もないワインのラッパ飲みをかました。
「……貧血なのにお酒なんて飲んで大丈夫なんですか?」
「おっと、異能者の血はワインで出来ているのだぞ? めぐみ殿はご存知ないか」
「騙されるなよ大和。医者に見つかったら絶対怒られるから、これ」
一瞬本気にしたけど、結局ただの酒飲み論理か……。
けど……まあいいや。
とりあえずはみんなが無事で終われたことを喜ぼう。
そうやってベッドを囲んでる間に出てきたのは、この二日間で叶ったこと、叶わなかったこと。
いつかまた来たい、今度は二日間きっちりと満喫を。
そんな話をしばらく続けたあと、腹を空かせたルイと香蓮が病院の食堂へ向かったところで、やっとゲクランさんと一対一で話す機会が出来た。
さっきまで香蓮が座っていた生暖かい椅子へ座り、ゲクランさんと真っ直ぐ向き合う。
だとしても、どうやって話を始めるべきか。
しばらくの沈黙のあと、ゲクランさんの方が私を労う形で話を切り出してきた。
「他人事のような言い草にはなるが……災難であったな、めぐみ殿よ」
「災難って……重傷のゲクランさんがそれを言っちゃいますか」
「いいや、吾輩は騎士で
そうやって軽々しく言われてもさすがに困る。
なんて内心戸惑っているところへ、ゲクランは更に「これがいずれ起こることだったとするならば、ルイにとっては幸運だった」と無神経にも思えることを口にした。
「ルイにとっては幸運?」
「ああ。というのも昨日現場入りした
「……やっぱり、エドワードの相手をルイとゲクランさん二人だけは厳しいですか」
「いいや、それでもまだ運が良かっただろう。今回護衛へついたのはめぐみ殿が萩へ訪れたが故だ。吾らも万能ではなし、予期せぬ事態でルイが犠牲になっていた可能性もある」
……そんな見えないところで、既に崖っぷちギリギリを辿っていたのか。
胸の内がぎゅっと締まる感覚とともに、その綱渡りが無事に済んだことに安堵をも同時に感じてしまった。
「エドワードの目的は恐怖による威信の拡散と、ルイの所領の奪取。所領とは言うが治める必要もなし、本来は取ったら放っておくだけで良いのだが……義父と縁のある街ということもあり、ルイは何かと気にかけていてな。定期的に訪れていることをエドワードが知った上での計画だったのであろうな」
そんなところまで計算に入っていたのか、とエドワードの用意周到さに目を見開く。
四人の創意工夫と偶然ありきの、本当にギリギリの生還だったことを改めて実感する。
「でも……私にとっても今回の旅行、ゲクランさんと会えて良かったと思ってます」
「うむ? さきも言っただろう、戦うのが吾輩らの役目——」
「違うんです、戦いのことじゃなくてもっと個人的な理由で……ゲクランさんに会えたからこそ、人をもっと安易に信じてもいいんじゃないかって思えたんです」
そのあと、私は今までのことをゲクランさんへと少し飾り気も付けながら話した。
六年前の事件での失敗、そこから不信が強まったこと。
でもその不信を、ルイや香蓮みたいな友達、それに軍や須藤からすらもひっくり返され続けたこと。
でも……思い返してみれば、今までにも信じたことはいくらでもあった。
ルイ、香蓮、町田さん、終いには須藤まで。
記憶を掘り起こすたびに、ゲクランさんはあくまで最後のきっかけでしかなかったんじゃって思えて。
これも自惚れかななんて自嘲して。
「ふむ……吾輩も、そう感謝されることにはさすがに慣れておらんな」
どこか気恥ずかしそうに頬を掻くゲクラン。
不機嫌な感じはしなくって、上がった口の端が満更でもなさそうなことを漏らしてくれていた。
「まあ元より、吾ら過去の異能者はこの時代この土地にとって余所者。信頼されにくいのもやむなし……っと、信頼と言えば」
相変わらず手振りみぶりをしながら大仰めいて話すゲクラン。
けれど何かに気がついたのか、ハッとした表情をしながら私へ耳打ちをしてきた。
「めぐみ殿よ、最初吾輩のことを警戒していたと鈴原殿から聞いたのだが」
「ああ、そういえばそんなこともありましたね……正直忘れかけてました」
「いいや、吾輩としても忘れられては困る。変電所の嘘については、本当にすまなかったと思っているからな。皆を巻き込みたくないと考えての咄嗟の嘘だったが……」
あくまで私たちは旅行に来てるんだから、異能の事案には巻き込みたくなかった……と。
それならそれで、本当のことを言うかもっと上手く嘘をついて欲しかったな。
ってなるともう一つ気になるのは初対面の挙動不審。
こっちも大した理由じゃないんだろうな、って思いながら耳を傾けると……。
「はっ!? ルイが女の子二人連れて旅行に来てるのが嬉しかったあっ!?」
いや確かにさ!
端から見たらそんなように見えるかもしれないけど!
男女水入らずってそういう……。
「第一ですね、私とルイはそういうんじゃないですから!」
「む? ではもう片方のワインの栓を抜いてくれた方の少女——」
「それも違いますって!!」
ああダメだ、意味わかんなさすぎて自分でも言葉が強くなってるのが分かる。
ドラマ然り映画然り、なんで大人って高校生の関係を恋愛脳で見たがるのか。
まあ若い頃の後悔とかもあるんだろうな……なんて思いながらゲクランさんの前世での奥さんの話へ話半分に耳を傾けていると。
「リリリ! リリリ!」
ズボン越しに太ももへ強い振動が伝わり、病室にコール音が鳴り響く。
もうルイたち食べ終わったのかな。
何の気なしにスマホを取り出してみると、そこにあったのは
なんかまだ連絡しなきゃいけないことあったかな……。
ゲクランさんへ一瞥して電話へ出ると『大和。まだ萩にいるか』と何気なく聞いてきた。
「もしもし、まだいるけど。どうした?」
黒太子との戦闘記録をまとめて出さなきゃいけないとかいうクソ面倒な書類のことかな。
町田さんに今朝渡された分厚い紙束のことを思い出しながら、彼の話へと耳を傾ける。
「そうか……こちらを発つ十分ほど前、俺の方から駅へ赴く。少しだけ時間をくれないか」
彼の口から出てきたのは、意外もいいとこなお願い。
「いいけど」と二つ返事で承諾するも——須藤が口にした言葉に、思わず耳を疑う。
「向こうが望むのなら……本田ルイを連れてきてくれ」