孤高のリヴァイアサン~これは異能に弄ばれた私が、それでも前へ進むと決めた話~ 作:大和ユキ
「も、もしもし香蓮? さっきはごめ——」
『はい、めぐちゃん! それはまた今度聞きます!』
私の言葉を遮りながら話す香蓮の声に、苛つきや怒気は感じられない。
どちらかと言えば何か吹っ切れたものを感じるっていうか……。
『もうルイくんも戻ってきてるでしょ? まずは電話をスピーカーモードにしてください!』
「ルイくん? なんで?」
目の前で「え、僕?」なんて言いながら自分の胸元に指を向けるルイ。
私が理由を聞き返しても香蓮は答えようとしない。
……だめだ、これは言う事聞くしか無いや。
『あーあー、聞こえる? いきなりだけどさ、私いま駅に居るんだよね』
「「駅!?」」
私とルイの声がハモる。思った通りの反応が出たのか、それを聞いてクスクスと笑う香蓮。
ちょっと待って、私からしたら冗談になってないんだけど。
『電車もあと一分で来ちゃうからこのへんで。ルイくんあとめぐちゃんのことよろしくー』
「ちょ、香蓮待って!」
『待たないよ。だってめぐちゃん、私が居たらルイくんと話そうとしないでしょ? さっきもめっちゃ避けてたし。じゃ、そういうことだから、二人ともまた今度』
「かれ——」
ツー、ツー。無慈悲に切られる電話。
連絡先から香蓮へ掛け直しても、DMで通話を掛けても一コール以内に切られる。
位置情報アプリが指し示す香蓮の座標も、電車の線に沿って勢いよく香蓮のアパートの方へ向かっている。
……これ、ほんとに私やったかも。どうすんのこれ。
今から追いかける? 香蓮の家に直接謝りに行く? そもそも許して貰える?
ってかどんな顔して香蓮と会ったら……考えがぐちゃぐちゃになってまとまらない。
そんなことに脳みその大半を使っているせいか、誰かの声が耳に入ってきているのにノイズが掛かったみたいに、耳に入ってくる声が誰のものか分からなくなる。
けれどそのノイズの中でも、私の目の前に居る相手が椅子を引いて立ち上がったことだけは辛うじて聞き取れた。
まあ、そりゃ帰るよね。唯一の話し相手が自分のこと無視したらさ。
なら、今からでも香蓮の家に行って謝るしか——。
「……は?」
どうにかして香蓮に許しを乞いに行こうと、顔をのそっと上げたときだった。
斜め向かいの席にあった、本来そこにあってはいけないものに思わず目を疑う。
「なんでルイのリュックが……!?」
ベージュがかった白いリュックが、まるで幼児が大人の椅子に腰掛けるみたいにちょこんと取り残されていた。
「まさか忘れてったの!? こんな大っきい荷物を!?」
大急ぎでその場から立ち上がり、周りを見渡す。
でもこの混雑したモールの中で背の低いルイを見つけ出すなんて——いや、さすがに黒髪だらけの中に一つ栗色の毛をした人が居れば目立つか。
実際立ち上がって五秒で、どういうわけかフードコートのアイス屋の前で腕を組みながら立っていたルイを見つけられた。
置き去りにされたルイのリュックをひっつかんで、大股でアイス屋の方へと詰め寄る。
「お支払いは?」
「バーコードで……って、残高ないや」
「ちょ、ちょっとルイくん!」
なに呑気なこと言って。
店員とやり取りしているルイへ、肩で息をしながら鞄を突き出す。
「私しかいなかったのにリュック置いてくって、あんた何考えて——」
「ああ、丁度いいところに。ありがとう、助かったよ」
丁度いいところにって、私は荷物持ちじゃないんだけど!?
そんな私を無視して、彼が鞄から取り出したものに思わず驚嘆の声を漏らした。
「あ、あんた財布すら預けたまんまどっか行ってたの!?」
「え? そうだけど……ってちょっと待っててね。クレカでお願いします」
薄い財布だと思って油断してたけど、その薄さの意味が違った。
ルイが折り畳み財布のボタンを外した途端に黒いクレカが姿を現す。
「ごゆっくりどうぞー!」
店員がルイへ商品を差し出すと、彼は満面の笑みを浮かべながらそれを受け取り、振り返り小走りで戻ってきた先で方を見上げると首を傾げてきた。
「ど、どうかした?」
「いやどうかしたじゃなくて! あんた人に鞄預けて、しかもそん中にクレカ入れたままって何考えてるの!?」
「あ、確かに。でも大和さんが見ててくれると思ったからさ。ごめん、迷惑だった?」
「迷惑とかじゃなくて! 私が人のモノ盗るような人間だったらどう……すん……の……?」
ルイの手にされている物を目にして思わず捲し立てる言葉を止める。
マンゴーとストロベリーの丸いアイスが入ったカップを両手に一個ずつ。
そういえばさっきのアイス屋だったっけ、と狭くなっていた視野を広げて思い出す。
「ああ、これ? 食べるかなって思って」
「え? いや、食べる、けど……な、なんで?」
ちょっと普通に意味が分からない、ただでさえこんがらがってた思考が更に理解できない行動で上塗りされる。
「なんでって……まあ、お詫びかな」
「お詫び?」
なんでルイが私にお詫び?
確かにルイは異能者だけど、まだ私には何もしてない。だから私に謝る義理も理由も無いはずで。それでも彼は、表情に申し訳なさを滲ませている。
「……一つは、昨日のこと。僕が不甲斐ないせいで、敵に待ち合わせ場所が割れてしまった」
「いや、あれはあいつの異能が——」
「もう一つは今日のこと。君が僕とは会いたくないって言ってたのに、無理やり予定を合わせて——しかもその場に鈴原さんまで引き合わせちゃったから」
そのあとに「鈴原さんと、僕のことで何かあったんだよね」と続けるルイは、こっちのことを上目遣いで見上げてくる。
……この子、ほんとに異能者なの?
何か裏があるんじゃないかと勘繰りたくなるのを通り越して、純朴過ぎて逆に心配になる。
「も、もちろん危ない目に遭ったのにアイスで全部解決とかって思ってるわけじゃ——」
「もう、昨日のは大丈夫だから、その……」
焦りを口にしながら取り繕うルイの片手から、そっとソフトクリームを受け取る。
……こういうとき、なんて言うんだっけ。覚えていないわけじゃないけど、本当にこの言葉で合っているのかが不安になる。
外行きの礼儀でもない、本心から香蓮や祖父以外にこれを言うのはいつぶりだろう。
舌でその言葉の形を思い出しながら、それをぼそっと口にする。
「あ、ありがとう……」
なんてないこと無い言葉。
別に恥ずかしいこと言ってるわけでもないのに、感謝の言葉を漏らした途端にルイがニヤつくせいで目線を合わせられないのが腹立つ。
「へへ、どういたしまして。代金はいいから」
なんだかすっごく久しぶりに、胸の内から名前を忘れた感情が湧いてくる。
けれどその中に混じって、どうしても一つだけ気になることがあった。
「呼び方なんだけどさ、呼び捨てがいいんだけど。さん付けされるのが気持ち悪いからさ」
「呼び捨て? それじゃあ大和でいいのか? なら僕のことも呼び捨てで呼んでほしいかな」
「えっ!? わ、私も!?」
「私もって、そりゃそっちの方がフェアでしょ」
白い歯を見せながらへへへと笑うルイ。
……まあこっちがお願いしたんだからお互いにするのがフェアか。
目を合わせながら渋々と首を縦に振る。
「よーし! それじゃよろしくな、大和!」
「よ、よろしく。ルイ」
別に会ったばっかりってわけでもないのに、わざとらしくからかうように呼んでくるルイへ、約束通り何気なくそう呼んでみたけれど。
親しくもない人を呼び捨てする違和感だけは、やっぱり拭いきれなかった。