『孤高のリヴァイアサン』 ~~人生をやり直したい偉人たちと、自分の人生を取り戻したい女子高生の異能戦争~~ 作:大和ユキ
「さっきはごめんな、大和」
「いいよ別に、全部その女デザイナーが悪いから」
大佐への誤解を解き、例の会議に関する調整をいくらかしたあと。
駅から基地までの間、夕焼け空に包まれた春日井の田んぼ道を二人で歩く。
今日は家の人が忙しいって話で本田家のお迎えはなし、けどこうやって二人で歩くのも風情があって良いな。
「ああ……まあ、うん。桐谷さんは須藤くんとは別の意味で問題だらけの人だから」
「桐谷……」
彼も彼で心底辟易してそうな表情をするルイ。
かと思えば「須藤を差し置いて、現代の異能者の中でお縄になる可能性が最も高い人」とまでいい切った。
でもいつか会うかもしれないし覚えとこう。
ルイが警戒してたって記憶とともに、その名前を頭の引き出しへしまい込む。
「ってか、その人と会ったことあるの? どんな人?」
「別に、見てくれは普通に若い女の人だよ。問題があるのも『癖』の方だけだし」
「若い……女の人……」
あんまり考えないようにしてたけど、ルイにも私や香蓮以外に女の人と関わりがあって。
まさか社会人が男子高校生を付け狙うなんてことは無いだろうけど、その桐谷って人もルイから見たら異性なわけで。
…………間違えて漏らさないように自分にも嘘をついてた。
けど、正直に言う。私はルイのことが好きだ。それもかなりどっぷりと。
だから町田さんに「取られる」って言われたときは本気で焦ったし、若菜ちゃんにぶっちぎってるって言われたのも舞い上がりたいぐらい嬉しかった。
でもその当人の気持ちは分かんないわけで。
「…………? どうしたの、その隈」
夕焼け照らされて、真っ白な肌がオレンジを絞ったみたいに照っているルイの顔へ、なんとなく目を向けると。
彼の目の下に、かなり濃い隈が出来ているのに気がついた。
「ああ、これ? その京都の会議の調整がかなり忙しくてね、毎日夜遅くまでリモートワークさ」
「ルイも出るんだよね、その会議」
「ああ、
失礼な話、剣を握らせると私よりも弱いルイ。
けれど異能者の社会では剣だけじゃなくて筆を握るのも重要みたいで、こないだ会ったリシュリューさんもどっちかと言えばそっち側の人間。
「大和も出るって言ってもロベールやジャン、黒太子の事件を異能社会の言葉に落とし込めるのは僕だし、いろいろ頑張んないといけないから」
「……なんかごめんね、色々任せちゃって」
「いいんだ、役割が違うだけさ。それよりも夏休みの課題の計画が崩れっぱなしなのがヤバいかな……」
確かに、そんだけ忙しいってなると課題どころじゃなさそう。
でもルイって計画性あるしなんとかなりそうだな……って苦笑いをしていると、ふと若菜と話したことが降って湧いてくる。
……なんか、すっごい良い流れな気がして。
「ねえルイ。今週の土曜って空いてる?」
「今週? 空いてるけど」
「ならさ、その……一緒に課題やらない?」
「ああ、いいな。また鈴原さんとかと一緒にカラオケに缶詰になるか」
「えっと……カラオケの机は勉強しにくいから……」
「ん? なら図書館とか」
「……図書館は飲み食い出来ないから」
「注文多いな……ってなるとどこでやろうか」
なんか拘り多い子って思われちゃったかな。
顎に手を当てて何かを考えるルイ。
「……あるよ。集中出来て、勉強しやすくて、飲み食いできるとこ」
「あれ、そんなとこあったっけ?」
「私の家で……とか、どうかな」
「えっ」
私の横を歩いていたルイが、そう溢すとともに足を止める。
追い抜く形になったあとに振り返ると——彼は、鳩が豆鉄砲を食らったみたいな表情をしていた。
「え、えと……それは……鈴原さんとか誘う感じか?」
一瞬ぎょっとしたあと、小さく首を横に振る。
口を噤んで、頬をぽりぽりと掻くルイ。
…………日の傾きが強くなってきたのかな。
ルイの顔に、橙だけじゃなくて朱が落ちていく。
しばらく黙ったあと、彼はどこかしどろもどろになりながら「……分かった、そうしよう」なんて口にした。
「…………ッ!」
自分でも分かるぐらいに綻ぶ口の端。
————勇気、出して良かった。そう思うだけで涙粒が浮かんでくる。
「じゃ、じゃあ決まり! やるからには一日で終わらせる気でやるよ!」
「さすがにそれは無理じゃないか……?」
舞い上がりたい気持ちを抑えて、涙を隠すように駅の方へ振り向く。
えっ……でも、ルイと二人っきり。
しかも私の家で。
それってヤバくない?
混乱で語彙力もお亡くなりになってる。
初めてルイと二人で出かけてから二ヶ月、二人きりだけで出かけるのには慣れてきてたはずなのに、動悸で心臓が激しく鼓動してる自分がいる。
「上手くいくと良いな……お家デート」
「ん? なんて言った?」
「何にもないっ! ただの独り言!」
初めての体験に不安を感じつつも、余りある多幸感に苛まれながら。
私はリュックの肩紐を持って、彼を置いてくぐらい早く歩みを進めた。
既に私の身体の中で終わっていた、あまりにも大きすぎる変化に気がつくことすらなく。