メジロマックイーンの華麗なる現実ライフ。甘味を添えて。 作:灯火011
深夜の東北自動車道を南下する、黒塗りのハイヤーの車内。完全な防音仕様となった広々とした後部座席で、官僚は手元のタブレットを操作しながら、静かに口を開いた。
「改めて、今後の貴女の処遇についてご説明いたします。マックイーンさん、貴女の存在は今後、内閣官房直轄の『最高国家機密』という扱いになります」
対面シートに座るマックイーンと佐藤は、無言で耳を傾ける。
「貴女が持つ人間離れしたパワー、身体構造、そして細胞組織。それらのデータを提供していただき、我が国の医学や科学技術の発展に尽くしていただく。……その代わりに、我々は貴女に最高級の衣食住を保証します。もちろん、元の世界への帰還のための捜索や研究も、国を挙げて全力でバックアップいたしましょう」
官僚はそこで言葉を区切り、眼鏡の奥の目をスッと細めた。
「つまりは……ギブアンドテイク、というお話ですわね?」
「ええ、その通りです。ただの軟禁ではなく、あくまで国家間の取引に準ずるものとお考えください。ああ、もちろん……メジロマックイーンさん、貴女がこの世界にいる間は、日本国憲法を適用し、基本的人権は保障させていただきますので、ご安心を」
人権が保障される。その言葉の裏にある意味を察し、マックイーンは真っ直ぐに官僚の目を見据えた。
「それは……血液検査や細胞の採取など、あくまで『詳細な医療診断の延長』としての調査、ということでよろしいですか?」
その真面目な問いかけに、官僚はマックイーンが何を危惧しているかを正確に読み取った。モルモットのように解剖されたり、非人道的な実験をされるのではないかという懸念だ。
「もちろんです。ご懸念されているような、動物扱いの檻に入れたり、解剖や、苦痛を伴う実験の類は一切行いません。あくまで採血による成分分析、細胞の培養検査、DNAの解析や、身体能力の非侵襲的なモニタリングなどが主になります」
「……そのぐらいであれば、許容範囲ですわ」
マックイーンが小さく息を吐いて頷きかけた、その時だった。
「ただし、それに加えて……」
官僚のトーンが一段低くなり、事務的な響きを強めた。
「デリケートな部分ではありますが、貴女の『女性機能』や『ホルモンバランス』、生殖に関わる器官についても、詳細に検査させていただく予定です」
ピクリ、と。
隣に座っていた佐藤の肩が跳ね、彼女の顔色が一気に険しくなった。マックイーンのウマ耳もピンと張り詰め、その瞳に明らかな警戒の色が浮かぶ。
「……それは、どういう意味でしょうか」
マックイーンの声が、氷のように冷たく研ぎ澄まされた。しかし、官僚は威圧感に怯むことなく、淡々と、残酷なほど冷静に告げた。
「貴女は、我々人類にとって『新しい知的生物』なのです。二足歩行でありながら人間の耳を持たず、馬の耳と尾を持ち、常識外れの身体能力を発揮する。……その生命の神秘を解き明かすためには、体の隅から隅までが研究対象となります」
「……」
「人類と交配可能なのか。それとも全く別の進化の樹形図にある生物なのか。女性特有のホルモンが、あの爆発的な筋力にどう作用しているのか。……我々には、それを知る必要がある。国がこれだけのリソースを割く以上、中途半端な調査で終わらせるわけにはいかないのです」
車内に、重く息苦しい沈黙が降りた。
佐藤が何か言い返そうと口を開きかけたが、それを制したのはマックイーンの細い腕だった。彼女は佐藤を庇うように少しだけ前に出ると、一切の感情を排した声で言った。
「……書類で、頂けますか?」
「書類、ですか?」
「ええ。どのような検査を、どのような手法で、どこまで行うのか。そして、それに対する拒否権や、プライバシーの保護条項がどのように設定されているのか。口約束ではなく、正式な契約書として確認させていただきたいのですわ」
ただ感情的に拒絶するのではなく、契約という土俵で冷静に交渉の余地を残す。十代の少女らしからぬその見事なまでのクレバーさに、官僚は感嘆の笑みを浮かべた。
「……もちろんです。すでに法務の人間が作成し、ホテルに用意させております。到着後、じっくりとご検討ください」
「ええ。読ませていただきますわ」
マックイーンはそれ以上言葉を発することなく、スッと視線を窓の外へと向けた。
高速道路の街灯が、規則正しいリズムで彼女の美しい横顔を照らし出しては暗闇へと沈めていく。
(……この世界の大人は、本当に手強いですわね)
国家という巨大な力。そこに呑み込まれることなく、自らの尊厳を守り抜く戦いが、今まさに始まろうとしていた。