剛腕転生~気合いと根性で殴り倒します~ 作:ラリゴラリゴラリゴ
その空間には、何も無かった。
天は無く、地は無く。壁は無く、境界は無く。
真っ新な白だけが、そこにはあった。
「…………あ゛?」
ガラの悪い声と共に、ロージの眉間に皺が寄る。
明日の備えて、早く寝たのだ。そして、彼は基本的に一度眠れば一切夢を見る事無く次の日の朝を迎える深い睡眠しか今世では取った事が無い。
にも拘らず、今この瞬間も自身を認識できる。同時に、露骨にロージの機嫌が急降下していく。
そして、ここに響く正体不明の声。
「おや、ご機嫌斜めだねロージ君」
男とも女ともとれる声。
ロージが振り返れば、そこに居たのは白いナニカ。
白い空間に浮かび上がる人型は、しかしその全貌がハッキリとは認識できずただ弧を描いた口だけが笑みを浮かべ歯並びの良さが際立つばかり。
「何だ、テメーは」
「ボクは、神様さ。ヒトガミ、と呼んでおくれ」
「…………」
返答は無し。代わりに、ロージの蟀谷に青筋が浮かぶ。
ヒトガミが、首を傾げる。
「苛立っているね。でも、ボクもただただ君を苛立たせるためにこうして招いた訳じゃあないんだよ?君に美味しい話を「黙れ」」
ヒトガミの話を遮って、ロージはその白い自称神へと向き直った。
「テメーからは、嫌な野郎のニオイがする。俺のダチを食い物にした詐欺師と同じニオイだ」
「酷いな。ボクはそんな事――――」
しないよ、と言葉が続く前に腹の底に響く衝撃音が白い世界に木霊した。
固く握られた拳が、一切の躊躇なくヒトガミへと向けて振るわれたのだ。だが、その一発は直撃する前に見えない壁に阻まれて届いていなかった。
「黙れって言ったろうが……!」
「おお、怖い怖い。これじゃあ、落ち着いて話も出来ないね」
肩を竦めるヒトガミだが、その動きが更に癇に障ったのか追撃の拳が見えない壁を叩く。
一撃当たれば、巨岩すら小石に変える。しかし、所詮は
神を自任するヒトガミからすれば、欠伸が出るような状況だ。
「まあ、ボクも神としての助言に来たんだ。単刀直入に言うなら、このまま行くと君、死ぬよ?」
「失せろ、詐欺師」
にべもない。
一際強く拳を握られるが、しかしヒトガミは余裕の笑みを崩さない。
これから先の、ロージの人生が波乱万丈である事は確定事項なのだ。そうなれば、どれだけ強硬な態度であろうとも付け入る隙はある。
その事を、ヒトガミはよく知っていた。
時に、話は変わるが水滴石穿という言葉がある。
言い換えれば、雨垂れ石を穿つとなる。意味合いとしては、水滴であろうとも同じ場所に落ち続ければ硬い石にも穴を開ける、というもの。転じて小さな努力や忍耐が、やがて大きな成果を生むという意味となった。
ロージの拳は、ヒトガミの障壁にしてみれば正しく水滴同然。
だが、先の通り続けていれば水滴だろうと石を削る。
拳が着弾し――――突き抜けた。
「おおう、マジか」
儚いガラスの砕ける音と共にヒトガミの前にそびえていた障壁が粉砕。
障害を突破した拳が真っすぐに白い空間を突き進み、
「――――はぁい、残念♪」
世界は靄となって消えていく。
*
「――――クソがッ!!」
寝心地の悪いベッドの上で、悪態と共にロージの体が跳ね起きた。
彼は眠りこそ深いものの、寝坊などとは無縁だった。寝坊すれば、朝食を食い損ねるからだ。
だが、今日の朝は違った。
怒髪天を衝く、という言葉がある。激怒のあまりに逆立った髪が天を突きさすように見える様を指した言葉だが、これは人間の血行に関連した動きであったりする。
今のロージは正にソレ。怒りを抱えて顔を赤くしながら、その赤黒い髪の毛がゆらゆらと宛ら炎のように揺らめきながら逆立っていた。
ボロ屋な部屋が、吐き出されるロージの怒気によって嫌な軋みを上げている。ここに、昨晩フィリップに引き取られていったヒルダが居たのならその余波だけで気絶していたかもしれない。
誰も近づけない、訳ではない。
軋みを上げる扉が開かれて、入ってきたのは隻眼の偉丈夫。
「おい、ロージ」
「あ゛?ぶっ!」
呼びかけて、自身へと向いた少年の顔へとバルクスは肉の塊を投げつけた。
血走った目をした餓狼の尻尾を踏む様な蛮行にも見えるが、まあまあな付き合いがあるバルクスからすればロージの思考回路は単純明快である事を知っているが故の行動だ。
顔面に乗った肉の塊。ぺろりとその表面を一嘗めして、ソレが好みの味であると理解した瞬間、ロージは肉の塊を両手で掴んで齧りついていた。
口の周り処か、顔面全体から手から手首とあらゆるところが肉の油でテラテラと輝いていく。
ものの数分で肉の塊は消滅。ぺろりと赤い舌が口の周りの残った肉の脂を舐めとって、少年の放っていた怒気の棘が収まった。
常の様子に戻ったロージを見やり、ため息を吐いてからバルクスは腕を組んで扉の縁に肩を預けると口を開く。
「で?何だって、朝っぱらからブチ切れてんだオメーは」
「あ?……あ!そうだった、そうだった!おっさん!」
「んだよ」
「ヒトガミって知ってるか?白いクソッタレだ!」
「ヒトガミ……?何だ、そりゃ。
「ヒトガミって言ってやがったぜ、あのクソ詐欺師!チクショウが、あとちょっとであのニヤケ面ぶん殴ってやれたのによ」
「おい、話が見えねぇ。どういうこった。その、ヒトガミ?だったか。どこで会ったんだってんだ。テメーは一回寝ると全く起きねぇだろ」
「夢の中で会った!」
「…………」
バルクスが言い様の無い表情で黙るのも無理はない。
気炎を上げるロージだが、所詮は夢の話だろう、と。要は、子供が悪夢を見て眠るのが怖いと言っているようなもの。
それでも、一笑にふす事が出来ないのは見た事の無い程に怒気を放つ少年の姿を見たからだった。
(ありゃあ、小鬼というより最早鬼神だな)
感情の化け物。それが、バルクスから見たロージという少年の本質的なものだと思っている。
気合いや根性といった精神的なものが大きな影響を、その体に齎す。
そして、人の持ち合わせた感情の中でもその激しさは頭一つ抜けているのが、怒りの感情であった。
もし仮に、怒りのままにロージがその拳を振るう事にしたならばその結果齎せる破壊はいったいどれほどのものか。
「…………まあ、兎に角起きろ。朝飯だ」
「むぅ……分かった」
納得はいかない。そんな態度で、ロージは肉の脂でべた付いた手をベッドのシーツで拭うとベッドを降りた。因みに、このベッドは肉の脂レベルではない汚れを何度となく被ってきたためこの程度ではハウスキーパーの悲鳴も出なかったりする。
そのまま寝間着替わりの較的肌触りの良いシャツから、普段着兼戦闘衣であるシャツとパンツに着替える。
「シーツは持ってこいよ」
「うぇーい」
腹も少しは膨らんで、機嫌の針はいつも通りを指し示す。
そんな一波乱を挟んでから、元バルクス傭兵団はハンマーポルカを後にする。
中心には、
因みに、メンバーの大半は傭兵団を創設した際の初期メンバーが殆ど。逆に抜けた者たちは、新入りであったり、団の名声に甘い汁を啜りに来た者たちが殆どだったりする。
「おおー、思ったより揺れない」
「暴れんなよ、ロージ。高ぇんだから、そいつ」
ロージが跨るのは、二足歩行のラプトル骨格をした
鱗と共に、羽毛を有しており体長は凡そ五メートル程。
性質は大人しく、人からの調教を受ける事によって馬や牛よりも強靭で堅牢な牽引動物として利用する事が出来た。
何より大きいのが、雑食性に加えて魔力を有する事に因る生命力の強さ。
馬などは、人の数倍以上の食事を必要とする関係上、どうしても荷の中にエサが大量に必要となる。加えて、繊細だ。
一方で、グラウンドレイクは先の通り魔物だ。雑食性で何だろうと食べる。魔力があれば、場合によっては暫く食べなくても生存できる。
オマケに、病に強く、身体も頑丈。鱗の甲殻と羽毛に因る防御は、腕の良い剣士ですら切り裂くには骨が折れる事だろう。
高い理由は、個体数の少なさ。如何に大人しくとも魔物は魔物なのだから、調教師も相応の腕を求められる為だった。
順調な滑り出しだった。竜車は力強く荒野を突き進み、交戦回数は片手の指で足りるほど。
時に、詐欺師というのは嘘の巧い人種だ。では、上手い嘘とはどういうものか。
結論から延べるならば、上手な嘘は結論を嘘としてそこに至る道筋に一定の真実を混じらせるものを言う。
真実をもって信じさせ、そこから自身の都合のいいルートを歩ませるために嘘を吐く。
ヒトガミは、ロージがこの先で死ぬと告げた。では、その理由は何なのか。
ロージは詐欺師と断じていたが、先の詐欺師の理論に当てはめればヒトガミは最初に何かしらの有益な助言というものをする筈だった。
「――――ふぅ、やれやれ。傭兵として仕事はなかなか選べないとはいえ、殿とはね…………ん?」
相対するは、黄金の騎士。
実力は、世界屈指。
予期せぬ遭遇戦が迫っていた。