伝説のギャルゲー主人公に転生。ヒロインを攻略せず『戦友』として過酷な「裏設定」に二人で立ち向かったら、彼女たちの好感度が限界突破した 作:Student
「お兄ちゃん、起こしてくるね!」
七ツ海の街を包む夜霧が、太陽の熱で完全に霧散した朝。
私は一階の台所で、母親が朝食の準備をするまな板を叩く規則正しい音を聞き、味噌汁のいい香りを嗅ぐ。
遅刻しそうな時間帯になっても起きてこない兄を起こすため、リズム良く階段を駆け上がった。
トントン、とわざとらしく足音を立てながら、まだ兄が寝ているであろう部屋の扉を開け、一歩踏み込む。
部屋の隅に配置されたシングルベッドで安らかな寝息を立てている兄の姿。
それから――。
「あれ……? 私、何か大事なことを忘れていたような……?」
なぜだろう。兄の部屋の中に、無性に気になる箇所があった。
本棚の下から二段目の裏側、ベッドの下の頭側の収納、クローゼットの左端のダンボール。
頭の奥底にある記憶。そこに取っ掛かりを覚えるも、なぜ兄の部屋が気になるのか、その理由はどうしても思い出せなかった。
カチカチと室内に響き渡る時計の音で、私は現実に戻る。
そうだった。今は、こんなことを考えている時間はない。
このままだと、私も兄も学校に遅刻してしまう。
私はちょっぴり抜けてる兄をサポートする、出来の良い妹なのだ。
何度も頭の中を駆け巡る誰かの声を受け、自分に与えられた「役割」を反芻しながら、すやすやと無害な寝顔をこちらに向けている兄を叩き起こす決意をした。
私はゆっくりと、兄の布団へと這い上がった。
馬乗りになるようにして、私の重みを兄に預ける。
この体勢になってから、改めて気づく。
なぜこんな起こし方なのか、自分でも分からなかった。
ただ、こうやってると、心がぽかぽかする。
特に、私が心の奥底にある、冷え切った心の内側が、春の雪解けのように熱を帯び始める感覚があった。
――ああ。ダメだ。
私はおっちょこちょいな兄をサポートする出来が良い理想の妹でなくてはならないのだと、またしても誰かの声が頭の中で反響した。
そうだった。私は、私の「役割」を遂行しなければいけない。
「……お兄ちゃん……。おにぃ……ちゃん……!!」
鈴玉を転がすような、イタズラっぽくて、まだ幼さが残る声で叫ぶ。
「起ーきーてー! 遅刻しちゃうよ、お兄ちゃん!!」
それでも起きない兄の耳元で、わざと明るめな大声を出す。
「わぁぁぁーーーーーっ!!」
私の叫び声が鼓膜を刺激すると同時に、兄は慌てて跳ね起きた。
その衝撃で、私はベッドから転がり落ちてしまう。
理想の妹の、理想の反応。
「あいたたたた……。ちょっとお兄ちゃん、いきなり起き上がらないでよ! 澪が吹き飛ばされちゃったじゃない!!」
私はお尻をさすりながら、わざと頬を膨らませて兄を睨む。
もちろん、本心から怒っているわけではない。
ここで兄との仲の良い兄妹のやり取りこそ、理想の妹との……。
――『理想』って何……? 誰の理想?
そんな疑念が、降って湧いたように溢れ出した。
何かが、おかしい。私も、兄も。
目の前の兄は、私を視界に入れているけれど、今までとは違う。
少し驚いている様子だけれど、異様に大人びた、落ち着いた眼差し。
「な、なに、お兄ちゃん……。そんな見つめられると怖いんだけど?」
兄の中で、何かが決定的に変わったのだと直感的に理解できた。
「お、お兄ちゃん? ……今日なんか変だよ? 本当に大丈夫?」
私は床から立ち上がり、ベッドに座り込む兄の顔を覗き込む。
普段の兄なら「……うるさいな。退けよ」と突き放すか、「澪、重いんだけど……」と溜息を吐くかの、どちらかが多い。
でも、今日の兄はいつもと違う。
「お兄ちゃん? 本当にどうしちゃったの? ……何か、怖い夢でも見た?」
私は優しく、兄の頬に触れた。
「いや、大丈夫だよ」
まるで人生の酸いも甘いも存分に噛み締めてきたような、高校生とは思えないほど落ち着いた表情と、何もかも見透かされてそうな瞳。
「おはよう、澪。最高の朝だよ」
その瞬間――、▼
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