だいぶ前に書いてあったものを掘り起こしてきました。
それでもええよ。という方はご覧ください。
皆さんならどうしますか?
気が付くと私はゆっくりと浜辺を歩いていた。まるで介護を要する老人のように、生まれて間もない野生動物がどうにか歩き始めるように。その足取りは、鉛のように重い。
波が一定の周期で足首から脛の辺りを優しく撫でる。水分を含んだ服が重しとなって、余計に足取りを重くさせるが、火照った体から体温を奪っていく感覚が気持ちいい。
わずかな間だが波にされるがまま歩いていたが、自分が浜辺に居ると自覚すると、鼻孔が思い出したように潮風を感じさせる。
冷たい潮風が頬を撫でる感覚は、まるで心地のいい布団に私を迎えてくれているようで、風が流れて来る方向へ視線を向けた。
海の向こうから、真っ赤に燃えるような太陽がほんの少しずつ顔を見せ始めている。空も星々が煌めく暗黒から、雲一つない晴天へと切り替わろうとしている。
地平線まで続く海、様々な顔を一度に見せる空。全ての暗きを照らす煌々と輝く太陽。それらの美しさと言ったら、何物にも変え難い存在の次に美しいと言えるだろう。
「はあ、疲れた」
天を仰いだ後、今の状況について脳が整理を始める。
ここまでどうやって来たか。記憶が朧気であまり覚えていない。車か、走ってか、はたまた這ってか。そんなことをまじめに考えていたのも束の間、全てがどうでもよくなる。
ここまでどうやって来たか。など、眼前にある目的の前では、本当にどうでもいい。
「ようやく。会えましたね」
波が何度も打ち付けるような浜辺に居るというのに、それを意に介さず座り込んでいる男に言った。いや、座り込んでいるのではなく、横たわるといった方が近い。
こちらに背を向け、這って前方に進もうとしていた男に声をかけると、彼はこちらが苛立つぐらいゆっくりと振り返る。
頭から足先までずぶ濡れの男も私も、とても海水浴をするような服装ではない。第三者から見れば、悪ふざけで海に入っているようにも見えていたかもしれない。
だが、そのような雰囲気が二人の間にも流れていないのは、彼が切望や絶望といった感情を私に向け、その瞳は完全に怯え切っているからだ。
厳密にいえば、彼が恐れているのは私ではない。私の右手に持っている、45口径の拳銃に怯えているのだ。
「くそ…なんでだよ…!」
男が毒づくのも無理はない。我々は今、無数の貝殻がひしめき合うシェルビーチに立っているのだから。奴は靴を履いているのに対し、私は靴下も履いていない素足だ。少しでも私の行動を抑制し、逃げ切ろうとする悪あがきの打算が狂ったのだ。
靴を履いている男は当然ながら関係ないが、追っている途中で靴がどこかに行ってしまった私の足は悲惨な状態となっている。鋭い貝殻が皮膚や筋肉を裂き、一部では骨にまで到達している。通常ならとても歩行できるような状態ではない。
塩水が沁み、肉が裂かれる激痛は、以前の私なら足を踏みしめる前に泣いて許しを乞うただろう。その情けない姿にもならず、男の後を追い続けられた理由はただ一つ。
こいつに何物にも代え難い、大切なものを奪われたからだ。
親、兄弟姉妹、妻、娘。
私の全てを奪ったこいつは金や権力に物を言わせ、のうのうと生き続けている。そして、他の誰かの大切な人を奪い続けている。
ここで、終わらせなければならない。
「おい!こんな事をして、ただで済むと思ってんのか!?僕の親が誰か知らないのか!!」
涙や鼻水、唾液までまき散らし、泣きわめく。この男はまだ自分が力を誇示する立場にいると思っているのだろう。こいつが選んだ第一選択は、私への脅しだった。
「……それで?」
私はただ一言。そう返した。友人と別れて一人となったこいつを一晩中追いまわし、逃げられないようについさっき両足を撃ち抜いた。言うのには少しどころか、遅すぎるのではないだろうか。それで引き下がるのであれば、こんなことはしていない。
「それでって…、馬鹿か!?僕の親は政治家だ!お前の判決なんか、僕がパパに頼めば……」
死刑にできるとでも言おうとしたのだろう。だが、それが全く意味をなさないことを悟ったらしく、言葉が途切れた。彼の思惑は外れ、ファーストコンタクトは失敗に終わる。
「い、今見逃してくれたら金をやるよ!小切手でも、現金でも!一生遊んで暮らせるだけの金をあんたの言い値でやるよ!!」
今度は私を買収しようとしているらしい。自分が殺されないことが当たり前のように勘定に入っている。今更そんなもので靡くと思っているこの男に、私は余計に腹が立つ。
右手に持った拳銃が軽い。念のため装填しておこうかと腰のマガジンポーチに手を伸ばすが、どれも空で予備の弾倉が一つとして残っていない。
弾薬を全て使い切ってしまっていたらしい。山ほど持ってきていたはずだが、この土壇場で何たるミスだろうか。これ以上追う体力もないというのに。
グリップの側面。ちょうど親指が当たる位置にマガジンリリースボタンがあり、それを軽く押すとグリップの下から軽くなったマガジンが自重で落ちて来る。
左手でそれを受け止め、拳銃から黒い弾倉を引き抜いた。非常に軽くなっており、ほとんど弾丸が残っていない事が重さから伝わってくる。
弾倉の側面には穴が開いており、本来ならそこから残りの残弾数がわかるのだが、それを確認するまでもない。弾丸を入れるための開口部からは黒い板が見えているのだ。
弾倉の底部には弾丸を押し上げるためのバネと送り板が備え付けられているのだが、それが見えるということは全ての弾を打ち尽くしているということになる。
私の反応を見て、まだ希望があると思ったのだろう。身を捩りながら、男はまだ逃げようとしている。
だが、銃に詳しくない男は、弾倉が空であれば安全だと勘違いしている。弾倉を拳銃に戻し、左手でスライドを少しだけ手前に引き、排莢口から薬室内を覗き込む。
本当に弾丸がないのであれば、排莢口からは送り板が見えるのだが、金色の薬莢とそれに納まる茶色い弾頭が隙間から微笑んでいた。
「どうやら、神は私を後押ししてくれるようですね」
弾が残っていることに安堵するが、タイムリミットがどうやら近づいてきているらしく、遠くからは警察車両が接近しているサイレンが聞こえてきている。
「こんなことをして、お前の家族はどう思うだろうな!」
サイレンを聞くと、男はそう吐き捨てる。時間を稼ぐために今度は情に、良心に、訴えかけて来るらしい。
そこを突かれると、私もぶれないわけではない。この行為は決して良いと言えるものではないからだ。
確かに、今の復讐に取りつかれる私を家族が見たらどう思うだろうか。叱咤し、罵声を浴びせるだろうか。それとも涙を零し、もういいと制止するだろうか。
どちらにせよ、私のこの行為を喜んでいなければいいが。そう思う私の脳裏に家族たちの姿が浮かぶ。
私がこれをやり切ったら、おそらくは家族のもとに行くことはできないだろう。しかし、これを果たさなければ無念を晴らすことができない。ここにきて、覚悟を決めていたはずの私は、葛藤に悩まされていた。
それはそうだ、つい最近までただの何もない、普通の人だったのだから。
家族の苦しみを教えてやれと感情が心の奥底で滾り、ここでこの男を殺してしまえば私もこいつと同じではないかと良心が訴えかけてくる。
私がわずかながらに動揺しているのを男は見逃さず、ほんの少し口元を緩めたように見えた。
「今ならまだやり直せる!俺を見逃してくれよ!」
恐らく。どんな証拠を提示したとしても、この男が法律に裁かれることはないだろう。そして、一転して今度は私が銃口か、縄か、もしくは絶縁でできた椅子に座らせられることになるだろう。
人間の法律でこいつを裁くことはできないが、死んだのちに神が人生のうちに犯した罪を本当の意味で裁いてくれるだろうか。
先ほど自ら口に出した神の存在に、答えを返してくれるわけではないというのに、私は心の中で語りかけていた。
そんなことを思いながら、私はトリガーに指をかけた。
しかし、感情を爆発させていた私は、決めたはずの覚悟がそれによって突き動かされ、腹をくくったと思い込んでいたのだと理解する。
絶対に来るであろうこの問題を、私は先送りにしていたのだ。
そして、その事を土壇場で思い出し、私は動揺していた。
こいつと同じように感情のまま穢れて堕ちるか、罪を重ねずに家族のもとに行くか。
私はどちらの選択をしたらいいのだろうか。
葛藤が唐突だとか、銃の部分多いとかは言ってやらないで下さい。夢では本当に唐突だったので。
皆さんなら、どちらにしますか。撃つか、撃たないか。
撃たずに、死んだ後は天国に行ける。
もしくは、
撃って死んだ後に地獄に堕ちるか。
私の選択ですか?タイトルを見たら凡そ予想はつくのではないでしょうか。
ええ、夢の私は問答無用でしたよ。ジョンウイックを見ていた時期だったので。