「夏の蟲退治祭りといきますかぁ!」
腰に拳を当て、気合を入れたナツムシ。
広大なヤマトの景色は、どこか日本画のような筆使いを思わせるグラフィックであり、輪郭線の中に太い筆のはらいが雄々しく目立つ。
探索できるエリアであり、現在開放中のヤマトの世界の中で最も高く大きな山である霊峰「フジミ」が、その墨絵の如き大胆さを感じられる第一のものだろう。
こういった、日本画やその質感を感じられるフィールドグラフィックやエフェクトも、あやトラの魅力の一つである。
ナツムシは眠っている間に大きな変化がヤマトに無いことを確認すると、少し主要なエリアから離れた、霧で隠された方角に顔を向ける。
フジミ山の見える麓の方だが、あの霧の先はプレイヤーがまだ入れず、未知のエリアとして開放されていないのだ。
ナツムシは、その霧の向こうに蟲の気配を感じていた。
「大型アップデート……夏イベだな? サービス開始から最初の夏となれば、そりゃあ新規層を取り込むイベント開催には絶好の機会だもんねぇ。これで致命的な蟲が見つかったら、スタートダッシュが台無しだぁ」
「大型あっぷでゑとの際、あの霧の土地が開放されるそうです。あの土地には、まだ
ヤマトの地に初めて降り立ち、己の行先を知るために旅をする。それが、プレイヤーがこのゲームで行動する指針でもあるのだ。
己を知ると言うのは、旅者は皆記憶が薄くなっていて、本来の自分を取り戻すという意味だ。
メインストーリーは、この記憶に関する物が多く、選択肢によっては本来の自分の姿も分岐する。
プレイヤーの選択によって、ゲーム内の己の本来の姿も変わっていくのだ。
ナツムシは、自身がデバッグの神であるため、力を振るう場であるヤマトの世界については深く知っている。
だが、ナツムシはプレイヤーの立場ではないため、旅者たちが詳しくどういったストーリーを追って変化していくのかは知らない。
だが、知る必要はあまり無いだろう。
ナツムシは、このゲームを「遊ぶ」のではなく「なおす」ためにここにいるのだから。
「シロバナ、今回も補助よろしくぅ。んー、大仕事になりそうだしね」
「心得ております。では、早速」
ナツムシとシロバナは、空を飛んだまま霧の中へ突入する。
濃い、自分の手元すら見えない中を進んでいけば、数秒で霧中を脱出できた。プレイヤーならば、元の入ってきた位置に逆戻りするイベントを起こすプログラムが組まれているが、ナツムシとシロバナはそれをすり抜けたのだ。
「おっと、なかなかデカいのがいるじゃん」
霧の先は海と島があった。
ヤマト自体列島なのだが、広い海とその中にぽつぽつと足場のように島がある。
中には高低差のある大きな島も存在しており、この海と幾つもの島を旅者たちは探索していくのだろう。
波は北斎を思わせる波打ち方であり、日本画テイストのグラフィックがここでも生きていた。
海側から見るフジミ山の景色も絶景だ。
だが、その島の一つに、大きな泥色の異形が取り付いていた。
節のある脚、光沢のある羽、ガチガチと警告音を鳴らす顎。
複眼のあるそれは、蜘蛛にも蜂にも似た蟲であった。
泥色の体に、赤く光る目だけが不気味にこちらを睨んでいる。
これが──バグだ。
「島を抱えられるなんて、蟲のサイズ感じゃないでしょ〜……」
「ナツムシ様、武器を!」
「あんがとーシロバナ」
シロバナがナツムシにギラリと光る長物を投げた。
布に包まれていたそれは、投げられ回転するうちに布も紐も取れ、薙刀と正体を現してナツムシの手の中に収まった。
刃はナツムシの黒髪を反射し、蟲への殺意を鈍くたたえている。
柄には細やかにキクの花があしらわれ、勇ましさの中に花の美しさを秘めさせていた。
ナツムシは薙刀を軽く手元で回し、馴染みを思い出す。
「うしっ、やったろーじゃん?」
「加勢します!」
頷いたナツムシは、群島の一つを占拠する巨大な蟲に薙刀を振った。
シロバナも、手にあるクナイで援護する。
ナツムシと蟲は何十倍とサイズに差があるが、ナツムシの薙刀から放たれた斬撃は、パッキリと黄緑の神気を纏って撃ち出される。
神気は斬撃の威力を増幅させ、一撃で蟲の六つあるうちのひとつの脚を切り捨てた。
「見事にございます!」
「シロバナも油断しないでよ〜!」
シロバナが耳を立ててナツムシの攻撃を褒めるが、まだ敵の一部を切り取れたに過ぎない。
ナツムシの言葉に気を引き締めたシロバナも、自身の持つクナイに力を込める。
神の使いである
「ハァッ!!」
そうして投げられたクナイは蟲の複眼に突き刺さり、蟲が金切り声をあげる。
その隙にまたナツムシが脚を一本切り落とした。
「蟲もやられてばっかじゃないよ〜、注意!」
「ハッ!!」
ふたりの攻撃に蟲は怒りを露わにし、金切り声と顎の警戒音を耳が痛くなる程に発しながら、その口から空気を割って糸を吐き出した。
その標的はナツムシをしっかり狙っている。
「ナツムシ様ッ!!」
「ん、だいじょーぶ」
糸といえど、その速度と質量はただの虫程度のものを遥かに超えている。
塊として吐き出された糸は、当たれば酷い打撲と衝撃が全身を襲うだろう。更に、糸にまとわりつかれて動きが鈍るか、最悪手繰られて顎の餌食となってしまう。
決して侮れない攻撃だが、ナツムシは薙刀の乱斬によって、糸の塊の速度と量を完全に殺した。
散り散りとなった糸は、薙刀の刃に絡まることすら許されず、虚しく宙に散っていく。
それを見て、更に蟲は怒りを強くさせた。
大きく脚を上げ威嚇する蟲。
島の崖に器用に脚を引っ掛けたそれは、島に生えている木や崖岩を砕いていく。
「あちゃー、島ひとつの被害で済んだらまだ楽だけど……」
「これ以上土地を壊させるわけにはいきませんね」
蟲はバグであり、放置しておいたらシステム的な面での不具合や異常を引き起こす。
しかし、戦闘中に蟲によって破壊されたヤマトの地も、また不具合の原因となってしまう可能性がある。
放置しておいたら不味いのは蟲だが、フィールドの被害もまた、無視できるものでは無い。
現状、まだ多少の倒木や崖崩れ程度で済んでいる。
これ以上の破壊は更なる厄介ごとを招き、なんなら新たな蟲を誕生させてしまうだろう。
ナツムシとシロバナは頷き合い、短期決戦を仕掛けることを決めた。
「脚ばっか切っててもしょーがないし、一気にいきますよぉ〜っと」
「接近までの防御はお任せを」
ナツムシは長い髪を帯のように揺らし、宙を蹴った。
空気の塊が割れるような音とともに、急速に蟲へ接近する。
当然、反応した蟲が糸弾を放つが、シロバナのクナイによって全て軌道を逸らされた。
「デバッグ退治術いノ段……『
ぶわり、ナツムシの薙刀が莫大な神気を纏い、その刃を長く大きく延長していく。
鈍色の刃よりも、神気によって作られた黄緑の刃の方が、遥かに大きな体積を持った時。
極大の斬撃が、蟲に向かって放たれた。
「────!!」
「シロバナ」
「承知」
真っ二つにされた蟲の体が、シロバナが放った縄付きクナイによって縛られ、纏められていく。
蟲は、まだ生きていた。
しかし、絶叫虚しく、縄付きクナイに縛られてその巨体で暴れることもできない。
島に取り付いていたが、今は島に括り付けられている状態だ。
断面から沼色の体液を流しながら、蟲は吠える。けれど、それ以上の暴走はシロバナが許さなかった。
「
爆弾の付けられたクナイが、花火の如く瀕死の蟲を襲う。
唸る破裂音、飛び散る火花。
身体を真っ二つにされていてもまだ息を持っていた蟲は、その直ぐに火の舞を浴びせられついに沈黙した。
蟲を括り付けていた島は蟲の抵抗や攻撃の余波によって半壊状態だが、島と同等の体躯を持つ蟲と戦ったにしては、被害は少ない方だろう。
ナツムシは気を抜かず沈黙した蟲をしばらく眺め、ようやく薙刀を仕舞った。
「蟲の退治は完了したねー。あとは
「島の修繕は私が。ナツムシ様は蟲の始末をお願いできますか」
「おっけー、任せといてぇ」
蟲種とは、その蟲を放置していた場合に起こっていたバグの解析と、発生条件の詳細を確認して割り振る種類と危険度のことだ。
些細なバグから致命的なバグ、なんだかちょっと面白いだけのバグ。
ゲームの中となると、バグの種類も多種多様。
発生条件も極一部のものから初見殺しまで。
そういった種別を確認し、蟲種としてラベリングするのは大切なことだ。
蟲は、バグの内容や発生条件によって形態を変える。
同じような条件であれば、形態や攻撃手段も似たようなものになる。
情報を集めることは、ナツムシもシロバナも重要視している。
連続して同じ蟲種が現れた時は、もっと別の場所に親玉の蟲が隠れていたりするからだ。
ナツムシは蟲の死骸に近寄ると、その複数ある目のうちの一つに手を掲げた。
黄緑の鳥居マークが掲げた手の先に現れ、解析の進捗がパーセンテージで表示される。円形のゲージが溜まりきると、巨大な蟲の死骸が一瞬にして掻き消えた。
解析の産物として、ナツムシに情報が集積される。
「ふむふむ、特定の島に立ち入った時に、チャット機能が使用不可になる。パーティが勝手に解散される、かぁ。糸系の攻撃をしてきたから、通信系かと思ったけど……フレンドやパーティの繋がりが断絶される系だったのね」
特定の島、というのは蟲が取り付いていた島のことだろう。
この島に入った瞬間に、パーティ行動やチャットでのやり取りが不可になるようだ。あやトラはソロのプレイヤーも多くいるが、フレンドやギルドパーティで楽しむ者がやはり多数派だ。この不具合はなかなかに厄介なものだっただろう。
島を出れば解除可能ではあるが、そんなこと遭遇したプレイヤーはわからないし、混乱必至だ。
バグの中ではまだ軽度の方ではある……が、楽しい夏イベントに大きな水をさすことには間違いない。
蟲種としては、場所型のマルチプレイ障害系といったところか。
そうナツムシが分類し終わった頃、シロバナが作業から戻ってきた。
いつものクールな切長美人の表情が崩れていないあたり、上手くいったのだろう。
「島の修復は滞りなく完了しました」
「おつかれー。大物だったけど、被害は少なめで良かったぁ」
「お疲れ様でした。修繕中、幾つか小型の蟲を発見、退治しましたので、解析をお願いできますか」
「まぁこんな大型がいれば小型もいるよねー。倒してるなら、ちゃちゃっと終わらせよー」
ナツムシは蟲の退治に長けているが、蟲によって傷がついたデータの修復はあまり専門ではない。
ヤマトと繋がりが深いシロバナの方が、世界の修復に関しては一歩上をいく。
シロバナはナツムシの御使いだが、同時にあやトラのサービス開始と共に生まれた存在であり、成り立ちや核にはヤマト……もといあやトラの存在が大きく関わっている。
だからこそ、自身の心臓とも言えるヤマトを蟲から守ってくれるナツムシに仕えているのである。
蟲によって破壊された島は、何事もなかったかのように元通りになっていた。
やはり自分よりもシロバナの方が修繕の腕は良いと、ナツムシは頷く。
本人にそう伝えても、謙遜が返ってくるだけだろうけど。
「んー、まぁ小型のはちょっとしたエフェクトのブレとか透過だね。放置してても人間がささっと直してたと思うけど……大した労力じゃないし、いっかぁ」
「小型でも油断できない蟲はいますから、見つけ次第退治するようにしています」
「苦戦してたら、ちゃんと私呼んでね? ふー、これで仕事もおわりっ! 夏イベ楽しんでもらえるといいねぇ」
「ええ、ナツムシ様が参加できないのが残念でなりません」
ナツムシはデバッグの神様である。
故に、デバッグの必要無い健全なデータにはあまり入り込まない方が良いのだ。
正常なデータに無駄に長居していると、逆に一般プレイヤーをデバッグモードに巻き込みかねない。
なので、蟲の気配が無い夏イベントには、残念ながら眺めることだけでも難しい。
シロバナは、ヤマトの繋がりと蟲を察知する斥候能力を備えているため、正常なデータに長居しても問題は無いのだが……。
俯いたシロバナに、ナツムシは少し身体を浮かせてその頭を撫でた。
ナツムシよりも身長が高いシロバナを撫でるには、少し工夫が要る。
「私はバグが起こらず、楽しんであやトラを遊んでもらえたらそれで良いんだよぉ。神様の境界線ってもんだ」
「ですが……」
「開発側の安堵、プレイヤーの喜び、ゲームへの熱意。そういうものを、私はちゃんと対価として受け取ってるしねぇ」
神様というのは信仰が必要だ。
けれど、なにも毎日祈るとか、お賽銭に万札を入れるとかそういうものでは、ナツムシは満たされない。
デバッグによって取り除いたバグ。そうして不具合の心配無く遊べるユーザーの満足感。
開発や運営の、あやトラへの運営意欲。
そういったものが、ナツムシの力となる。
「さーて、私は社に帰って寝るとしますか」
「……そうですね。仕事の後は休息も大切です」
ほんのりとシロバナから寂しさを感じ取りつつ、ナツムシは大きく伸びをして、社のある黒い空間へと戻った。
また蟲が出たら呼ばれるだろう。
いつもの長襦袢の姿に戻り、あくびを一つもらした。
「次の柏手はいつ鳴るやら……あー、眠い」
モニターの鳥居マークは、ナツムシが眠ると同時に、そっと落とされていた。
株式会社【ピレスロイド】
主なタイトル:あやかしトラベラーズ
本社住所:静岡県
小野、渡辺が所属するインディーゲーム制作会社。
ゲームの他にもグッズや書籍類の事業も行っている。
あまり大きく無い会社だが、パワハラやサビ残も無く、社員間の関係も良好なホワイト企業。
元々上層部がゲーム好きかつ大学のサークルから始まった会社のため、あまり上下関係の厳しさが無い。
ゲーム運営としては、難易度調整やサポートの手厚い対応が評価されているが、中小規模の会社にしては諸々のクオリティが高いため、ちゃんと黒字が取れているのか心配されている。(黒字です)