高慢美女な大商人が呪いで世界中から忘れられても、俺だけが覚えている――というフリ 作:ぜいご
王都商業区の一等地に居を構える、王国最大の商会――ノードアット商会。
本店ともあって、店舗部分以外に倉庫や事務スペースも備え、貴族の屋敷もかくやという広大な敷地を誇っている。
そして今日は、とうとうやってきた商会設立五十周年式典の日。庭園には贅を尽くした装飾がなされ、舞台や座席までしつらえられていた。
ただ、そんな日であっても俺は。
「――相も変わらず暇だなあ。俺、要るのかなこれ」
商会の敷地内に口を開ける、大通りに面した門の前。商会の方から聞こえる賑やかな声を背中に受けながら、ぼけーっと突っ立って門番やってます。
一応商会支給の制服や軽鎧を身に着けて、剣だって学生のとき使ってたやつよりずっといいやつ貰ってるけどさあ。これが役に立ったことなんてほとんどないし、今日は特に来賓を守るための警備が別に雇われてるからね。
やっぱ俺要らないだろ。どんどん腕が錆びついてる気がするわ……。
とはいえ。
「家族を養うには必要なことだし。今日も今日とてなにもない警備に努めるだけ」
虚しいなあと思った……その直後だった。
「――まったく。こんなめでたい日でも、お前はいつも通りに辛気臭い顔だ。キエーフ」
ん? 後ろから、女の人の声が……。
名前を呼ばれて振り返って、その瞬間。
「ッ!!」
……まるで、体に雷が落ちたような衝撃。全身がビリビリと震えて、背筋がピンと伸びる。目を見開いて、体は動かせず、ただただその人に視線が釘付けになる。
濡れたように艶やかで長い、シルクと見紛う黒髪。ところどころに混じる赤が見る人に鮮烈な印象を与える。
顔は身長の割に幼い。整った顔立ちはまるでお人形さんみたいだ。
しかしなにより俺の心を射抜いたのは、その人を惹き付ける赤い瞳。強い意思が宿る、透き通ったルビーみたいな瞳だ。きっとその目で鋭く見つめられたら、どんな命令でも聞く気になる。
あぁ、目が離せない……。
まあつらつら考えはしたものの。端的に言うとこの人――
「――び、美人すぎる……」
もろ俺のタイプ……!
整っていてかつ意志の強そうな顔立ち。なんかこう、メイクとか立ち振る舞いからもすごい気の強そうなのを感じる。あとスタイルめっちゃ良い。
他人にこんな感情抱いたのは初めてだ。………………いや、ほんとにそうか? 前にもこんなことがあったような気も…………ま、いいか。そんなことよりも問題は、なぜこの超絶美女がさえない門番である俺に声を掛けてきたのか。
「あのー……ええっと。確かにちょっと、暇すぎて目が死んでたかもですねえ。なんせ今日は俺以外にも山ほど護衛がいるもので」
「ふん。当然のことだろう。今日は来賓として幾人も大貴族を呼んでいるのだ。お前のような間抜け一人に任せておけるほど、ワタシは耄碌していない」
「あ……そうです?」
んん? この話ぶり、商会のお偉いさんだったりする? 鮮烈な深紅のドレスまで着てるし、てっきり来賓側かと思ったんだけど。
というか俺はまったく見覚えないんだけど、いったいぜんたい誰? こんな美人見たら俺ぜったい忘れない自信あるのに。
「なにが『そうです』だ、相も変わらず気の抜けた男……。しかし、ふ……お前もようやくワタシの商会に相応しいマナーを身に着けたようだ。今日この日のため、特別にあつらえたドレスにアクセサリー。化粧だって普段よりもずっと時間をかけている」
「え」
あれ、美人って言ったの聞こえてた!? まあ、気を悪くされなかったなら良かった。なんかすごい得意げというか、勝ち誇った顔だし。……ちなみに、その表情めっちゃ癖です……。
「はぁ。そこで再び具体的な賛辞に移れないのがお前の限界か、キエーフ。しかし、いいだろう。今日はこのアリーシャ・サングレルにとっても特別な日だ。…………ふむ、そうだな。であればお前にも……」
「俺にも?」
「こんなつまらない警備ではなく。――会場で、式典を見ながらの警備をさせてやろう……! どうだ、感謝しろ!」
え。…………いや、ここにいるのほんとにつまらないから、ほんとにいいなら嬉しいんだけど。この人――サングレルさん? にそんな権限あるん……?
「なんだ、不安か? そう気にするな。どうせ今日は過剰なほどに警備の者を雇っている。お前一人が門を離れたくらいでどうにもならん」
「いや、それはそうだと思うんですが……」
「なんだ。このワタシが直々にいいと言ってやっているのだぞ。お前ごときがこの厚意を無下にするつもりか――?」
うわ、すごいキツイ目。思った通り、ものすごい目力だ! こういう人タイプなんだよ。
……っと、呆けるのはこれくらいにしなくちゃ。それよりも、どうするか早く決めないと。
「さあ。行くぞキエーフ」
俺が従わないなんて選択肢はないとばかりに、返事も待たずに反転するサングレルさん。俺に背を向けて敷地内に戻っていく。
…………正直、彼女の申し出は願ったりなんだよな。たぶん初めてこんなに気になる人だし、もっと一緒にいたい。
それにあの人、たぶん俺が知らないだけで商会の上役かなんかだろうし。あるいは、あの気品なら貴族だったとしても納得できる。俺が逆らった方が後で誰かにお叱りを受けそう。
そんな風に、自分を納得させられる言い分を完成させた結果――
「――はい……! お供しますッ」
「っ」
一瞬、驚いたように肩を跳ねさせるサングレルさん。
そんな彼女の後を追って。俺はさっきまで番をしていた門を潜って、賑やかな会場へと歩みを進めるのであった。
そうして、忙しく準備が進められる会場にやってきた俺は。
「――――おい、そこ! 椅子のクッションが汚れている! ワタシに恥をかかせるつもりか!? すぐに交換しろ……!」
「は、はいッ」
「そこのお前、来賓用の食事はもっと大目に用意しておけ! 大量に余ろうが構わん、それよりも絶対に在庫を切らすことがないように!」
鬼のように指示を飛ばすサングレルさんの後をついて、おずおずと会場を横断する。俺は背中でその働きぶりを見ながら感心していた。
もう来賓はだいぶ揃って来てるみたいなのに、最後まで細かいところによく目を通す……。新しい客が来れば、すぐに目の前へ赴いて挨拶までしてるし。
にしてもこの人、やっぱりだいぶ偉い人だったみたいだ。見覚えないのが気になるけど……まあ、俺が警備する時間より早く門を潜る人だって何人もいるだろうし。
ただ、ちょっと気になるのが――
「――あぁ、これは! ワイズ子爵、忙しい中ようこそ式典へお越しに。歓迎いたします」
「……? あ、あぁ、ノードアット商会にはよく世話になっているからな。今日はよろしく頼む……」
恰幅のいいおじさんが来賓席へと去っていく。その背中を眺めながら、俺は思う。
今のおじさんもなんか――サングレルさんが誰か分かってないような反応にしか見えなかった……。
でも、そんなわけないよな? だってサングレルさん、あんなに自信満々に話しかけてたし。見た? あの得意げな顔。なんてかわいい……っじゃなくて。まさか、知り合いじゃないなんてそんなこと。
「でも。なんか商会の人たちもみんな、『誰か分からないけど偉い人っぽいから従っておこう』って雰囲気だったんだよなあ。そんなわけないんだけど」
さすがにな。
なんて、忙しそうなサングレルさんをじいっと見ていると。
「……ん? なんだキエーフ、じろじろとワタシを見て。――あぁ、そうか。今のこのワタシを見て、自分との差をようやく思い知ったかっ?」
「え。そんなの、最初っから理解してますよ。俺とサングレルさんじゃ生きてる世界が違いすぎて」
こんな、人の上に立って貴族とも対等に話すなんて、俺じゃとても。
ただこの返事が気に入らなかったのか、サングレルさんはちょっと不服げだ。
「生きている世界が違う、だと? ワタシはお前のそういう、持っているものへの無自覚さがずっと気に食わん……っ」
「えっと、なにか気に障ったならすみません……。でも本心ですし」
「本心だからこそたちが悪い。ずっとそんな態度だから貧乏くじを引くし、学園を卒業してからなにも成すことができていないのだ! そんなお前を見ると逆にワタシが惨めになるから雇ってやったというのに――――……っく、いや、今はよそう。せっかくのワタシの晴れ舞台、お前なんかのせいで心を乱されてなるものかっ」
わなわなと震えるサングレルさん。なんだかえらく思うところがありそうだけど、ため息を吐いて俺から視線を外す。
そうして、ドレスの胸元から小さな懐中時計を取り出すと言った。
「そろそろ時間だ。お前はどこか、来賓席の端の方で適当に警備をしていろ。ワタシはもう行く」
なんかボロクソ言われた気もするけど、それでも出て行けとは言われないのか。俺の学生時代のことも知ってるみたいだし謎は深まるばかり。
俺は首を傾げつつ、舞台横の天幕へと姿を消すサングレルさんを見送る。
とりあえず言われた通り来賓席の警護に参加して、他の護衛から「誰だお前」なんて警戒されつつ、式典の開始を待つことしばらく。
…………なんか、天幕の方がちょっと騒ぎになってない? なんか慌ただしく出入りする人が見える。
「……――急げ、早く商会長を探せえ! もう開始時間だぞ!」
「さっき、商会長を名乗る怪しい女が……!」
「ほうっておけ、それよりもいまは!」
うーん。声はよく聞こえない。
でも、確かもう式典が始まる時間のはず。来賓席もほぼ埋まってるのに式が始まらないから、どうもざわつき出した。
……大丈夫かこれ? かなりの大貴族も来てるって話だし、サングレルさんもえらく楽しみにしてたみたいなのに。
どんどん不穏な空気が流れる会場に、心配になってきた――――その時だった。
『――みなさま! お待たせして申し訳ございません。お時間となりましたので、これよりノードアット商会の五十周年式典を開始させていただきます!』
お、開式の放送! 良かった、トラブルがあったみたいだけど無事になんとかなったんだ。まだちょっとだけ喋っただけだけど、サングレルさんみたいな美人が悲しむところは見たくなかったから。
さてさて、それじゃあ。任せられた以上ちゃんと警備はするけど、俺もここから式典を見学させてもらおう。
……と。そんなことを気軽に考えていた俺は、まだなにも知らなかった。これからいったいどんな悲劇が起こるのか。どれだけ痛ましい光景を目にすることになるのか。
そうして。
その時は…………とうとう訪れる。
『――それでは! これより、当商会の会長より開式の挨拶を…………えっ、まだ来られていない? いえでも、会長はここにいると、先ほど確かに赤いドレスの方から――』
これほんとに大丈夫? 放送事故じゃ……あ。良かったちゃんと登壇してきた。あれが商会長、初めて見る………………って、え?
あれ――――サングレルさん……ッ!?
「ご紹介にあずかりました、ノードアット商会の商会長を務めております――――――アリーシャ・サングレルです」