TS転生なんかしたくなかった 作:害悪転生者
「…………ここは」
不意に、意識が浮上した。
深い眠りから覚めたみたいで、一気に目が覚めた。
……けれど、いつ眠ったのかがあまり覚えていない。
ふかふかの自室のベッドの上で目を覚まして、ゆっくりと眠る前の事を思い出そうとする。
眠る、眠ったのか……?
意識を失った、だけ……?
ええと、確か……そう、彼の国に、行って……魅了魔法の使い手が……転生者が…………炎、が……。
「……うぷ」
込み上げてきた吐き気に、咄嗟に口を抑えた。
幸いにも喉奥から飛びだす前にどうにか飲み込んだが……とても気持ちが悪い。
重い眠りからの目覚め、スッキリする筈のそれはひどく最悪な気分だった。
こんな気分の時は湯浴みでもするに限る。
そう思っていつものように、起床するまでは一緒にいる筈のメイドの寝床を見て……そこに何もいない事を、もう誰も寝ない事を思い出した。
「…………うぷ」
飲み込んだ筈の吐き気が、俺を再び苛んだ。
「……! レイチェル! 大丈夫か!?」
簡単な身支度をして……今の状況を知るべく、俺は城を歩いた。
不気味な程に使用人のいない廊下を歩き魔国の王の執務室へと行けば、数人の話し声が聞こえる。
軽いノックの後に扉を開ければ、深紅の髪の偉丈夫、俺の父親が……心配そうな顔で、けれど苦悩したように眉間に皺を寄せて此方を見ていた。
同時に、この国の要人達……大臣や叔母である近衛兵団団長も……心配そうに、けれど苦悩の浮かぶ表情で、俺を見ていた。
その光景に、俺は驚いた。
産まれてこの方ずっと、俺は誰の顔も認識出来なかった。
顔は全てモザイクがかかったように塗り潰されて、体格や髪色、声色等で判断していた。
けれど今、そのモザイクは全て取り払われ、顔がしっかりと露になっていた。
初めて見る父親の顔は、想像以上に若く整っていて……それは周りを固める重臣達もそうだった。
特に叔母は少女と言ってもギリ通用しそうな――。
ゾクッ
……いや、ええと、まるで少女のようだった。
兎に角、俺は驚き戸惑いつつも気を取り直し、父親の目を真っ直ぐに見て小さく頷いた。
「……はい、心配をおかけしました……申し訳ないのですが、俺――
「レイチェル……いや、わかった。順を追って説明しよう」
父親は俺に対して目を丸くしていた。
驚いて……感動している……?
よくわからない情動があったようだ。
「はい、お願いします」
けれどまずは現状を把握しなければ……。
俺があの謁見の間から逃げた後、どうなったんだ……?
「まず、俺がお前の異変について聞いたのは、入国してすぐに盗賊に襲われた、って話だ。
サンドラム王、国……そうか、彼の国はサンドラムって名前だったのか。
名前程に砂ばかりじゃなかったな、なんて思って……固有名詞を認識出来る言葉にまた内心驚いた。
今まで人の名前すら
「そして何が起きてるのか調べるように命じ、やきもきしながら待ってれば……うちのメイドの悲鳴が城中に響いてな。なんだなんだと確かめるとお前の部屋からで、行ってみればお前が血だらけで倒れてんだから……まったく、生きた心地がしなかった。おまけに
「……
聞き覚えのない名前に、思わず聞き返していた。
けれどそれも一瞬、話の流れがわからない程バカじゃない。
獣耳の俺のメイド……そうか、ミラっていうんだ……。
彼は、俺の許嫁だった彼は……ライル、か。
「レイチェル、お前……」
そんな俺に父親は何か言いたげな、喉にものがつっかえたような顔をしていたが……それを言葉にする事なく小さく首を横に振った。
言いたい事は……わかる……いや、俺に呆れ果てたのかもしれない。
それでも父親は、魔国の王は、王として言葉を続けた。
「……お前に治療を施し、ミラとライルを保安、安置させ、事態を把握する為にサンドラムに調査員を派遣した……そして漸くある程度情報が纏まって今事前会議の真っ最中だ……お前が帰ってきてから丁度三日くらい、だな」
三日も、寝てたのか。
道理でこんなにも体が重く、ダルい訳だ……。
僅かな驚きを感じつつ、強い倦怠感の理由に納得して小さく頷いた。
そして今のこの場の状況もわかった……大臣の中でも重臣だけが集まっている状態……本会議の為の情報整理中だったようだ。
「それは……良いタイミングでしたね」
思わずそう呟いた俺に、父親は僅かに破顔し、けれど直ぐにその表情を真面目なものに戻した。
施政者として、一国の王として。
「フハッ、そうだな。ならば丁度良い、魔国
リターニア……それがこの国の名前、か。
自分のフルネームすら正しく認識していなかった自分に、ほとほと呆れ果てる。
どれだけ周りを見ていなかったのか、聞いていなかったのか、突き付けられている気分だ。
「私、は……」
それもその筈だ。
俺は転生してからずっと……まともに生きようとしていなかったのだから。
この体に転生してしまったからには生きなければ、なんて言葉で誤魔化して、それでも転生前の苦痛の日々を引きずって忘れられなくて……真面目に生きようとしなかった。
だから、これは報いなんだろう。
「二人は……私のせいで……私が、私、が……」
こんな俺の世話を一生懸命焼いてくれた獣耳メイド……ミラの献身を……彼女自身を喪った。
こんな俺を好いて、魅了魔法に逆らえる程の意思の強さで助けてくれた彼の想いを、彼自身も……全て喪った。
何も
「私が……殺した」
全部、俺のせいだ。
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レイチェルは語った、目を伏せて、辛そうにしながらも一部始終を隠すことなく。
サンドラム王国に入り、幾度も盗賊に襲われた事は周知の事実であったが、王宮での出来事にざわめきが起こった。
「魅了魔法の使い手が、いました」
「なんだと……!?」
ガタン!
思わず、と言った様子で深紅の偉丈夫が音をたてて立ち上がった。
それもその筈、魅了魔法の使い手はとはそれだけ忌むべきものであり、この国においては特に重大な意味を持つものであった。
「道理で、ああ……クソ、そういう事か……!」
ガリガリと深紅の髪をかきむしる、魔国リターニアの王、
それは今回の事柄の調査報告にあった。
焼けたサンドラム王国の王城の生き残りの証言だ。
『深紅の女が、ご主人様を焼き殺した』
その発言はサンドラムの異変に気付き、同様に調査していた、冒険者ギルドと教会の人員達にも聞かれていたらしい。
しかしながらその生き残りはどうにも精神的に不安定であり、その言動の正誤は怪しいとの話であったようだし、ジェイスとしても自分の娘が同盟国の王を焼き殺したとは思いたくなかった。
「……だから、か。冒険者ギルドと教会からの文書がどうにも喧嘩腰なのは……魅了魔法の残滓でも見つけたか……? クソ、これは……困ったな……」
ジェイスは顔を歪めたまま、ドサリと力なく腰を下ろした。
集う重臣達の顔にも、焦燥の色が濃く浮かんだ。
そんな様子に、レイチェルは申し訳なさそうに、目を伏せた。
これは、魔国の背負った、一つの呪いだった。
かつて魔王と名乗った魔国の王が世界中に宣戦布告した時に、魔王が世界にばら蒔いたのが魅了魔法だ。
魅了魔法によって、世界は大混乱に陥った。
王が、兵士が、友が、親が、兄弟が、次の瞬間には平然と刃を向ける事が有り得た最悪の時代。
そんな時代を作り上げたのが最低最悪の魔王、深紅の髪の絶世の美女、
スカーレット自身は自らの肉親でありジェイスの祖先である
以後魔王の支配は終わり、魅了魔法と共に魔王の名も禁忌として歴史に刻まれた。
それで終わりの筈だった。
やがて、説明を終えたレイチェルは部屋を見回し、全員が顔をしかめているのを見て、誰もが思っている事を口にした。
「……スカーレットの再来だと、思われているのでしょうね」
「言葉にするな、レイチェル……その通りだが」
頭痛を堪えるように、こめかみをおさえて苦悶の声を漏らした。
魅了魔法、深紅の女、その二つが揃ってそれを連想しない者はこの世界では稀だと言えた。
魔王に直接の被害を受けた人間種こそ既に数少ないが、長命種の中にはまだまだ現役な者もいるし、そもそも魔王を倒した物語は絵巻として流通してしまっている。
魔国としては非常にマズイ流れだと言えた。
長年の苦労が全て水の泡となるどころか、魔王の潜む国として討伐隊すら派遣される、なんて事になりかねない。
そうなれば、今の魔国の平穏は容易く崩れてしまうだろう。
しかも厄介なのが、実際にサンドラムの王族達をレイチェルが焼き殺した事は、事実だという事だ。
レイチェルが意図したものではないものの、レイチェルの魔法によって幾人もの人々が焼け死んだのは事実。
派遣された魔国の兵士達も、誰一人帰還する事はなかった事もあり、重臣達の中にはそれらの親族もいて……レイチェルに複雑な視線を向ける者すらいる。
そんな状況にジェイスは、頭を抱えた。
娘が生き残った事は、素直に嬉しかった。
魅了魔法……話を聞くに、伝え聞いていたスカーレットの使っていた魅了魔法と遜色ない程に強力な使い手による一国の支配、それに巻き込まれて抗い、生きて帰って来ただけで神に感謝したいくらいだった。
だが、現状はそれを許してはくれなかった。
状況証拠だけで言えば、魔国による侵略だと捉えられても仕方ない状況なのだから。
そしてそれを、誰よりも理解していたのは、当事者であるレイチェルだった。
「…………父様……」
レイチェルは、真っ直ぐ自分の父親の顔を見た。
産まれて初めて、真っ直ぐに、真正面から。
自分と同じ深紅の髪に金色の瞳、まだまだハリのある肌。
若く整った顔立ちの眉間には、似つかわしくない深い皺が刻まれていた。
そんな、自分が原因で苦しみよ表情を歪める父親へと、レイチェルは口を開いた。
一つの解決策を告げる為に。
「私を、追放してください」