「なんだ、簡単に崩れるな。もっと大きな亀裂だったのを、土を盛ってかくしてたのか?」
小さな亀裂を拡げてみると、そこには大きな空洞が広がっていた。
「どこかに続いているな。風が吹いてきているぞ。……ここは、洞窟探検と洒落込むか」
松明をかざしながら、リョーツーンは地下道を進み始めた。
……けっこうな距離を進んだ気がするのだが、松明の燃え残りから推測すれば、それほどでもないはずだった。
「風が吹いている以上、どこかから風が吹き込んでいるはずなんだが……」
ぼやきつつも、さらに進むと、開けた場所に出た。
「なんだ、こりゃあ」
思わずリョーツーンは声をもらした。
そこは異様な場所だった。
死の臭いが充満しているが、墓所などでは断じてない。
むしろ、死者を悼むのとは対極にある場所だった。
壁には蛇やサソリのレリーフが彫られ、床には血がしみ込んでいる。
いくつも設けられた炉には熾火となった薪がくべられており、鍋のかわりに壺や甕がかけられ、湯気をあげていた。
「廃墟や遺跡のたぐいじゃねえな。現役バリバリときてやがる」
壺の中身をのぞきこむ気にはなれない。そこかしこにある石台はとりわけ血を吸っており、肉片がこびりついていた。そして壁際に積まれた人骨の山……!
「神殿だな。それも、生贄を捧げるための」
黒い石造りの祭壇のうえには、白い箱が据えられている。
「あれが生贄を捧げられているイカモノ喰いの御神体のようだな。なんの儀式のつもりなんだか」
近づいて、リョーツーンはうんざりした。
白い箱と見えたのは、人骨でできた棺だったのである。
「さすがに、よくできたニセモノだよな……。しかしデカいな。中身はなんだ?」
祭壇の上にのぼる。
周囲を見回せば、あちこちの陰に四眼犬や食屍鬼が大勢ひそんでいるのが見えた。連中は、こちらの様子をうかがっているようだが、襲い掛かろうとする気配はない。
「コイツら、まさか、ワシを仲間だと思ってないだろうな……」
ぼやきながら、棺を開けた。
棺の中には、やたらといかつい大男が横たわっていた。死体にも生者にも見えない。死臭はしないが、呼吸もしていなかった。怪我や病気をしていた痕跡もない。
「……人形か。このひげ面、どこかで見た顔な気もするんだが。さては、こいつの中に何か隠しているな」
剣を抜いて、人形のみぞおちに突き立てると、案の定、血などが流れ出したりはしなかった。傷口を開いてのぞきこむ。
「げっ! 本物の死体だ!」
思わず飛びすさる。
「悪い事しちまったな。これで勘弁してくれ」
リョーツーンは懐から針と糸をとりだし、胸の傷を手早く縫い合わせた。
棺の蓋を閉めて、角刈りの郵政官は祭壇から飛び降りた。
周囲を物色する。
「さーて、どこかにワシが入ってきたのとは別の出入口があるはずなんだが。金目のものもあるかもしれないが、あってもあんまり嬉しくないな……」
「金目のものがあったとして、それを持って地上にもどれると思っているのか」
陰気な声と同時に投げつけられた短剣をリョーツーンは床に伏せて躱した。
「やっと出てきたな、悪趣味な神殿の祭司さまがよ」
飛びすさりながら立ち上がると、二〇ガズほども離れたあたりに、暗灰色の衣をまとった男が二人、敵意のこもった視線をリョーツーンにあびせかけていた。
「この神聖な場所に、誰のゆるしを得て足を踏み入れたというのだ。胡乱な輩め、きさまの邪気が強すぎて、逆に気付くのが送れてしまったわ」
「てめえらこそ、誰のゆるしを得て王都の地下にこんな胡散臭い穴ぐらを掘りやがったんだ?」
「王都だと? 無知な輩め。あの虚飾の都市が出来る前から、この聖地はここにこうして存在していたのだぞ」
「だったら表札ぐらい下げておけってんだ。不法占拠っていわれても文句は言えねえぞ。……ん?」
リョーツーンは舌戦をとめて、暗灰色の衣の男たちの、さらに後方を凝視した。
「なんだ、なにを見ている」
「なるほどな、てめえらは蛇王のお仲間かい。親玉直々のお出ましとは、おそれいるぜ」
「な、なんだと! まさか、あのおかたがここに御出でなさったのか!」
陰気な二人連れは仰天し、そろって振り向いた。
そこには誰もいない。
「こ、この角刈りめが!」
一杯くわされたのだと理解した二人が視線を戻すと、そこには誰もいなかった。
「おのれ、逃げたか!」
「逃さぬぞ!」
二人の魔導士が駆け出してゆく。
そのうしろを、祭壇の陰に隠れていたリョーツーンが距離を取ってついてゆくのだった……。