マスター、このままだとメス堕ちキャンセラーが壊れちゃいますよ~ 作:メスキャン界隈
喫茶店内は久しぶりに誰も来ていなくて、静まり返っている。
いつもは騒がしく聞こえてくるナギの声も、今日は特に聞こえてこない。
黙々と、机を拭いては暇そうに遠くを眺めている。
「どうした、ナギ」
ナギが振り向くと、目を細めた。
「なんてもないでーす」
いつもとは違う、妙なテンションだな。どうかしたんだろうか。
「そうは言っても、いつもよりもテンションが低いだろ」
「マスター、ちょっとうざいです」
視線を逸らして、そのままスマホを触り始める。
……なんか、うざいって言われると普通に傷つくな。
そういえば、この前冷たくなるとか言ってたっけな。
「……なんですか、マスター」
「いいや、なんでもない」
「ふうん」
一度こちらを向いたと思えば、そのままスマホをまたいじり始めた。一応、バイト中なんだけど。
ああ、そういえば。
「ナギ、なにかいるか?」
「何かってなんですかー?」
「いつも、何か飲み物出してるだろ」
「ふーん、じゃあなんかテキトーに出しといてくださいよ」
普通に態度の悪いギャルみたいになってるな。
……これ、メス堕ちキャンセラーがヘルモードってやつになったんだろうか。それはナギにとってはいいのか悪いのか、よくわからないけど。
――明日から冷たくなっちゃったらごめんなさい
でも、あいつはたぶん望んでないからなんとかした方がいいのかもしれない。
からん、と扉が開く音がする。
「おーっす、席開いてる?いや、まあ開いてるよなー」
ミズキが入ってきて、ナギはスマホを仕舞ってそそくさと立ち上がる。
「みっちゃん、おはよ」
「おはよ。ってか、なんかお前テンション違くない?」
「みっちゃんも、学校だとめちゃくちゃテンション低いでしょ」
「えっ、マジか」
……こいつも、ヘルモードの効果受けてないか?
そういえば、学校にもメス堕ちキャンセラーあったな。もしかして、そういうことか。
っていうか、そもそもヘルモードの実装って、そういう業者がやってるのか?
まあ、ゲーミング因習村とかある世界だしな。気にしても仕方ないか。
にしても、ミズキに対してはナギは普通だな。
からん、とまた再び音がする。
「久しぶりだね、今日は他の客もいるみたいじゃないか」
今度はコヨミがやってきた。珍しいな、何人も客が来るのは。
「あっ、コヨミさん。どうぞ、そこら辺に座ってください」
「なんか、君適当じゃないかい?」
「え、いつもこんな感じですよ」
「……まあそれはそうだけれど。にしても、いつもみたいに突っかかってこないんだね」
不思議そうにしながら、コヨミは席についた。
「……?別に、突っかかる意味もないじゃないですか」
不思議そうに小首を傾げる。
確かに、いつもはコヨミにやいやい言ってたな。今日はそうでもないらしい。これも、ヘルモードのせいってやつなのか?
「なっ、マスター。なんかあったん?」
カウンターまでやってきて、こそこそとミズキが尋ねてきた。
「よくわからんが、メス堕ちキャンセラーが強化されたからこうなってるのかもしれない」
「……えっ、なんで強化されたらそういう風になんだよ」
あ、メス堕ちキャンセラーには別に疑問があったりはしないんだ。そりゃそうか。
「さあな。冷たくなるかもしれないと言われただしな」
「あー、なんか学校で冷たくなってるって言われたのそれかあ」
確か、メス堕ちレベルを強制的に下げるんだっけな。つまりは、メス堕ちレベルってのがミズキも元から高かったってことになるわけか。
「ミズキは学校にでも気になるやつがいたのか?」
「……急に何言い出すんだよ。いいから、注文のやつはよ出して」
「まだ注文受けてないんだけど。っていうかその反応って」
「あー、もう。クリームソーダ!クリームソーダでいいから!」
こいつめっちゃわかりやすいな。ここまで素直だと、いじりたくなってしまうけどやめておくか。
「ねー、マスター。客と話してないで早く仕事してくださーい」
ナギのやつさ、なんかキャラ変わってない?冷たくなるとかじゃなくない?
小馬鹿にするように、眉を少しだけあげてくすりと笑う。
ナギもコヨミから注文を受けていたみたいで、とりあえずその内容を受けることにする。
まずはクリームソーダを用意して、カウンターのミズキの前に置いた。
「さんきゅ、マスター」
すぐにスプーンで、上のアイスを掬って口に運んでいく。ぱくり、と食べてからストローを差して、それが喉を通っていくのがわかった。
こういうとき、ナギなら美味しそうにしてるのがよくわかったんだけどな。
さて、次はコヨミの分も用意するか。
と思っていると元いた席から移動して、ミズキの隣にコヨミが来る。
「……マスター、ナギくんどうしたんだい?」
こそこそ、とコヨミも聞いてくる。お前もか。
「メス堕ちキャンセラーが強化されて、その結果冷たくなってしまったらしい」
「……?ああ、そっち系の話か。頭おかしくなりそうだからちょっと遠慮しておくよ」
コヨミだけは普通サイドだから、こういう反応をしてるのを見ると安心するな。
もうちょっと刺激して安心を得るか。
「遠慮するな。この前も、拳がメリィさんがいたんだが」
「待て待て、話を続けないでもらえるかい?」
「メス堕ちキャンセラーはさすがに破壊できないらしくてな」
「マスター、聞いてるかい?」
「そもそも破壊するとゲーミング因習村から解き放たれた怪異も危ないし」
「……なんか普通に気になる単語もでてきたせいで、反応に困るんだけど?ゲーミング因習村から解き放たれた怪異ってなんだい???」
「サテライト口裂け女とかじゃないか?」
コヨミはパンクした。もう聞かないふりをして、普通に差し出したコーヒーを飲み始めた。
「そういえばミズキ」
「ん、何?」
「アオイとかはどうなんだ?」
「あー、まあ。あいつもなんか、いつも絡んでるやつにはすげー冷たかったかも」
「なんだっけ、"しーくん"だったか?」
「うわ、なんかマスターってJK事情めっちゃ知ってるのキモ」
と、そのまま淡々とクリームソーダを飲み始めた。
理不尽すぎる。
それでキモいって言われるのはどうなんだよ。というか、勝手に流れてくるだけなんだけど。
「ねー、マスター。なんかみんなとやたら仲良くないですか?」
じとっとした瞳で、ナギが見つめてくる。なぜか、こいつもカウンターに座ってる。頬杖をついてるし。
「なんかそうやって女に色目使ってると、よくないですからね?」
あれ、なんかいつものナギに戻ってきてる気がするな。ここまで直接的な言い方じゃないけど。
「このままだと、お店潰れちゃいますよ」
と、吐き捨てて、プイッと顔を背ける。
まあ今日も、少しだけ賑やかな日になるか。
にしても、メス堕ちキャンセラーの方はどうしたものか。冷たいナギを見続けるのもきついし、なんとかするのを考えるか。
まるで日常作品みたいだ