サイトウ「受け止めてくれるっていいましたよね?」 作:パブロの犬
お待ちくださった皆様、本当にありがとうございます。
スタジアムを埋め尽くすような二つの巨体がぶつかり合う。
何でも受け止めてやるなどと啖呵を切ったのはいいものの、俺とナットレイは追い詰められていた。
カイリキーのキョダイマックスに対抗するため、俺はナットレイをダイマックスさせた。だが俺のダイマックスは今回が二度目、何度もダイマックスを重ねて経験を積んでいる彼女には到底及ばない。
しかも俺が一度目にダイマックスさせたのは自身のポケモンではない。
つまりナットレイにとってはこれが初のダイマックスであり、普段とは違う規模感のバトルに戸惑いを隠せていない。
俺のナットレイはやどりぎのたねやねをはるなど高耐久を活かした搦手を得意とするポケモンであり、ワザの撃ち合いには向かない。そのため普段であれば自身は回復しつつ防御に徹し、てつのトゲで相手が倒れるのを待つという戦法をとる。
しかしダイマックスするとそれら変化技はダイウォールへと変わるため、変化技が使えなくなり得意の持久戦に持ち込めない。バトルスタイルを奪われた彼はカイリキーの猛攻に晒され、みるみる内に体力が削られていく。
これは明らかに俺のミスだ。たしかにキョダイマックス相手にはこちらもダイマックスを切る、というのがガラル地方では定石かもしれない。
だがダイマックス経験のほとんどない俺たちにとって、バトルスタイルを変えざるを得ないダイマックスは慎重に切るべきカードであった。
……正直に言おう。
彼女との勝負が楽しかったのだ。
この半年、俺は一度もこんなふうに全力でポケモンバトルをしたことがなかった。
昔のような熱意はもう取り戻すことはないだろうと考えていたのだ。
だが彼女の全力、そしてあまりに眩しい熱意を受け止める内、俺の心は熱くなっていた。
その結果、俺は劣勢を招いてしまっている。まだまだ未熟、ということなのだろう。
「ナットレイ!ダイスチル!!防御を上げて凌ぐんや!!」
なんとかこの状況を打開しようとワザを放つ。だが、
「カイリキー、避けてキョダイシンゲキ!」
不慣れなダイマックスワザの指示はむしろ隙を招いてしまう。
(俺のせいで…どうしたらええねん…。)
俺が思わず弱気になったその瞬間、ナットレイが咆哮を上げ、俺に視線を飛ばす。
その目を見てすぐ理解する。彼は言っているのだ。
――指示などいらない、ここは俺に任せろ、と。
そうだ、トレーナーの俺が弱気になってどうする。どんな窮地でもはがね使いらしく、どっしりと構えていればいい。
とはいえやはり、見守るしかない状況というのは心苦しい。それが自身のミスによるものであれば尚更だ。
それから、どれほどの時間が経ったのだろうか。ナットレイは変わらずカイリキーの猛攻を浴び続けている。
だがただ黙ってやられるだけではない。
カイリキーが攻撃を重ねるたび、その両手には深い傷が刻まれる。
ダイマックスは有限だ。ナットレイを倒したとしても、まだアイアントが控えている。ここまでのバトルで消耗した彼が万全の状態のアイアントを相手取るのはかなり厳しい。
それが分かっているからこそ、どれだけ傷つこうと攻め手を緩める事ができない。こうしている間もカイリキーの体力と時間は着々と削られているのだ。
しかしナットレイにも限界はくる。カイリキーの攻撃が急所にあたり、ついにその巨体を地に臥す。
「ほんまありがとうナットレイ。お前には助けられてばっかりやな。」
「お互い最後の一匹や!受け切れアイアント!!」
まだ、キョダイマックスは終わっていない。
ナットレイからのバトンを繋ぐため、俺は最後のポケモン、アイアントを繰り出した。
「カイリキー!短期決戦です!!キョダイマックスが残っているうちに倒しきりますよ!!」
さて、彼にはここからキョダイマックス終了まで逃げ回ってもらわなければならない。
しかしあの巨体にとって、スタジアムという限られた範囲で逃げ回るアイアントを捕まえるのは大して難しいことではないだろう。
であれば逃げ場は一つしかない。
「アイアント!であいがしら!!」
加速したアイアントがカイリキーへと突進する。
「向かってくるなら好都合!!カイリキー、真正面から受け止めなさい!」
彼女の指示でカイリキーが身構える。
チャンスだ。あの作戦を実行するには今しかない。
「今だアイアント!そのまま飛びつけ!!」
アイアントが大きく飛び跳ね、体に張り付く。
いくら4本の腕を持つとはいえ、自身の体で動き回る小さな蟻を捕まえるのは至難の技だろう。
カイリキーが戸惑ったその一瞬でアイアントはある一点を目指して登る。
ナットレイがつけた傷。狙いは最初からそこだった。
「行けアイアント!シザークロスで傷を広げろ!!」
俺たちのやる事は簡単だ。ひたすら逃げ回り、攻撃し続ける。
ただそれをスタジアムではなく、カイリキーの上でやるだけだ。それでも効果は絶大だった。
カイリキーの腕の傷はみるみる内に深くなり、体力を奪い続ける。
このまま順調に進めば、キョダイマックス終了後にかなり有利に戦える。
だがやはり上手くはいかない。
彼女の的確な指示のもと徐々にアイアントは追い詰められ、ついにカイリキーに掴まれてしまった。はがねタイプなだけあってこのまま握り潰されることはないが、不利な状況には変わりない。
「カイリキー、そのまま地面に叩きつけてください!!」
悔しいが今俺ができる指示はない。
カイリキーが大きく振り被り地面に向かってアイアントを投げ飛ばす光景を、ただ祈りながら見ることしかできない。
アイアントが地面に激突、同時にカイリキーのキョダイマックスも終了し、スタジアム全体に大きく土埃が舞う。
土埃が晴れたその先で、よろけながらも立ち上がるアイアントとカイリキーが向かい合う。
一見アイアントの方が傷が重そうに見えるが、カイリキーも連戦の傷は深く、立ち上がるので精一杯。
「これで決めるぞアイアント!ギガインパクト!!」
「この一撃に全てを込めます!ばくれつパンチ!!」
満身創痍の二匹がぶつかり合う。
先に倒れたのはカイリキーだった。
「カイリキー戦闘不能!勝者ササギ!!」
トシヤさんの声が響く。
アイアントは判定を見届けた後こちらを満足気に振り返り、倒れた。
あまりに全力だったせいだろうか。
トシヤさんの声を聞くまで、自分が勝った実感すら湧かなかった。
どうやら俺は彼女に勝てたらしい。
その後のことはあまり覚えていない。お互いの健闘を称え合った後トシヤさんに礼を言い、二人でポケモンセンターへと向かった。
「…今日の勝負、どうでしたか。」
「ササギさん?」
ポケモンを回復してもらった後も、あのバトルが頭から離れない。
自分で言うもなんだが、俺の手持ち達は並のはがねポケモンと比べて強力だ。物理であれば弱点技すらものともしない耐久力を持つ。
しかしそんな自慢の手持ちをもってしても、今回の彼女の全力を正面から受け切れなかった。
(このままじゃあかん。)
「…あの!ササギさん!!」
「ん?どしたんでっかい声出して。」
「いえ、先程から返事がなかったので。」
「あぁごめんな。ちょっと考え事してたわ。」
「気にしないでください。それと、今日はどの店に寄りますか?」
「あー飯か。ごめん、俺今日食欲ないからパスで。」
このメンタルでは彼女と晩飯を食べるのも良くないだろう。今日は一人で食べることにした。
「そう…ですか。」
彼女が悲しそうな顔をする。よほど食べたいメニューでもあったのだろうか。
夜、シャワーを浴びながら物思いに耽る。
今日の結果を受け、今までのように悠長なことを言っている訳にはいかなくなった。そのためにかつての彼女ような無理をするのは本末転倒だが、早急に強くならなければならない。
確かに結果だけ見れば俺の勝利ではあった。だがナットレイやギギギアルなど、この勝利は俺のトレーナーとしての実力ではなくポケモンの判断によって得られたものだ。
彼女はまだまだ伸びしろがある。ここから更に強くなれば、俺が勝てる見込みはない。
もしかすると負けたところで彼女との関係は変わらないかもしれない。
だが受け止めるといった以上、彼女が全てをぶつけられる壁であり続けたいのだ。
自分だけでは思いつかないと思った俺は、俺をラテラルタウンに導いた人物に相談してみることにした。
「もしもし、カブさん?…」
次の日サイトウさんと顔を合わせると、一瞬自分の目を疑ってしまった。
いつも丁寧に整えられた髪は崩れ、目の下に大きなクマができている。寝不足だろうか。
心配だったが何事もなく稽古は終わり、サイトウさんが一人になったタイミングを見計らい、俺は彼女にある相談を持ちかけた。
「サイトウさんお疲れ。ちょっと話あるんやけどいい?」
「…どうしたんですか?」
よほど疲れているのだろう。目の焦点があっていない。そんな彼女に今話しかけるのは少し気がひけるが仕方ない。
「しばらくエンジンタウン行こうかなと思ってて、ちょっと道場休ませてほしいねん。」
「…それは、なぜ…でしょうか。」
「んー、武者修行ってやつかな。もっと経験積みたくてな。」
「それは…どうしてもエンジンタウンではいけませんか?私、まだまだササギさんと鍛錬がしたいです…。」
彼女の表情が曇る。
当たり前だ。俺はこの道場に強くなるという目的で居候させてもらっている。それが突然強さを求めていなくなるというのだ、不安になるに決まっている。
だが、それは承知の上だ。
「確かに、ここでも徐々に強くなれるとは思う。」
「…ではなぜ?なぜここではダメなのですか?
もしかして、私が何か…?」
「いやいやそんなんちゃうって!ただ、このままやとサイトウさんとの約束守られへんなと思ってな。」
「私との、約束?」
彼女が首を傾げる。
「全部受け止めるって言ったやろ?俺、もっと強くなりたいねん。」
そう伝えると、先ほどまで生気のなかった彼女の目に輝きが戻る。心なしか少し表情も柔らかくなったようだ。
「そこまで言うのなら仕方ありません。思えばササギさんからは沢山のものを貰ってきましたからね。」
「お、ほな行かせてくれるんか?」
「もちろんです。でも一つ条件があります。」
「条件?」
彼女の顔が引き締まる。条件とはなんだろうか。今の自分に守れるものだといいのだが…。
「私もついていきます。」
「アカンやろ。道場とジムどうすんねん。」
「関係ありません。両方臨時休業です。」
「えぇ、絶対ダメやん。」
その後、自分も同行すると言って駄々をこねる彼女を1時間以上かけてなんとか説得して、俺のエンジンタウン武者修行は許された。結局許可を出す最後まで彼女は渋り続けていた。
ひとしきり説明を終え、疲労困憊となっている俺にアイコさんが近づいてくる。
「大変だったわねササギくん。許可が出て良かったじゃない。」
「あっアイコさん。見てたんやったら援護してくださいよぉ〜。」
「半ばお互いの気持ちを知ってると、どっちにも肩入れできないのよ。」
お互いの気持ち、か。
たしかに説得している時、サイトウさんはかなり俺のことを気に入ってくれていると感じた。
自身の全力をぶつけるに足る相手であると思ってもらえているなら、はがね使いとしてこれほど光栄なことはない。
「たしかに、全力でぶつかれる壁の存在は大きいですもんね。」
「あの子にとってはそれだけじゃないと思うんだけど…。」
「言われてみれば一緒に飯とか行ってますし、俺がおらんくなったらしばらくは寂しがるかもしれませんね。でも道場の皆おるし、そこは大丈夫じゃないですか?」
「そういうものなのかしら。」
いつもはっきりとした物言いをするアイコさんにしては珍しい言い方だが、サイトウさんはあれでいて案外天然な所もある。アイコさんでも完全には分からないということなのだろう。
そして、エンジンタウンへ向かう当日。
天気は快晴、それにつられて俺の気分も晴れやかになる。
「絶対戻ってきてくださいね。絶対ですよ。」
「なんや大袈裟やな。確かに期間は定めてないけど、俺にとってはここがホームジムみたいなもんよ。」
「当然でしょう。私、いえ皆もそう思っています。」
「そう言ってもらえて光栄やわ。じゃ、行ってきます!」
彼女のためにも、絶対に強くなって帰ってこよう!
徐々に小さくなる彼の背中を見送る。
「行っちゃったわね。」
「そう、ですね。」
「そこまで寂しがるなら、もっと引き留めても良かったんじゃない?彼ならきっと思いとどまってくれたわよ。」
「そうかもしれません。ですがあそこまで私のことを考えていてくれたのが嬉しくて…。」
「そう。それなら彼が戻ってきた時のためにも。これからの稽古頑張らないとね。」
アイコさんと話して決意を固めます。
私は強くならなければなりません。
次に彼が帰ってきた時、以前のように私が彼を追いかけるだけの存在ではなくなっていたら。
もう一度彼と戦って、私が彼を超えることができたなら。
彼もまた、このラテラルタウンで私と共に強くなることを選んでくれるかもしれません。
そう思って稽古を続けていたのですが、
「コジョンド戦闘不能!そこまで!!」
「「ありがとうございました。」」
最近、以前の稽古の内容では何か物足りなく感じます。彼との稽古のやり方に慣れてしまったからでしょうか。
一度彼としていた稽古を道場の方とした時も、彼の強さを基準にしてしまっていたのか、力加減が上手くできず、一瞬で終わってしまいました。
アイコさんやトシヤさんのようなジムトレーナーの方とも戦ったのですが、以前のような満足感を得ることはできなくなっていました。
今の私の全力を受け止めてくれるのは、やはり彼だけなのでしょうか。
私にとって、ササギさんとの稽古は特別なものになっていたのかもしれません。
帰ってくるのが待ち遠しいです。戻ってきたら今の分まで沢山相手をしてもらいましょう。
書きたい展開のために登場人物のキャラがブレたり文字を詰めすぎたりと、己の未熟さを実感しますね…