銀回転かぁ……。
そう思ったのは足元の召喚陣に対してである。少なくとも俺が通ってきたソシャゲガチャという修羅の道において、銀回転とは大抵外れ枠であった。
ソシャゲのガチャには派手なエフェクトの演出があり、ランクごとに色が付いている。
最高レアなら虹、高級感溢れるプリズムのように煌めく。虹は良い。空に架かっているだけで人間を少し幸福にするほどの徳を備えているし、ましてやガチャ画面に虹色の光が現れようものなら、財布を握りしめた人間はたちまち神に感謝する。
次点が金。これも悪くない。少なくとも「おっ」と思うくらいの輝きがあり、キャラ性能によっては一軍で活躍することもあろう。
推しキャラの為にこの輝きに縋り、そして現れた最高レアに「今じゃない……!」と血涙を流すこともあるが、それもまたご愛嬌。
そして銀。金の更に下、10連ガチャなら最低保証くらいの立ち位置にある。
銀は、まあ、外れである。最低保証とはつまり「最低限の保証」であって、「あなたを喜ばせることを保証します」という意味ではない。
俺は召喚陣が銀色に回転しているのを見ながら、これはまずいのではないかと思っていた。何せこの召喚主が回しているのは初回ガチャだからである。
最近のソシャゲなら最高レアとまで言わずとも、その下位のランク位は約束されているものなんだが、ここの運営は渋いらしい。
出てくるのが銀回転キャラでは俺を召喚するご主人も報われない。さぞかしガッカリしていることだろう……。
うん……?召喚?ご主人?なにそれ。
取り留めないことを考えている内に、足元の召喚陣が急速に廻り始める。「はよ来い」と言わんばかりの圧を感じる。ごめんて。
そして一歩踏み出した瞬間、俺の視界は全てが切り替わっていた。
「あーあ。アンタ、
しまった、これが俺の召喚ボイスだったりする?口を付いた言葉に後悔するも、時既に遅しである。
ガチャから出てきた低レアにこんな煽りを噛まされたら、俺ならスマホを投げている。「我を召喚したのは貴様か……」とか、もうちょい考えておくべきだった。
眼の前に居るのは冴えない中年の男性だ。身につけているのはレンジャー服のような迷彩柄で、深く被った鍔付きキャップが暗く目元に影を落としている。
華々しいJKマスターでもハーレム系主人公でもなく、オッサン系主人公とは渋いものだ。俺は嫌いじゃないぜ。
一瞬懐かしい気配というか、見知った相手に出会ったような安心感を感じたが……いや、ないな。俺は召喚されるのは召喚獣生初めてなはず。覚醒したの今さっきだし。
「お前、は……」
なぜか驚いているオッサンことご主人。いや喚んだのそっちだろ。まあ召喚陣からこんな美少年出てきたらびっくりすんのは仕方ないけど。
……!?美少年!?俺の自認って美少年なのか!?
おかしい、何かがおかしい気がする。少なくとも俺は美少年を自称できるほど自己肯定感ぶっちぎり男じゃなかったはず……!
しかし自分の容姿を鏡で確認する暇はない。何より俺はさっきまで自分の存在すら知らなかったのだ。
つまりこれは、俺の自我がどうこうという話ではなく、ゲームシステム的なあれそれが「あなたは美少年です」と一方的に決定している可能性が高い。恐ろしい世界である。
密かに混乱する俺と、派手に混乱していたご主人。立ち直ったのは後者のほうが早かった。
「……いや、召喚に応えてくれて助かった。早速だが手を貸してくれるか?」
「良いよ、何して欲しい?」
ともあれ手を差し出してきた彼に、取り敢えず従うことにする。何せ唸り声を上げるモンスターだらけの周囲を見るに、ご主人が危機的状況に追いやられていることは間違いないからだ。
「戦闘だ。アレを一掃してくれ」
了解任せろ初バトルだぜ。俺はいつの間にか手に持っていたレイピアを構えるも、唐突に巨大な不安に駆られた。ソシャゲキャラって育成とか強化とか装備とか、色々してから挑むもんじゃねぇの?
しかし構えを取った俺を見て、ご主人はこちらを信頼し切った顔で言う。
「頼めるか」
……任せろ(ヤケクソ)!
「頼めるか」
「……任せろ!」
問いに応えが戻った瞬間。真っ白な少年の姿は遥か先まで進んでいた。
一の踏み込みで対象に迫り、二の踏み込みでそれを追い抜く。「今だ」と反射的に指示を飛ばせば、背面に回り込んだ彼の細剣は、深々と【虚構生体】を刺し貫いていた。
【虚構生体】。人々の悪感情を糧とし、恐怖の対象の形を取って現れるそれは通常の火器では効果が薄い。
眼の前の少年のような存在……人の形をした【幻想種】と呼ばれる者たちだけが、【虚構生体】に有効な攻撃を加えることができる。
「右方、二体!」
「おっと」
不定形かつ泥状のナニカ、今まさに人々の恐怖を形を取ろうとするそれに神速の刺突が繰り出されるが、しかし威力が足りていない。恐らく武装を整えていないせいだろう。
反撃してきたそれを間一髪で交わした少年へ、男は冷静に指示を出す。
「スキルを使え!」
「えっなにそれ知らん……あっ、なんか剣光ってる、なになになに怖い怖い……!」
少年がバックステップで距離を取った瞬間。細剣から放たれた光線が残った【虚構生体】を貫通した。
「剣ビーム、だと……!?」
全ての敵が沈黙し、残るは少年と自らのみ。恐る恐る自らのレイピアを確認していた少年が、ゆっくりこちらに視線を向ける。
「えーと……これで終わり?」
「ああ。現状周囲に反応はない」
頷いて見せれば彼は目を瞬かせ、それから去勢まみれのドヤ顔を作った。
「……じゃあ俺の勝ち。なんで負けたか明日までに考えといてください!」
お前に明日はねぇけどな!そう言って胸を張る“ユニコーン”の少年は、地面を蹴りつつ得意げに額の角を一振りする。
そんなどこか懐かしい姿に、男は苦笑を浮かべるのだった。
いやぁ、楽勝でしたね(震え声)。所詮は雑魚敵、チュートリアル相応といったところか。何せ一回も攻撃に当たらなかったのだから。
逆に言えば攻撃を捨ててまで全力回避に振り切っていたとも言えるが。ご主人が指示をくれていなかったら、一生あの不定形のネバネバと鬼ごっこをしていた気がする。
「【虚構生体】……まさか駐屯地にまで現れるとは。警戒区域はどうなっている?」
レイピアの先に付く赤黒いものをブンブン振って払っていると、彼がそんなことを呟く。どうやら【虚構生体】というのがネバネバエネミーの名称らしい。
ご主人はこちらを見て一つ頷くと、真剣な顔で話し始めた。
「ここはゴルゴー駐屯地だ。警戒区域の監視のため設けられた拠点なのだが……先程防衛システムが作動することなく内部に【虚構生体】が現れ始めた。我々はこれらの出現理由の調査、及び拠点を奪還する必要がある」
「なるほどね」
俺は頷いた。分かったような顔をしているが、実際には半分も分かっていない。何かすごいピンチに呼び出されたことは分かった。
「じゃあご主人は軍人さんなんだな」
「ごしゅっ……」
彼は思いっきり顰め面をした。
「いや、うん、確かに私は軍人だが。ご主人という呼び名はやめてくれ。私はそんな大層なものじゃない」
「駄目なの?」
「駄目だ」
「でも召喚されたら普通さ、マスターとか呼ぶのがロマンじゃん。召喚獣マインド的にはその辺、尊重して貰いたいんだけど」
「知らん」
「ちぇ。じゃあ何て呼べばいい?」
オッサン改めご主人改め、男は暫し悩んだのち。
「……クレハ・カリノスだ。階級は中佐。好きに呼んでくれ」
クレハさん。カリノスさん。中佐さん。どれが一番しっくり来るか音の響きで考えて、「クレハさん」と口にしてみる。
好きに呼べと言ったクレハさんはまたしても微妙な顔をし、さんは要らないと申告した。
「注文が多いな……クレハね。ならクレハ、俺のことも好きに呼んでいいよ。出来れば我がしもべとか、そういう格好いい感じで……」
「“モノ”だ」
自分の名前が分からないなりにした提案へ、クレハがすぐさまそう言ってくる。
「それが俺の名前なのか?」
「そうだ」
「……りょーかい」
有無を言わさぬ様子の彼に特段逆らう理由もない。モノ。良いね、中々格好いい名前じゃないか。
ところがその直後である。額のあたりが妙に痒い。
汗でもかいたのだろうと思って手をやるも、しかし硬い何かにぶつかった。
「……?」
俺は首を傾げた。もう一度触るが、硬い。冷たい。なにか瘤のようなものが俺の額にくっついている。というか。
「なんか生えてるんだけど!!!」
こうして俺は自分が何者なのかを知る前に、自分がユニコーンであることを知ったのである。
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