お手柔らかにお願いします。
第一話 転生
白い光が、まぶたを焼いた。
目を閉じようとしても、うまく閉じられない。首を背けることもできず、腕らしいものは持ち上がらない。指は何かをつかむ前に丸まり、冷えた空気が濡れた肌へ触れるたび、胸の奥がひっくり返った。
喉から声が出た。出そうと思った声ではない。息を吸うたび、細い体が勝手に泣いた。
——息をして。そう、もう一度。
——元気な男の子だよ。
音は聞こえていた。高い声と低い声、近い声と遠い声がある。俺を抱えた者の胸を通して響く声もあった。だが、どれにも意味がない。音の切れ目さえ見えず、いくつの言葉が並んだのか、一つの長い音なのかも区別できなかった。
鼻についたのは汗と血と、煙の染みついた布の匂いだった。背中を拭かれ、柔らかな布で包まれる。顔をのぞき込んだ女は、濡れた髪を額へ張りつかせていた。ひどく疲れているのに、口元だけは笑っていた。
——レオン。あなたはレオンよ。
女の唇が何度か同じように動く。声の流れにも似た響きが繰り返し混じったが、そのときの俺には拾えなかった。
次にのぞき込んだ男は、土の入り込んだ爪を布で拭いてから、おそるおそる俺を受け取った。腕は太いのに、抱き方は壊れ物を運ぶときより危なっかしい。
——ヨナス、首を支えて。
——支えている。
——そこじゃないわ。
俺の頭が後ろへ落ちかけ、慌てた太い手が首の下へ滑り込む。父親らしい男は、抱き方が下手だった。生まれて最初に分かったこととしては、あまり役に立ちそうにない。
眠りと空腹が、しばらく世界の大半を占めた。腹が減れば体が泣き、濡れれば体が泣く。明るすぎても寒すぎても泣いた。眠りたいのに手足が跳ね、起きていたいのに意識が落ちる。三十年ほど使った体から、ろくに動かせない小さな体へ移されたようなものだった。
眠りの合間に、自分の勘定もついた。俺は前にも一度、別の世界で大人の男として生き、三十歳になる頃に死んだ。死に方は事故か急な病のような、取り立てて劇的ではないものだった。家族も友人も仕事もあり、誰かを好きになったこともある。神に会った覚えはない。使命も特別な力も渡されていない。なぜここにいるのかは分からないが、当面、答えがなくても困らなかった。
音の主は少しずつ見分けられた。扉の軋み、薪の爆ぜる音、家畜の鳴き声。母の足音は軽く、父の足音は踵から重く落ちる。二人の機嫌も声で分かった。
——お腹が空いたの。
——さっき飲んだばかりでしょう。
——そんな顔をしても、もう少し待って。
母の目が俺を見ている。口元が動き、指が俺の頬へ触れたあと、空の椀へ向く。俺に関わることを言っているらしい。それ以上は追えず、俺は差し出された指を握った。
体は順当に育った。首を自分で支えられるようになり、腕も狙ったほうへ伸びる。寝返りを打ち、床へ腹をつけて進むことを覚えると、母は両手を叩いた。父も仕事の手を止め、口元を緩めた。
——見て、ヨナス。もうあそこまで行ったわ。
——目を離すな。次は竈へ行く。
俺が竈のほうへ向きを変えると、母が駆け寄ってきた。腕を伸ばしたところで、鋭く短い声が落ちる。
——だめよ、レオン。熱いから。
最初の強い響きと母の手の動きは、いつも同じだった。竈、湯気の立つ椀、父の刃物。近づくとその音が飛んできて、手を止めれば母の肩から力が抜ける。やがて、止まれという合図として体が覚えた。熱い物の前で重なる別の短い響きも、触れば痛い物と一緒に覚えた。
母は椀や匙を見せて口を動かした。手を伸ばすと匙を持たされ、似た声のあとで椀を遠ざけられることもある。いくつものことを一息に話しているらしい。短い合図の先まで続くと、求められた動きを外した。
頭の中には、以前から使っていた言葉が残っていた。目の前の物を見れば、知っている呼び方が先に浮かぶ。そこへ流れてくる音を重ねようとしても、どこを切り取ればよいのか定まらない。母の口元を見ているあいだに、声は次へ進んでしまった。
自分が出した音を、母の返す音へ合わせられないか確かめた。唇を震わせ、同じ音を繰り返すと、母は顔を明るくして何倍も長い声を返した。
——そうよ。もう一回言ってみて。
——ほら、今の聞いた? この子、喋ろうとしてるわ。
もう一度唇を動かすと、母は別の形に口を開き、違う音を返す。どれが俺の音と結びつくのか見つからなかった。
聞き取れないのに喋ってみても、何も分からないままだ。俺は必要がないかぎり声を出すのをやめた。泣かずに済むなら泣かず、勝手に動く唇も閉じる。静かな赤ん坊ね、と母が笑うだけで、誰も気に留めなかった。
つかまり立ちをすると、父は削っていた木片を置いた。机の脚から壁へ手を移し、何歩か進む。母は息をのみ、それから家の外まで届きそうな声を上げた。
——歩いた。ヨナス、この子、歩いたわ。
——見ていた。
——もっと驚いてもいいでしょう。
父は目尻を下げて俺を元の場所へ戻した。もう一度歩くと、差し出された指へ届く前に転び、太い腕に拾われた。
歩き始めたのと同じ頃、何度も浴びてきた短い響きが自分へ向けられる合図だと分かった。背後から聞こえれば顔を向け、眠りかけでも続けば目を開ける。
——レオン、こっちへいらっしゃい。
母は腰を落とし、両手を広げている。最初の響きで顔を上げ、手招きを見て歩み寄ると、すぐに抱き上げられた。
——呼べば来るし、だめも分かっているわ。
——この頃なら、こんなものだろう。
——ええ。よく歩くし、何も心配いらないわね。
母は笑い、俺の頬へ自分の頬を寄せた。一歳になる頃まで、体の育ちも合図への反応も、ほかの子と変わらなかった。
◆
一歳を過ぎると、同じくらいの子供たちから短い言葉が出始めた。一つの音で物をもらい、親を呼ぶ。俺の口からは何も出なかった。
母は椀や匙を一つずつ示し、以前より短く区切って声をかけた。俺は指の向く物を見る。取るよう手で示されれば取る。だが声だけでは選べず、同じ音を返すこともなかった。最初は笑って待っていた母の顔に、少しずつ迷いが残るようになった。
——遅い子もいるわよね。
——まだ一歳だ。
——そうよね。呼べば来るもの。
歩くことは楽だった。転べば足の出し方を変え、椅子も戸の掛け金も、やり直すたび近づけた。声にはそれができない。外したことは二人の顔で見えても、次に何を選べばよいかは残らなかった。
夏には窓が開き、土と家畜の匂いが入った。冬には板戸が閉まり、煙と湿った衣服の匂いがこもる。雪が消え、道の泥が乾き、また草が伸びる。季節がもう一巡しても、言葉は一つも出なかった。
◆
二巡目へ入る頃には、家の外を自分の足で歩けた。誰かに尋ねる代わりに、見えるものを使って、ここがどこなのかを測り始めた。
家は太い木を骨にし、間を白っぽい壁で埋めてあった。足元は石、屋根は雨や雪を落とすためらしく急だ。村の中央では家が寄り、外へ向かえば納屋と家畜囲いと畑が増えた。
父は朝から畑へ出た。穂の出る草を育て、別の畝から太い根を抜く。土を起こし、種を播き、刈ったものを運ぶ。季節ごとに道具は変わっても、人の腕か荷を引く獣の脚が要った。
村の端では、細い川に押された大きな輪が回っていた。軸は建物の中へ続き、低い唸りが響く。人が手を離しても動く物はそこにしかなく、水が弱まれば回る速さも落ちた。
道には深い轍が二本走り、雨のあとは茶色い水がたまった。木の車輪は鉄で補われている。槌の音が重なる一角では、赤い火の前にいた男が曲がった農具を水へ沈め、白い湯気と鉄の匂いを立てた。
中央の尖った塔を持つ建物には、決まった日に人が集まった。入口の板や壁には規則正しい傷のような形が並び、同じ形が何度も現れる。文字なのだろうが、俺の知るものとは違った。
布や塩を積んだ荷車が来ると、村人は小さな金属片を渡した。受け取った男は表の横顔や模様を確かめ、革袋へ収める。硬貨らしいことまでは分かった。
夜を押し返すのは火だった。獣脂の灯りも竈の炎も、燃える物が尽きれば消える。家の中から村の外まで、以前いた世界とは違っていた。
確かめるのに二年かかった。大人の頭を使った割には遅いが、幼児の足で村を出れば首根っこをつかまれるので仕方がない。
以前の世界ではない。そのことだけは、誰にも聞かずに分かった。だが二歳になっても、周囲の声は文として受け取れなかった。呼べば振り向き、来い、だめといった合図には従う。目も合う。それなのに会話はまったく通じず、そのことが何も聞こえないより周囲を混乱させた。
◆
ある冬の朝、母が竈の前へしゃがんだ。灰を寄せ、細く割った薪と乾いた樹皮を重ねる。石も金属も持たず、片手を薪の手前へ差し出した。
母はゆっくり息を吐いた。握った手へ力を込め、何かを指先まで運ぶように開く。皮膚から少し離れたところに赤い点が生まれ、樹皮へ落ちた。細い煙が立ち、母が息を吹き込むと小さな炎になる。
母の袖にも、指の間にも道具は見えない。樹皮が元は冷えていたことも覚えていた。
——危ないから離れて。
聞き慣れた合図に足を止めるより早く、母の腕が胴へ回った。引き離されても、俺は肩越しに燃え始めた樹皮を見る。火種も石もなく、赤い点が落ちた場所から火がついた。ほかに説明のしようがなかった。
この瞬間、ここは魔法のあるファンタジー世界なのだと理解した。
その日から、自分の中にも魔力?がないかを探し始めた。目を閉じれば、鼓動、胸の広がり、腹の重さ、打った膝の痛みまでは拾えた。
ほかには何も見つからない。手のひらへ力を集め、腹の奥から未知の感覚を引き上げようとした。指先の熱は自分の体温で、息を止めれば頭が重くなる。どれも、起きて当然のことだった。
翌日からも、母の指先に現れたものと同じ感覚が出ないか、朝、食後、昼寝のあと、寝る前と確かめた。血の流れから脚の疲れまでたどったが、半年たっても火へつながるものはなかった。
母の手を取って竈へ向けたこともある。指先を竈へ向け、次に自分の胸を押さえる。母は困った顔で俺の手を握り返した。
——どうしたの。手が冷たい?
両手で包まれ、息を吹きかけられた。俺は首を振り、もう一度竈と母の指を交互に示す。
——火が怖いの?
母は竈の蓋を閉め、俺を抱えて遠ざけた。首を振ると、額へ額を当てられる。
——具合が悪いの、レオン?
俺は胸を叩き、母の手を指さした。母は俺の指に傷がないか調べる。あの火は何だ。俺にも同じものがあるのか。聞きたいことは、どれも相手へ渡せる形にならなかった。
食卓には、酸味のある黒いパンと根菜を柔らかく煮た椀、薄く切った塩気の強い乳の固まりが並んだ。腹は満ち、舌は温かさや塩気を拾う。それでも、食べ慣れたはずの味へは一つもつながらなかった。
——今日はよく食べるわね。
母が空の椀へもう一度汁をよそう。父もこちらを見た。
——体は丈夫だ。
——体はね。
母の笑顔が途中で止まった。父は返事をせず、硬いパンをちぎった。俺は二人の顔を見比べてから、椀へ視線を戻した。
井戸端には何人もの女が集まった。桶が石へ当たる音と、綱の軋みの間を声が行き交う。母と一緒に近づくと、女たちの顔がこちらへ向いた。
——もうずいぶん歩くのが上手ね。
——走るのも早いのよ。目を離すと、すぐ道の先まで行くわ。
——レオン。
横から短い響きが飛び、俺はその声へ顔を向けた。女の一人が目を丸くし、今度は手招きをする。歩み寄ると、女は俺の頭を撫でた。
——ちゃんと聞こえてるじゃない。
——聞こえてはいるの。でも、お話はちっとも通じないのよ。
——だめは分かる?
——それも分かるわ。熱いも、こっちも。だけど、二つ続けるともう駄目。
——目も合うのにねえ。
母は俺の黒い髪を撫で、女たちに笑い返した。帰宅してからも同じ笑みが残り、俺が横を向くと長く息を吐いた。
夜になると、父は作業で荒れた手を洗い、俺の前へ座った。木片と匙と布を床へ並べ、一つずつ指さす。
——匙。
少し間を置き、また同じ物へ指を向ける。
——匙。
俺は父の指と匙を交互に見た。父は三つを混ぜ、手を膝へ戻した。
——匙を取ってみろ。
最初に何度か聞いた短い音が、長い流れの中へ埋もれていた。父の視線は三つの物すべてを通った。俺が布を取ると、父のまぶたが下がる。
——違う。こっちだ。
父は匙を持ち上げ、もう一度三つを並べ直した。次には木片を選び、その次には手を出さなかった。俺が見ているのが声ではなく、指先や顔の向きだと気づいたらしい。最後には品を片づけ、俺の頭を一度撫でた。
——呼んだら来るのにな。
口元だけで笑い、父は立ち上がった。その笑い方は、母が井戸端から帰ったあとと似ていた。
◆
村の年上の子供たちは、最初のうちは俺を誘った。豚を飼っている家の少年が囲いのそばで手を振り、道の先を指す。後ろには四人の子供がいた。
——レオン、来るか。川まで競争だ。
自分への合図で顔を上げると、少年が川の方角と自分の足を交互に指した。
——ほら、ちゃんと分かってる。
——ハンスの顔を見ただけじゃない。
——走れば分かるだろ。
少年たちを追って走ったが、年齢差があって追いつけない。終わる場所も分からず、皆が止まったあとまで数歩進んだ。
——そこまでだって。
——やっぱり分かってない。
女の子の一人が笑った。俺を笑ったのか、止まり損ねた姿が面白かったのかは決められない。少年は肩をすくめ、平たい石を拾った。
次は石を投げるらしい。水へ投げる者と土へ線を引く者がいて、何を競うのか分からないまま俺も投げた。石が沈むと声が上がり、少年が次の一つを渡した。
——もっと横から投げろ。こうだ。
少年が腕を振る。まねると、今度は水へ届かず泥の上を転がった。
——ミナより下手だぞ。
——私のほうが大きいんだから当たり前でしょ。
三十年分の頭で決まりの見えない遊びにつき合っても、面白くはなかった。勝ち方が分からず、勝ったところで得るものも平たい石だけだ。
誘われれば、合図と手の向きが読めたときだけついていった。遊びが変わると、俺だけ前の場所に残ることもある。
——次はあっちだ。
年上の少年が袖を引く。動かなければ、もう一度強く引いた。
——来ないのか?
返す声は出さなかった。少年はしばらく待ち、仲間に呼ばれて走っていく。そんなことが何度か続いた。
やがて、少年は俺を見るだけになった。道の向こうで目が合って足を止めても、手は上がらない。隣の女の子へ何か言い、皆で川のほうへ駆けていった。
意地悪をされたわけではない。声をかけても返さず、遊びを変えるたび引っ張らなければ動かない相手を、毎回誘う理由がなくなっただけだ。
井戸端には女たちがいた。畑には男たちがいる。道では年上の子供が走り、母親に抱かれた小さな子も見かけた。槌の音が鳴り、水車が回り、決まった日には高い塔の建物の戸が開く。村には大人も子供もいた。
俺には、誰が何を言っているのか分からなかった。自分について話されているときは視線で分かる。母の声が固くなり、父が短く返す。井戸端の女たちが俺を見てから母へ向き直る。何を言われているのかだけが届かない。
こちらからも何も話せなかった。火のことも、ここがどこなのかも尋ねられない。頭の中には三十年分の言葉があるのに、一つも外へ出せなかった。
言葉の継ぎ目を拾おうとする回数が減った。
母が物を指さしても、口元を見なくなった。父が床へ何かを並べても、手を伸ばさない。呼びかけや短い合図には体が動く。それ以外は、聞こえるままに通り過ぎさせた。
夜に、火へつながる何かが体内にないか確かめることも減った。
転生前から人付き合いが嫌いだったわけではない。ただ、人は本当にそれほど多くの相手と関わる必要があるのかとは、前からよく思っていた。
一人で食事をし、一人で出かけ、一人で何日か過ごしても苦にならない。
むしろ気楽で、性に合っていた。もう一度、一人から始めることにも不満はなかった。
なのに、これは耐えられない。
◆
三歳になった頃、家へ自分と同じ大きさの子供が二人来た。同じ年に子供が生まれてから、親同士の行き来が増えていたらしい。親たちが話すあいだ、俺たちは同じ庭へ置かれた。
一人は金髪の男の子だった。灰色を混ぜた金色の目をまっすぐこちらへ向け、じっとしている時間が短い。もう一人は白銀の髪と青い目の女の子で、白い頬をふくらませたり緩めたりしながら、ほとんど休まず口を動かしていた。
——ぼく、リク。きみ、レオンだろ。
金髪の子は自分の胸を叩き、次に俺を指さした。自分への合図が混じったので、その顔を見る。金髪の子は満足したようにうなずき、すぐ庭の隅を指した。
——こっち。石、積もう。
返事を待たず、俺の手首をつかむ。
——引っ張ったら転ぶでしょ。
白銀の髪の子がその腕を叩いた。俺を気遣う顔ではなく、金髪の子へ文句を言う顔だった。そのまま反対側の手を取る。
——こっちからならいいもん。
二人に左右から引かれた。何もよくなっていない。
庭の隅には、拳より小さな石がいくつか転がっていた。金髪の子は三つ積んで崩し、今度は四つ目を載せようとする。白銀の髪の子は平たい石を自分の前へ集め、金髪の子の手が伸びるたびに抱え込んだ。
——それ、私の。
——ぼくが先に見つけた。
——私が先に取った。
二人の声が互いの顔へぶつかる。俺のことは忘れたらしい。三歳児の石争いへ割って入る方法など、以前の人生でも覚えなかった。庭の石は誰のものでもないだろう。俺は座っていた。
やがて金髪の子が石を一つ、俺の膝へ置いた。
——レオンもやれ。
金色の目が俺を見て、石と積み上げた山を交互に示す。膝の石を一番上へ載せると、山はあっさり崩れた。
二人は大声で笑い、すぐに散らばった石を拾い始めた。責める顔ではなかった。
——もう一回。
——今度は私が最後に置く。
座ったままでいると、金髪の子はまた膝へ石を置く。白銀の髪の子は青い目を向けたまま次の石を選んだ。二人の視線は何度でも俺へ戻った。
次に三人で置かれたのは、井戸の近くの日陰だった。親たちは桶を挟んで話し、俺たちには欠けた木皿と木の実を渡した。
白銀の髪の子は木の実を大きさ順に並べた。途中で一番丸いものを見つけ、自分の服の裾へ隠す。
——これは私のだからね。
金髪の子がすぐに手を伸ばした。
——ずるい。
——見つけた人のだもん。
取り合った木の実が俺の足へ転がったので、拾って白銀の髪の子へ渡す。
——レオンは分かってる。
白銀の髪の子は、青い目を俺へ向けたまま声を続けた。
——リクは何でも取るもん。
——取ってない。半分にするだけ。
金髪の子もこちらを見た。俺が返さなくても、二人の顔は曇らない。また両側から木の実を引き、殻を割った。中身が土へ落ちる。
二人は口を閉じ、互いの腕を叩いた。井戸端から大人たちが駆けてきた。
——今度は何をしたの。
——リクが引っ張った。
——リーゼも引っ張ったよ。
——レオンは見てた。
二人の指と大人たちの目が俺へ向く。見てはいたが話せない。黙っていると、白銀の髪の子に似た女が額へ手を当て、大柄な男が金髪の子を抱え上げた。
——レオンなら、ちゃんと見てたもん。
——レオンは喋れないだろ。
——見てたもん。
青い目が、まだ俺から離れない。母が俺を抱こうと腕を伸ばしたが、俺は首を振った。地面へ手をつき、自分で立ち上がる。
なぜ立ったのかは、自分でも分からなかった。
二人は何度も来た。親の都合で同じ庭へ置かれ、道や草地へ連れていかれる。年上の子供たちが通り、小さな子を抱いた女が親へ声をかける。家畜が鳴き、荷車が通った。三人だけになる場所はなかった。
金髪の子は石を拾い、枝を振り、低い斜面へ先に登る。俺の手を引き、遅れれば振り返った。
——早く。こっち。
合図と腕の向きに従うと、土の盛り上がりを越え、目当ての石まで手を離さなかった。
白銀の髪の子は草の茎を二本比べ、俺の顔へ声を続けた。返事を待たず片方を選び、残りを俺の手へ押しつける。
——こっちが長い。だから私の。
金髪の子が長いほうを奪う。
——長いほうがぼく。
——なんで。
——先に着いたから。
——それ、関係ないでしょ。
二人の声が行き交うあいだ、俺は渡された短い草をいじっていた。井戸端でも食卓でも、もう人の口元を見なくなっていた。それでも、二人の声だけは拾っていた。白銀の髪の子が俺の目を見て喋っているあいだは、声が止まるまでそこにいた。金髪の子に手を引かれれば、その声が次にどこから飛んでくるのかを待った。
遊びはつまらなかった。石を積み、土を削り、斜面まで競い、草の長さを比べる。大人の頭では熱中できない。勝てば石を持たされ、負ければ短い草が増えた。どちらもいらなかった。
金髪の子は、俺が加わるまで袖を引いた。白銀の髪の子は、最初から俺の分まで勝手に決めた。俺が石を崩せば二人とも笑い、うまく積めば次を渡す。返事を求めて顔を曇らせず、声を遅くもしない。目を見て喋り、俺が黙っていても次の遊びへ進んだ。
草地へ置かれると、俺は二人のそばへ歩いた。金髪の子は振り向きもせず走り出し、白銀の髪の子は自分の取り分を先に抱える。俺は少し遅れてついていく。
面白くはなかった。帰りたいとも思わなかった。
◆
三歳の終わりに近い初夏、三人で村はずれの草地へ出た。丈の伸びた草が膝へ触れ、畑では父たちが働いている。村のほうから槌の音が届き、道の近くでは年上の子供たちが走っていた。その向こうを荷車がゆっくり通り過ぎる。
白銀の髪の子は地面へ座り、持ってきた酸っぱい果実を自分の前へ多く集めていた。金髪の子は草地の先に平たい石を見つけ、俺より先に取ろうと駆け出す。
——それ、私が見つけたの。
——先に取った人のだよ。
——さっきと違うこと言ってる。
金髪の子は石を拾い上げ、そのまま先へ行こうとする。白銀の髪の子も果実を抱えて立ち、俺の横へ並んだ。
金の髪が日を受けて明るくなった。空いた手がこちらへ伸びる。白銀の髪の子は俺の顔を見上げた。二人とも、いつもと同じ顔をしていた。
このとき二人の言葉が、人の言葉が、初めて明確に聞き取れた気がした。
「レオン」
「こっち行こ」
二人の姿が滲んで見えた。