俺は何の変哲もない高校生だった。
つい先程までは。
学校ではそれなりに真面目に勉強して、塾にも通っている。
その帰り道のこと。
真夏でもすっかり暗くなった頃、時刻は 20時をまわっていただろう。
自然豊かな帰路に眩しい一対の光。蛍なんかとは比にならない。
車だ。
街灯のない道のりを突っ走る法定速度ガン無視の塊。
警察もいないような田舎だ。そうやって羽目と法律遵守意識を外す奴もそれなりにいる。
そう思って視線を外そうとしたとき、その異常に気づいた。
なぜヘッドライトが2つも、こんなにもはっきりと見えるのだろうか! 俺は道の端を歩いているのに!
その理由に思いたる頃には、身体全身に強烈な衝撃が走り、道路沿いの雑木林の中に吹き飛ばされていた。
痛い。
あまりにも痛いのに声も出ない。
《確認しました。痛覚無効獲得・・・成功しました》
遠くから女の声が聞こえる。
どうやら幻聴も始まったらしい。
霞んだ視界に走り去っていく車が見える。
……あの野郎逃げやがって……!後で絶対に訴えてやるからな…!
《確認しました。ユニークスキル『告訴者』を獲得・・・成功しました》
何がユニークスキル『告訴者』だ、ふざけてんのか。
だがそれよりも、とりあえずこの雑木林の外へ這い出なければ。
ここは、咽せ返るような血の匂いと湿った土の匂いが混ざって気持ちが悪い。付け加えるなら耳鳴りの外で絶えず何かの羽音がする。
だからこそ力一杯手を前へ突き出して……気づいた。
最早、俺の腕は1センチたりとも微動だにしないことに。
ああ、
そうか。
俺はここで死ぬしかないんだな。
そう思ってどれほどしただろうか。
足に気持ちが悪い感覚が伝う。
ヌルヌルと独特のぬめりを持つ何かが胴の方に上っていくような。
ナメクジか、ムカデか、ヤスデか。
いや、気にしないように、考えないようにしていただけだ。
そうでなければ耐えられないと分かっていたから。
羽虫が鼻先に留まる。蛾の翅が肌に触れる。蟻が列になって頬を上る。
蝿がもはや閉じることもできない眼球に留まった。
集るな。
気味の悪い複眼が俺を見つめているようだった。
集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな。
蟻が短い牙を皮膚に突き立てる。蛾が寄ってたかって傷口を埋める。
そうして、生きながらにして、細分化されていく俺。
集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな集るな。
『随分と見覚えのある光景だと思ってきてみたら』
薄笑いの男の声が聞こえる。
もちろん、跳ね飛ばされた自分に誰かが気づいてくれたわけではない。これもただの幻聴だった。
どうして死に際に見知らぬ男女の声が聞こえるんだ?!
どうかしてるだろ!
『うるさかったかい?それは悪いことをしたね!それならきみが死ぬまでの数時間、俺は黙っていてあげようじゃないか』
待て、数時間?
俺は数時間もここで虫に噛まれ続けるって?!
『……そうだとも。全身打撲で即死しなかったら、後は時間をかけてゆっくり弱っていくしかないじゃないか!』
そんな…
そんなことは、嫌だ。
ずっと自分が細かく分けられていく様を、それを目を逸らさずに見ていることは、たまらなく嫌だ。
あらゆる虫にたかられる気持ちが悪い感覚がいつになっても消えないのも、苦しくて堪らない。
『それなら俺が助けてやろうか?』
囁くように、男の声が甘い提案を告げる。
助ける……?
『苦しくてとても耐えられないんだろう?だから俺が眠らせてあげよう。2度と醒めない眠りにね』
……。
『俺がなにか企んでるって?俺に目的があってもなくても、どっちにしろきみはここで終わりだろ。この先なんかないから、後先なんて考えるだけ無駄だ』
…………。
『……決められないなら俺が』
やめてくれ。
『それは感心だなぁ!このすてきな光景をできるだけ見ていたいって?』
……もしかしたら、これから俺を見つけてくれる誰かがいるかもしれないだろ。
『…………』
ここで諦めたら、そんな可能性すらゼロになる。
『そりゃそうだ、でもきみだって生き残れるだなんて思ってないくせに』
やっぱり、俺は、死にたくないから。
『そんなに頑張る理由はないはずだろ、世界の命運を背負っているわけでも、なによりも叶なきゃならない使命があるわけでもない。』
それは……─────────────────────────から。
『……へぇ、そう。なるほどきみは虫に集られ続けて、醜く生き続けることが趣味って訳だ!全く恐れ入ったよ!それなら俺からささやかなプレゼントを贈ってあげよう。
…………こんな力だけど、まぁ、少しは愉快に生きられるんじゃない』
男がそう言った瞬間、自らの動かない体に何か異物が入り込む妙な感覚を感じた。一部の入る余地のない場所に割り入るナニカ。
《確認しました。究極能力
お前の、名前は……?
『俺の名は────』
そんな言葉が、最期に聞こえた。