『西国の小覇者』~織田信奈の野望二次創作~   作:宇京

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❖大寧寺の変
第一回:大内興童子


 俺の名は、大内興童子(おおうちおきどうじ)。

 周防国は山口――大内氏の本拠たるこの地で生まれ育った、名門大内家の三男坊だ。

 

 ……とはいっても、俺自身がそう名乗ったところで、初めて会った人間から返ってくる言葉は大抵決まっている。

 

「……若君?」

 

 そう言って、俺の顔をまじまじと見たあと、どこか困ったような顔をするのだ。

 

 まあ、無理もない。

 

 俺はまだ童子と呼ばれる年頃で、背丈も低ければ顔立ちだって幼い。馬に乗れば「しっかり、しっかり!! おつかまりください!」と念を押され、刀を差して歩けば「重くありませんか? 本当に?」と心配される始末である。

 

 ……別に重くないんだけどな。

 

 重くないったらない。

 

 そんなふうに心配されるのは、少々面白くない。

 

 俺だって大内家の男児なのだから、いつまでも子供扱いされているわけにはいかない。少なくとも、自分ではそう思っている。

 

 けれど、そんな俺にも胸を張って自慢できるものがある。

 

 それは、大内家本家(・・)の三男であるということだ。

 

「俺の父上は大内大宰大弐(義隆)殿なんだぞ!」

 

 そう言って胸を張れば、周囲の大人たちは生暖かい目を向けつつも大抵苦笑する。

 

 けれど、俺としては別に間違ったことを言っているつもりはない。

 

 だって、本当にすごいのだから。

 

 俺の父上――大内義隆(おおうちよしたか)は、周防(すおう)、長門(ながと)、石見(いわみ)、安芸(あき)、豊前(ぶぜん)、筑前(ちくぜん)、備中(びっちゅう)、備後(びんご)、肥前(ひぜん)のおよそ九か国に勢力を持つ西国最大の大大名だ。将軍家という別格の家を別にすれば、武家の中でこれほど広大な領国と影響圏を持つ者はそうはいない。

 

 事実、大内家の本拠である山口にいると、そのことを実感する機会も多い。

 

 館には家臣がひっきりなしに出入りしているし、父上のもとへは国々から様々な報告が届く。俺にはまだ難しい話ばかりだが、それでも大内家が大きな家であることくらいは分かる。

 

 そして、その中心にいるのが父上だ。

 

 つまり、俺の父上はめちゃくちゃ強くて偉い。

 

 ……どうだ、すごいだろ。

 

 えっへん。

 

 もっとも、これを父上本人に言うと、

 

「興童子、お前はまたそのようなことを……」

 

 と、困ったように笑われてしまうのだが。

 

 多分、呆れられてる。

 

 俺としては、何も悪いことを言っているつもりはない。父上がすごいのは事実なのだから。

 

 むしろ、息子としてはもっと誇ってもいいと思う。

 

 ……でも父上本人が本当に嫌がるなら、ほどほどにしておこう。

 

 

 

 多分。

 

 そして、そんな父上のことと同じくらい俺が好きなのが、この山口の町だった。

 

 大内家の本拠である山口は、俺にとって生まれた時からずっと身近な場所である。

 

 館を出れば、すぐに町の気配が感じられる。

 

 通りを歩けば商人たちが威勢よく声を張り上げ、その間を人々が行き交っている。荷物を抱えて歩く者もいれば、店先で客と話し込んでいる者もいる。寺社へ向かう人々の姿もあれば、どこから来たのか分からない旅人のような者を見かけることもある。

 

 同じ道を歩いているだけなのに、毎日少しずつ違う顔が見える。

 

 それが面白かった。

 

 山口には寺社も多い。

 

 参詣する人々で賑わう場所もあれば、静かな境内で僧侶が行き交っているところもある。京から訪れた公家や僧侶の姿を見かけることもあれば、海の向こうから渡ってきた珍しい品が店先に並んでいることもある。

 

 俺にとっては、そういうものを見ること自体が楽しかった。

 

「これ、何に使うんだ?」

 

「若君、それはですね……」

 

 そう尋ねれば、商人が得意そうに説明してくれる。

 

 分かることもある。

 

 分からないこともある。

 

 それでも、知らなかったものを知るというのは楽しい。

 

 俺は、そんな山口の町が大好きだ。

 

 朝になれば目を覚まして飯を食い、今日はどこへ行こうかと考える。

 

 昨日見つけた店へもう一度行ってみることもあるし、昨日とは違う道を歩いてみることもある。面白そうなものを見つければ近寄ってみるし、気が向けば寺社を覗きに行く。

 

 そうやって町を歩き回っているうちに、いつの間にか昼になっている。

 

 腹が減れば何か食べる。

 

 喉が渇けば水を飲む。

 

 疲れれば少し休む。

 

 それでも、面白そうなものを見つければ、また足が向いてしまう。

 

 そうして日が暮れ、さすがに腹が減れば館へ戻る。

 

 そして、父上や兄上たちの顔を見ながら一緒に夕餉を食う。

 

 それで一日が終わる。

 

 ……最高じゃないか。

 

 何か特別なことが起きるわけではない。

 

 毎日が大事件というわけでもない。

 

 それでも、朝になれば目を覚まし、腹が減れば飯を食い、面白そうなものがあれば見に行く。

 

 夜になれば家へ帰って、家族と飯を食う。

 

 明日になれば、また同じような一日が始まる。

 

 俺は、この生活が大好きだった。

 

 ずっとこんな日々が続けばいい。

 

 心の底から、そう思っていた。

 

 

 ただ、そんな俺にも、この世界に生まれてからしばらくの間、どうしても納得できないことがあった。

 

 俺は転生者なのだ。

 

 前世でどんな人生を送っていたのか、そのすべてを覚えているわけではない。

 

 自分が何をしていたのか。

 

 どこで暮らしていたのか。

 

 家族がいたのか。

 

 そういう細かいことは、かなり曖昧になっている。

 

 それでも、自分がかつて別の世界で生きていたことだけは、はっきりと覚えていた。

 

 だから、生まれて間もない頃はかなり混乱した。

 

 知っている歴史と、微妙に違うのである。

 

 歴史上では男だったはずの人物が女だったり、姫武将とか大名の場合は姫大名というらしかったり、知っている名前と少し違っていたり。

 

 さらには、そもそも聞いたことのない人物が重要な立場にいたりする。

 

 自分の記憶にある戦国時代と、目の前に広がっている世界が、どうにも噛み合わない。

 

 最初の頃は、

 

 ――ここは本当に俺の知っている戦国時代なのか?

 

 と、ずいぶん悩んだものだ。

 

 何かがおかしい。

 

 けれど、何がおかしいのかを正確に説明できない。

 

 俺は歴史学者ではないし、戦国時代のことを一から十まで知っているわけでもない。

 

 だから、いくら考えても答えは出なかった。

 

 ところが、人間というものは不思議なものである。

 

 何年もこの世界で暮らしているうちに、最初はあれほど気になっていた違和感も、だんだんと気にならなくなっていった。

 

 男だと思っていた人物が姫武将だった。

 

 ……まあ、そういうこともあるのだろう。

 

 知っている人物と名前が少し違う。

 

 ……似たような名前の人間なんて、いくらでもいる。

 

 知っている歴史とは流れが微妙に違う。

 

 ……まあ、世の中そんなものだ。

 

 そんなふうに考えているうちに、いつの間にか慣れてしまった。

 

 そもそも、俺は歴史学者でもない。

 

 戦国時代の出来事を一から十まで覚えているわけでもなければ、未来に何が起きるのかをすべて知っているわけでもない。

 

 前世の記憶だって、決して完璧ではない。

 

 だから今では、歴史上で知っている名前を見かけても、

 

「へえ、この人は女の人なんだ」

 

 くらいにしか思わなくなった。

 

 それよりも、目の前にあるもののほうが気になる。

 

 今日の町には何があるのか。

 

 知らない商人が何を売っているのか。

 

 寺では何が行われているのか。

 

 昨日まで知らなかったものを、今日は知ることができるのか。

 

 俺にとって大切なのは、歴史の答え合わせではない。

 

 今、ここで生きている自分の毎日だ。

 

 そして、その毎日には――。

 

「おーい、若!」

 

 聞き慣れた声が飛んできた。

 

「どこにいんだー?」

 

「こっちだよー!」

 

 声を返すと、少し離れたところから山伏姿の男が姿を現した。

 

 天狗だ。

 

 俺の護衛……的な存在ということになっている。

 

 もっとも、俺にとっては護衛というより、近所の兄(あん)ちゃんというか、悪友というか、とにかく昔から一緒にいる奴だった。

 

 俺が町を歩き回る時も、だいたい天狗が一緒にいる。

 

 道を外れれば戻される。

 

 危ないところへ行けば止められる。

 

 俺が何かしでかせば怒られる。

 

 それでも、結局最後には何とかしてくれる。

 

 だから俺は、天狗と一緒に歩くのが好きだった。

 

 そう、あれは――。

 

 ほわんほわんほわん

 

 

 

 俺と天狗が出会ったのは、俺がまだ本当に小さかった頃のことである。

 

 ……まあ、今も十分小さいんだけど。

 

 その頃の俺は山口からほど近い龍蔵寺の鼓の滝へ遊びに行き、そこで修行をしていた天狗を見つけた。

 

 滝の近くで一心不乱に修行する山伏。

 

 水が落ちる音が響く中で、黙々と身体を動かしている。

 

 幼い俺にとっては、それだけでも十分に珍しかった。

 

 だから俺は、少し離れたところから、ただじーっと天狗を眺めていた。

 

 何をしているのか気になった。

 

 どうしてこんなところで修行しているのかも気になった。

 

 けれど、そんなことを聞くより先に、ただ見ていたくなった。

 

 天狗も当然、その視線には気づく。

 

「……なんだ、お前?」

 

 そう聞かれても、俺は答えなかった。

 

 ただ見る。

 

 じーっと見る。

 

 天狗が修行を再開しても見る。

 

 別に何かを企んでいたわけではない。

 

 ただ、珍しかった。

 

 山伏が修行している。

 

 滝の水が落ちている。

 

 その前で、一心不乱に身体を動かしている。

 

 そんな光景を見るのが、なんとなく楽しかったのだ。

 

 俺があまりにも動かないものだから、しばらくすると天狗のほうが落ち着かなくなった。

 

「……なんなんだよ、お前は」

 

 それでも俺は、じーっと見ていた。

 

 結局、その日から俺は天狗について回るようになった。

 

「お前なぁ、俺は修行中なんだぞ」

 

「うん」

 

「だから帰れ」

 

「やだ」

 

「……」

 

「一緒にいていい?」

 

「……好きにしろ」

 

 そんなやり取りを、いったい何度繰り返したことだろう。

 

 天狗は最初、俺のことをかなり面倒に思っていたらしい。

 

 修行しているところへ勝手についてくる。

 

 話しかける。

 

 黙って見ている。

 

 しばらくすると、今度は別のところへ行こうと言い出す。

 

 今思えば、そりゃ面倒だ。

 

 それでも天狗は、いつの間にか俺を放っておけなくなっていたらしい。

 

 俺が危ない場所へ行けば止める。

 

 転べば手を貸してくれる。

 

 腹が減ったと言えば何か食わせてくれる。

 

 そして、俺が無茶をすれば――。

 

「お前はもうちょっと自分を大事にしろ!」

 

 と怒鳴る。

 

 いつの間にか、それがすっかり天狗の日常になっていた。

 

 ……まあ、俺が悪い時もある。

 

 認めたくはないが、あるにはある。

 

 極稀ではあるが。

 

 でも、結局のところ天狗は何とかしてくれる。

 

 だから大丈夫だ。

 

 たぶん。

 

「興童子!」

 

「今行くー!」

 

 呼ばれた声に返事をして、俺は天狗のもとへ駆けていった。

 

「今日はどこへ行くんだ?」

 

「んー……」

 

 さて、今日はどこへ行こう。

 

 山口の町なら、まだ行ったことのない場所はいくらでもある。

 

 昨日とは違う道を歩いてもいい。

 

 商人の店を覗いてもいい。

 

 珍しいものを探してもいい。

 

 少し考えた末、俺が思いついたのは、

 

「お寺!」

 

「またかよ」

 

「だって面白いじゃん」

 

「お前、寺へ行って何がそんなに楽しいんだ?」

 

「知らないものを見るのが楽しいんだよ」

 

 そう答えると、天狗は呆れたように笑った。

 

「お前、本当にそればっかりだな」

 

「だって、毎日違うものがあるじゃん」

 

「そうか?」

 

「そうだよ」

 

 俺もつられて笑う。

 

 こうして他愛のない話をしながら山口の町を歩く時間が、俺は好きだった。

 

 町を歩けば、人の声が聞こえる。

 

 商人の呼び声もする。

 

 荷車や人の足音が聞こえることもある。

 

 寺から鐘の音が聞こえてくる日もある。

 

 そんな何気ない音を聞きながら歩いていると、なんだか安心する。

 

 ここが自分の暮らしている場所なのだと、そう思えるからだ。

 

 俺には家族もいる。

 

 父上に母上、姉上に義尊の兄上。そして、まだ顔を合わせる機会の少ない兄弟たち。

 

 みんなみんな大好きだ。

 

 もちろん、父上は忙しい。

 

 大内家の当主なのだから当然である。

 

 家臣たちとの話し合いに領国のこと、寺社との付き合いや朝廷・公家との交流、それに戦のことまで、やらなければならないことはいくらでもある。

 

 館にいる時でさえ、父上のところには次々と人が訪れる。

 

 俺にはまだ難しい話ばかりだが、家臣たちが険しい顔で話し込んでいるのを見ることくらいはある。

 

 そんな時の父上は、普段の優しい父親とは少し違って見えた。

 

 それでも、話が終わればいつもの父上に戻る。

 

 俺が近くにいれば声をかけてくれる。

 

 だから、父上と一緒に過ごせる時間はそう多くないけれど、俺はそれを寂しいとはあまり思わなかった。

 

 たまに顔を合わせて話ができれば、それで十分嬉しかったからだ。

 

「興童子、またどこへ行っていたのだ?」

 

「ちょっと遊びに!」

 

「そうか。怪我はしていないか?」

 

「してないよ!」

 

「ならばよい」

 

 そんな短いやり取りだけでも、俺には十分だった。

 

 父上は優しい。

 

 忙しいからといって、俺たちを邪険に扱うような人ではない。

 

 俺が何かを見つけて持っていけば話を聞いてくれるし、分からないことを尋ねれば教えてくれる。

 

 だから俺は父上が好きだった。

 

 ……まあ、怒られることもあるけど。

 

「興童子! また勝手に館を抜け出したな!」

 

「……はい」

 

「何かあってからでは遅いのだぞ!」

 

「ごめんなさい」

 

「お前はもう少し――」

 

 そこから先は、いつものお説教である。

 

 こういう時は、ちゃんと反省する。

 

 本当に反省するのだ。

 

 父上が心配してくれていることくらい、俺だって分かっている。

 

 だから、その時だけは「もう勝手に出歩くのはやめよう」と思う。

 

 ……いや、本当に思っている。

 

 ただし、その反省がいつまで続くかというと――。

 

 翌日にはまた出かけている。

 

「天狗!」

 

「……今度はどこへ行くんだよ」

 

「面白そうなところ!」

 

「お前なぁ……」

 

 呆れた顔をされても、俺は気にしない。

 

 だって、家にじっとしているより外へ出たほうが楽しいのだから。

 

 山口には、まだ俺の知らない場所がたくさんある。

 

 知らない人間もいる。

 

 知らないものもある。

 

 それを知らないまま一日を終えるのは、なんだかもったいない気がする。

 

 だから俺は、今日も外へ出る。

 

 明日もきっと出る。

 

 そんな毎日だった。

 

 平和だった。

 

 穏やかだった。

 

 もちろん、ここは戦国の世だ。

 

 争いが起こることくらい、俺だって知っている。

 

 大内家も戦をするし、父上が大軍を率いて出陣することだってある。

 

 館の中を家臣たちが忙しそうに行き交い、険しい顔で何かを話し込んでいることもあった。

 

 遠くの国で何かが起きたという話が耳に入ることもある。

 

 誰かが怪我をした。

 

 どこかで戦があった。

 

 あの家がどうした。

 

 この城がどうなった。

 

 そんな話を、俺もまったく聞かないわけではない。

 

 戦国の世なのだから、争いがなくなることはない。

 

 それでも、俺の日常は穏やかだった。

 

 少なくとも、俺の目に映る山口はそうだった。

 

 山口には人がいて、町があって、寺がある。

 

 父上や母上がいて、姉上や兄上たちがいて、天狗もいる。

 

 朝になれば目を覚ます。

 

 腹が減れば飯を食う。

 

 暇になれば外へ出る。

 

 面白いものがあれば眺める。

 

 夕方になれば館へ帰る。

 

 夜になれば眠る。

 

 毎日飯を食って、遊んで、眠る。

 

 そうやって過ごしていると、それだけで一日が終わってしまう。

 

 今の俺にとっては、それで十分だった。

 

 むしろ、それ以上に何を望めばいいのか分からなかった。

 

 だから、いつからか俺は、このままずっとこんな毎日が続けばいいのにな、と思うようになっていた。

 

 山口で生まれて、山口で育って、大内家の三男として暮らす。

 

 たまに町へ出て天狗を連れ回し、父上に怒られ、兄上たちと話をして、また次の日になれば同じような一日が始まる。

 

 そんな毎日が、これからも当たり前のように続いていく。

 

 少なくとも――この頃の俺は、本気でそう信じていた。

 

 夕方になると、天狗に急かされながら俺たちは館へ戻った。

 

 西の空は赤く染まり、山口の町並みに長い影が伸びている。

 

 昼間はあれだけ賑やかだった町も、少しずつ一日の終わりへ向かっているように見えた。

 

 店を片付ける人。

 

 家へ帰る人。

 

 まだ仕事を続けている人。

 

 そんな人々の姿を眺めながら、俺たちはゆっくりと歩いていく。

 

 遠くから人々の声が聞こえ、寺からは夕暮れを告げる鐘の音が響いていた。

 

 どこかの家から漂ってくる夕餉の匂いに腹を鳴らしながら、俺はそんな町の景色を眺めていた。

 

 こうして見ると、昼間とはまた違う町に見える。

 

 同じ道。

 

 同じ家。

 

 同じ山。

 

 それなのに、夕暮れの光の中では少しだけ違って見える。

 

 明日になれば、また朝が来る。

 

 人々は起きて、店を開けて、町を歩く。

 

 俺も起きて、飯を食って、外へ出る。

 

 きっと明日も、今日と同じような一日になる。

 

 そう思うと、不思議と嬉しくなった。

 

「なあ、天狗」

 

「なんだ?」

 

「俺、山口が好きだな」

 

「……急にどうした?」

 

「なんとなく」

 

 天狗は少しだけ目を細めると、何も言わずに笑った。

 

「そうかい」

 

「うん」

 

 俺も笑って、もう一度夕暮れの町へ目を向ける。

 

 やっぱり、この町が好きだった。

 

 この家も好きだった。

 

 父上も、母上も、兄上たちも好きだ。

 

 そして、こうして天狗と馬鹿な話をしながら歩く時間も好きだった。

 

 特別なことなんて何もない。

 

 ただ歩いているだけだ。

 

 それなのに、それが楽しかった。

 

 それで十分だった。

 

「なあ、天狗」

 

「今度はなんだ?」

 

「明日も遊びに行こうな」

 

 天狗は呆れたように俺を見る。

 

 けれど、最後にはいつものように笑ってくれた。

 

「……ああ。好きにしろ」

 

「やった!」

 

 その返事が嬉しくて、俺は笑った。

 

 

❖

 

 

 この時の俺は、まだ知らなかった。

 

 自分がこれから何を背負うことになるのか。

 

 大内家が、この先どんな運命を辿るのか。

 

 そして、自分自身がやがて「西国の小覇者」なんて名で呼ばれることになるなどということも。

 

 

 ただ、この頃の俺が願っていたことは、ひとつだけだった。

 

 山口で暮らして。

 

 家族と笑って。

 

 天狗と遊んで。

 

 明日になれば、また今日と同じような一日を過ごす。

 

 そんな毎日が、ずっと続いていけばいい。

 

 どうか、この穏やかな日々がずっと続きますように。

 

 ――それだけだった。

 

 

 

 それだけだったのに




おっきー:僕、山口だーい好き♡
謀反人(推定)S:ぐへへへ、これで防長は俺のものだぁ!!

今宵はここまでにいたしとうございまする。
ご視聴ありがとうございました。
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