それでは本編どうぞ!
石見の地において興童子が周囲の温かい手に差し伸べられながら、すくすくと着実に成長の歩みを進めていたころ、中国地方の東部では恐ろしいほどの猛威を振るう嵐が巻き起こっていた。
それは誰か特定の力ある一人が強く望んで起こした嵐などではない。己の都合ばかりを優先して動く者たちが、それぞれ勝手に風を起こした結果として生じた混乱に過ぎなかった。
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出雲の国において尼子晴久は、長きにわたって実に苦しい戦いを強いられ続けていた。宿敵・大内義隆が率いる圧倒的な軍勢によって大きく押し戻され、かつて尼子家が誇っていた威勢も著しく削ぎ落とされていたのである。
周囲を見渡せば大内方の勢力ばかりが周囲を固めており、出雲と伯耆の地に辛うじて残された自らの地盤を守り抜きながら、いつ再び大内軍が容赦なく攻め寄せてくるのかと常に警戒を怠れない緊張の日々を送っていた。
かつて吉田郡山城の戦いにおいて毛利元就と大内家に手痛い敗北を喫したことで、尼子家はその誇るべき勢力を大きく失うこととなった。月山富田城の戦いで打ち負かしたことにより滅亡の危機こそ免れたが、晴久にとって大内義隆という存在は依然として目の上のたんこぶであり、打ち倒したくとも倒せず、追い払いたくとも容易には追い払えない絶望的な障壁として立ち塞がり続けていた。
それゆえに尼子としてはただひたすらに耐え忍び、いつか反撃に出るための力を蓄えるしかないと考えていた矢先のことである。
「申し上げます!」
その時、月山富田城の晴久の居所へと息を切らせて駆け込んできた使者の顔には、ただならぬ重大な事態の発生を物語る切迫した色が浮かんでいた。
晴久は静かに顔を上げた。
「何事だ」
「大内義隆が……」
知らせを持参した使者は必死に荒い息を整えながら、今にも震えだしそうな声をどうにか絞り出すようにして主君へ告げた。
「大寧寺にて討たれました」
「……」
その報告を受けた瞬間、晴久は一言も言葉を発することができずにその場に固まった。使者の言葉を聞き間違えたのではない。もたらされた知らせがあまりにも巨大な意味を含んでいたからに他ならない。
自らの前に長年にわたって立ちはだかり続けていた大内義隆という男が、命を落としてこの世から去ったのだ。
「……そうか」
晴久は噛み締めるように小さく呟いた。
そして、その口元が徐々に奇怪な形へと歪んでいく。
「大内義隆が、死んだか」
最初は静かに肩が震え出し、やがてその震えは抑えきれない笑い声となって部屋全体に響き渡った。
「はは……ははははは!」
突如として大声をあげて笑い出した主君の姿を見て、周囲に控えていた家臣たちは深い驚きを隠せずにいた。つい先ほどまで苦虫を噛み潰したかのような険しい表情を浮かべていたはずの主君が、まるで別人のように狂喜乱舞して笑い転げているのだから無理もない。
晴久はその場から勢いよく立ち上がった。
「これで……蓋が外れた」
その瞳の中には、先ほどまで漂っていたはずの深い疲労感や焦燥の影はすでに跡形もなく消え去っていた。そこにあったのは、倒すべき巨大な獲物をついに捉えた肉食獣のような鋭い光である。
「大内義隆が生きている限り、我らは奴の威光に押さえつけられていた。だが、その男が死んだのだ」
晴久は部屋に広げられた大きな地図へと力強い視線を落とした。
そこには中国地方の全土が詳細に描かれている。
「ならば、空いた場所へ我らが入ればいい」
その決断を下すにあたって誰かから命令されたわけでもなければ、京の幕府から許しを得るのを待つ必要すらなかった。晴久にとっては、立ちはだかる巨大な存在が消え失せたという事実だけで行動を起こす理由として十分だったのである。大内義隆が死に絶えた以上は、今度は自分たちが奪われた膨大な勢力圏を取り戻す番であった。
「陣振れじゃ!!」
「「「応っ!!!」」」
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大内義隆が大寧寺で横死したという劇的な報せは、波紋のように瞬く間に中国地方の全域へと広がっていった。そして、その衝撃的な報せを耳にした各地の国衆や領主たちは、それぞれがこの激動の時代を生き残るための道を必死に模索し始めたのである。
大内家という庇護をもたらしていた巨大な傘が消滅した以上、これまでその下に身を寄せていた者たちは誰の助けも期待できず、自らの身と領地を己の力だけで守らねばならなかった。
安芸や備後といった地域においては、陶晴賢に与した毛利元就らの迅速な動きや強固な統率力も手伝って比較的早い段階で混乱が収束へと向かっていた。しかしながら、その影響力が直接的に届かない外側の地域においては事態は一向に収まらなかったのである。
備中や備前、美作や因幡といった国々では、大内家の圧倒的な威光によって辛うじて保たれていた勢力の均衡が次々と音を立てて崩れ去っていった。
そして、その崩壊によって生じた巨大な隙間へと最も早く侵入を果たしたのが、出雲の尼子晴久である。晴久は大軍を組織して直ちに美作へと進軍させ、その先鋒としての役割をかつて尼子に降伏した美作の有力国衆・三浦家に命じた。尼子軍の勢いはまるで堤防が決壊した濁流の如く、美作の全域を猛烈な速さで駆け抜けていった。
攻め寄せる大軍に対して命がけで抵抗を試みる者、早々に戦意を喪失して降伏の道を辿る者、あるいは刻一刻と変わる情勢を慎重に見極めながら態度を変える者など、混乱は極まった。昨日まで大内方の忠実な臣下であった者が、今日には尼子方の傘下に入るという光景があちこちで繰り広げられていたのである。それほどまでに、これまで中国地方全体を覆い尽くしていた既存の秩序というものは脆く儚い代物であった。
晴久は美作を掌握すると勢いを駆ってさらに兵を進め、ついには備前の地へとその手を伸ばしていった。備前に根を張る国衆たちもまた、押し寄せてくる尼子の圧倒的な大軍を前にして、己の生存を懸けて次々と身の振り方を決定していったのである。その地域の中心的な勢力であった浦上政宗もまた、情勢の推移を見定めた末に尼子に従う道を選択した。
こうして尼子家は、かつて吉田郡山城の戦いにおいて壊滅的な敗北を喫する以前に保持していた広大な影響力を、再び手中に収めつつあった。
いや、現実には以前の全盛期以上の凄まじい勢いをもって勢力を拡大していたと言っても過言ではない。
なぜなら現在の尼子家には、かつて一度も経験したことがないほどの強力な追い風が吹いていたからだ。
大内義隆の突然の死という大事件、それによって中国地方の中心部に生じた膨大な権力の空白、そしてその巨大な空白をいち早く埋めようとする野心家たちの激しい動きが噛み合ったのである。こうして中国地方の歴史は、再び凄まじい大波を起こしながら新時代に向けて大きく動き始めていた。
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ところで、この頃遠く離れた京の都に君臨する幕府の権力者たちは、この中国地方で繰り広げられている生々しい惨状や複雑な実情をどれほど正しく理解していたのだろうか?
その問いに対する答えは、後に幕府によって下されることとなった一つの重大な決定を観察することで如実に知ることができる。
大寧寺の変から半年以上が経ち、年が明けてしばらく経ったの四月二日、政治の中心地である京の都のある畿内において三好長慶が激しい権力闘争の末に細川晴元を打ち倒すことに成功していた。
長慶は自らの傀儡として細川氏綱を細川京兆家の当主の座へと就かせ、自らの権力を確固たるものにしようと策動していたのである。そして氏綱は将軍である足利義輝を巻き込む形で、地方の有力者である尼子晴久に対して極めて破格の新たな守護職を授与する決定を下した。
幕府から与えられた守護職の範囲は、出雲、隠岐、因幡、伯耆、備前、美作、備後、備中という実に広大な八ヶ国にも及ぶもので、それは一地方の領主に対して与えるにはあまりにも大きすぎる不自然な権威であり、尼子家が本来持っていた家格から考えれば異常とも言える待遇であった。
そもそも歴史を遡れば尼子家というものは出雲の守護代を務める家に過ぎず、本家筋である出雲京極家の嫡流が途絶えたことによって繰り上がる形で出雲の守護となった経緯がある。それだけでも地方の武士としては十分に破格かつ異例の出世であったのだが、今度は一気に八ヶ国の守護に任命されたのだ。しかもその指定された領域の中には、尼子が未だ十分な実効支配を確立できていない広大な土地まで含まれていた。
このような破格の補任を行った意図はいったいどこにあったのかと言えば、幕府としては混乱する中国地方に迅速に新たな秩序を取り戻すための深謀遠慮な策のつもりだったのかもしれない。尼子晴久という強い勢力に巨大な公式の権威を与えることで、各地で蠢く血生臭い国衆たちを服従させようと画策したのである。
尼子を中国地方における新たな秩序の中心軸として据えることができれば、大内家の崩壊によってもたらされた未曽有の混乱もやがて収束に向かうはずだと高括っていたのだろう。そして将来的には晴久に大軍を率いさせて上洛させ、弱体化した幕府の権力を補強するために働かせるという身勝手な絵図を描いていたに違いない。
しかしながら、その優雅な絵図面を御所で描いた者たちは、果たして過酷な戦乱が続く中国地方の泥深い土を踏んだことが一度でもあったのだろうか。激しい焦土戦によって焼け落ちた城郭の惨状をその目で直接見たことがあったのだろうか。
昨日まで固い契りを交わしていた味方の武将が、今日には簡単に敵へと寝返るという生々しく裏切りに満ちた現実の恐怖を知っていたのだろうか。兵糧が完全に底を突き、城に籠もる兵士たちが餓死に怯え、路頭に迷った領民たちが悲鳴を上げて逃げ惑う凄惨な光景を一度でも目撃したことがあったのだろうか。
恐らくは、そのような戦場の生々しい現実に触れたことなど一度たりともなかったのであろう。京の御所の中におわし、身の危険があれば南近江か朽木という別名将軍別荘地に逃げれるという環境で美しく描かれた地図を広げ、その紙の上に記された国々の名前を優雅に書き並べていただけに過ぎなかったのだ。
出雲、隠岐、因幡、伯耆、備前、美作、備後、備中という文字を筆で書き連ね、それを尼子晴久という男に与えてやれば、それだけで地方の国々が魔法のように治まると思い込んでいた。それは戦場の現実を知らぬ者たちによる、なんともおめでたく都合の良い妄想に過ぎなかったのである。
現実の土地というものは、美しい紙の上にしたためられた文字や記号などでは断じてない。そこには生身の人間が存在し、利害を異にする国衆たちがひしめき、命を懸けて仕える家臣たちがおり、日々を生きる農民たちが暮らしているのだ。それぞれが長い歴史の中で積み重ねてきた複雑な人間関係の縁があり、血で血を洗う深い怨念があり、譲ることのできない生々しい利害が渦巻いていたのである。
昨日まで大内家の威光に従っていた国衆たちが、都からの書状一枚で今日から尼子に従えと言われたからといって素直に首を縦に振るはずもなかった。ましてや今まさに尼子軍から容赦ない侵攻を受けて生命の危機に晒されている者たちに向かって不躾に声をかけたところで意味はない。
「そなたの国は尼子の守護領である」
などと都の将軍が宣ってみたところで、現実に命を狙われている現場の武士にとってみれば笑い話にもならなかった。腹が減れば目の前の飯を食うしかなく、敵から槍を向けられれば命を守るために槍を取って戦うしかないという当たり前の現実が存在していたのである。
そのような泥臭くも切実な人間の生き様すら、京の都で胡坐をかく者たちの目には全く見えていなかった。いや、正しく言えば自分たちの都合にそぐわない不都合な現実など端から見ようともしなかったのであろう。
自分たちの保身と権益にとって都合の良い架空の秩序だけを勝手に創り出し、それを格好つけて天下の秩序と称していたのだ。すべては幕府再興というお題目で己の権威を虚飾で飾り立て、己の立場を揺るぎないものとして守り抜くための勝手な都合による裁量に過ぎなかった。
その結果として現地でどれほど恐ろしい惨劇が巻き起こるかなど、都の者たちは露ほども考えようとはしなかったのである。
そして歴史の皮肉なことに、幕府が秩序を取り戻すという名目で与えた八ヶ国守護職という巨大な権威は、かえって中国地方の惨劇をより一層激化させる凶器となった。
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何はともあれ、尼子晴久は都から得たお墨付きという名の権威を最大限に利用し、自らの侵略行為と支配の拡張をどこまでも正当化していった。
「この土地は我らの守護領である」
晴久はそう高らかに宣言し、自らの意に従おうとしない地方の国衆たちを不法な占拠者として容赦なく排除し、力づくで踏み潰していったのである。
一方で、命と領地を脅かされる対立側の人々は激しい憤りを募らせていた。
なぜ縁もゆかりもない尼子の勝手な支配に従わねばならないのか、なぜ遠い京の都に将軍たちが自分たちの先祖代々の土地の運命を勝手に決めて良いのかという強い反発心が芽生えたのである。こうして尼子勢力と反尼子同盟の対立構造は修復不可能なほどにどこまでも深く泥沼化していった。
それほどの混乱を引き起こしておきながら、京の者たちはその凄惨な結果に対して何一つ責任を取ろうとはしなかった。紙の上においては八ヶ国の広大な土地が正式に尼子の所有物となったのだから、現実の世界もその通りになるはずであると思い込んでいたのかそうではなかったのか、どちらにせよろくでもない結果に帰結するのは自明の理であった。
そして尼子晴久という男は、都から与えられた守護職という権威を極めて狡猾かつ貪欲に利用し尽くした。正式な守護職を得た以上は、尼子の支配に対して反旗を翻す者や従わない者はすべて公式に不法に土地を占拠する逆賊として処断できる立場となったのである。
少なくとも晴久の主観と対外的な建前においては、反抗的な国衆たちをそのように正当に扱うことが可能となったのだ。ならば、支配を確立するために己がなすべき行動は極めて明確であり、迷う余地など存在しなかった。
晴久は大軍を動員し、未だ自らの支配が及んでいない地域へと積極的な兵の投入を開始した。
備中の深くへ、そして備後の奥深くへと、尼子家の誇る精鋭たちが怒涛の如く雪崩れ込んでいったのである。
しかしながら、そのような尼子家の破竹の快進撃と野心的な動きをただ黙って傍観している者ばかりではなかった。
その筆頭こそが、大内家を内部から掌握した陶晴賢である。
かつて陶隆房と名乗っていたこの猛将は、晴久の八ヶ国の守護職補任以前の段階から、すでに次に訪れるであろう尼子との激しい合戦を見据えて動いていた。
年が明けて二月の段階で晴久の不穏な動きをいち早く察知していた陶は、安芸や備後に対して絶大な影響力を保持している大内傘下の有力国人・毛利元就に対して密かに接触を図っていたのである。
元就自身もまた、膨張を続ける尼子の存在が自らの家に及ぼす致命的な脅威を誰よりも深く正確に理解していた。
陶の忠実な家臣である江良房栄、そして備中における極めて有力な国衆の一人である三村家親という存在があった。
この強力な三者を巧みに結びつけることで尼子軍の怒涛の侵攻を食い止める防波堤とする、それこそが智将として知られる元就が描いた高度な軍略であったのだ。
しかしながら、現実の戦というものはどれほど完璧な策を描いたからといって簡単に勝てるほど甘いものではなかった。大内家内部の情勢や混乱といった様々な事情が重なった結果、期待されていた援軍の手配は大幅に遅れることとなってしまったのである。
救援が滞っているその間にも、要衝である備中松山城には尼子が誇る大軍が刻一刻と迫り、完全に包囲陣を敷かれてしまっていた。城内に蓄えられていたはずの兵糧はすでに底を突きかけており、過酷な籠城戦の末にもはや降伏寸前という絶望的な状況へと追い詰められていたのである。
極限状態の中に置かれながらも、大内方の三村家親は必死に鼓舞し、庄某ら備中松山城に籠る将たちに対し、どうにか城を持ちこたえさせようと粘り強い説得を重ねていた。
「もう少し耐えてくれ」
「あと少しで大内殿が動いてくださる」
しかしながら、どれほど勇ましい言葉で書状を書き連ねたところで、兵士たちの空腹が満たされるわけではない。いくら必死に精神力を奮い立たせたところで、食べるものが完全に尽きてしまっては武器を持って戦うことなど物理的に不可能であった。
目前に迫る残酷な現実を前にして、三村家親の胸中に渦巻いていた焦燥と怒りはついに限界を超えて爆発した。
「大内は自分たちを見殺しにするつもりか!」
悲痛な叫びとも言えるその激しい怒りの声は、巡り巡って救援の策を練っていた毛利元就のもとへともたらされたのである。
元就はその切実な訴えが記された書状を受け取ると、深い沈思黙考に入り、長い間ただ沈黙を守り続けていた。
これまで大内家という巨大な存在のために命を懸けて戦い続けてきた各地の国衆たち、そして大内家を信じてその傘下にあり続けた忠実な人々が存在していたのだ。その人々が今や口々に自分たちは見捨てられたのだと失望の声を上げ、恨み節を呟いている。
義隆という偉大な当主が死に絶えたことによって崩れ去ったものは、単なる目に見える領土や境界線だけではなかった。人と人との間に長年にわたって存在していた、相手を信じても良いのだという根本的な信頼の感覚までが、勢いよく破綻へ向かっていたのである。
元就は意を決して静かに筆を取った。
そして盟友関係にある陶晴賢に向けて一通の書状をしたため始めたのである。
今この土壇場の状況において城を救うために真に必要なものは、単なる兵士の数だけではない。
敵の包囲を突破して備中松山城へと必要な食糧を買い集めて届けるための、莫大な金銭こそが必要不可欠であった。城内に十分な食糧を届けることさえできれば、絶望的な状況であっても城兵たちはまだ戦うことができると元就は踏んでいたのである。
しかしながら、知略を尽くして戦況を打開しようと試みる元就自身にとっても、戦場とは全く異なる予期せぬ場所で致命的な崩壊が始まりつつあった。
それも他ならぬ、自らが命を懸けて守ってきた毛利家という一つの家族の内部においてである。
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吉川元春と小早川隆景という、毛利家の未来を担う二人の姉妹の間には、目に見えて冷ややかな空気が流れていた。
元春という人物は、他者を裏切るような行為を何よりも激しく忌み嫌う潔い性格の持ち主である。卑怯な手段を使って利益を得ることを恥とし、一度交わした大切な縁を簡単に投げ捨てるような振る舞いを極めて強く嫌悪していた。
故に双子の姉をよく知る隆景にとっては、どうしても理解できない疑問が胸の中で大きく膨らんでいたのである。なぜ父である元就は、長年お世話になった大内義隆を裏切るような真似をしたのか、なぜ主君を殺した陶晴賢に味方する道を選んだのかという葛藤であった。
そして何よりも許せなかったのは、信頼する姉である元春がその裏の事情をすべて知っていながら、自分に対して何も打ち明けてくれなかったという事実である。
隆景にとって小早川家の当主として立つにあたり、大内義隆と大内家とは非常に深い絆と個人的な結びつきが存在していた。その恩義ある義隆を暴力によって討ち果した陶晴賢という男に対して、父は事もあろうに味方する道を選んだのだ。
長年にわたって大内家の庇護を受け続けてきたはずの毛利家が、恩人を平然と見限ったのである。兄である隆元もまた幼少期に人質として大内家に送られていたが、非常に大切に育てられ義隆の薫陶を受けた過去があった。
それほどの莫大な恩義を受けておきながら、義隆が落ち目になり弱り果てた瞬間に背を向けたことが隆景にはどうしても納得がいかなかったのである。しかし、そのような政治的な不満以上に隆景の心を深く傷つけたのは、他ならぬ姉が自分に対して嘘をつき続けていたという事実であった。
「……姉者」
静かではあるが、重く冷たい声が部屋の中に響いた。
元春はゆっくりと振り返り、妹の顔を見つめる。
「なんじゃ」
隆景は真っ直ぐな視線で姉の瞳をじっと見つめ返した。
その顔はいつものように感情を表に出さない無表情であったが、その奥底には隠しきれないほどの激しい怒りと悲しみが揺らめいていた。
「姉者は、裏切りを嫌っていたはずだ」
「……」
妹からの指摘を受け、元春の表情が一瞬にして硬直する。
「なのに、どうして私に嘘をついた」
「隆景、それは……」
「どうしてだ!」
静寂を切り裂くように、激しい叫び声が部屋全体に大きく響き渡った。
あまりの勢いに元春は驚きで目を見開く。
感情を荒らげた隆景自身もまた、己の口から出た予想外の大きな声に一瞬怯むほどの動揺を覚えていた。
しかしながら、一度溢れ出してしまった感情の波を今さら止めることなど誰にもできず、思わず思い出してしまった山口で出会った気のいい友人のことを思うとその感情はさらに爆発した。
「私は姉者に嘘を吐かれたことが…それがなにより悲しいんだ!」
もちろん隆景も心のうちではわかっている。姉はすでに吉川家を率いる立場であり、自身も姉と同じように小早川家を率いる立場である。隆景が当主となる以前から親義隆派であり、報せればどこから漏れるかわからない小早川家の自身に打ち明けなかったことも理解できる。しかし、感情というめんどくさい、もとい複雑なものの前ではそのような正論は通用しなかったのだ。
元春は怒鳴られて逡巡する。
さんざん悩んだ、決めたからには後悔しないとも決めた。しかし、妹から放たれた悲痛な叫びに対して、元春は返す言葉を見失い、ただ口をつぐむことしかできなかった。ひどく、後悔した。
父の指示に従って動いただけだったという言い訳や、家が生き残ることを最優先しただけだという弁明はすぐ頭に浮かんだ。複雑な政治の渦中に妹を巻き込みたくなかったからこそ黙っていたのだと、本心を説明すれば済む話であると思わなくもなかった。
しかしながら、どのような事情を並べ立ててみたところで、信頼していた身内から嘘をつかれた側の深い心の傷が消えてなくなるわけではなかったのである。
「……すまん」
長い沈黙の果てに、元春の口から漏れ出たのは消え入りそうな謝罪の言葉だけであった。
隆景は姉の顔から静かに視線を逸らした。
「謝ってほしいわけじゃない」
その声は、先ほどの激しい叫びが嘘のように深く沈んでいる。
「ただ……姉者は私のことを信じていると思っていた」
その絞り出すような一言は、元春の胸の奥深くに鋭い刃となって突き刺さった。
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命のやり取りが行われる激しい戦場においては、緻密な策を立てて実行に移せば一定の成果を得ることができた。敵が迫ってくれば知恵を絞って迎え撃ち、兵士の数が不足していれば各地からかき集めれば良い。
金銭が足りなくなればどうにかして工面する方法を考え出せば良いのであり、軍略家としての元就にとってはそれらの問題であればいくらでも解決策を見出すことができたのである。
しかしながら、移ろいやすく複雑な人の心というものだけは、戦場の軍略とは全く異なる理で動いていた。一度大きな亀裂が入って壊れてしまった人間同士の信頼関係は、どれほど優れた知恵や深い策謀を巡らせたところで簡単には元の形へ戻らない。
かつて北九州から中国地方に君臨していた大内家はあえなく崩壊し、その巨大な遺産の隙間を出雲の尼子が呑み込もうと蠢いていた。そして遠く離れた京の幕府は、現地の生々しい惨状を知らぬまま上から勝手に新しい秩序を構築した気になって満足していたのである。
各地の生き残りをかけた国衆たちは、己の保身と利害だけを優先して昨日までの味方を裏切り、今日の敵と手を取り合う惨状を繰り返していた。そしてその制御不能な混乱の波は、ついに毛利家という一つの堅固であったはずの家族の内部にまで容赦なく侵入を果たしていたのである。
国という巨大な枠組みが音を立てて崩れ去っていく。
家という人の集まりが内部から崩れていく。
そして人と人との間に存在していた最も根幹たる信頼関係が崩れていくのだった。
誰もが自らの行為こそが正義であると誇らしげに掲げ、自らの利益だけをどこまでも追求し、己の命と家を守るためだけに必死に生き残りを模索していたのである。
そうして悲しいかな、少しずつ、しかし確実に。
かつてこの地に当たり前のように存在していた平和や絆という大切なものが、音を立てて壊れ去っていった。
戦乱の只中にあって比較的安定していた中国地方の地は、もはや二度と元の姿へと戻ることはない不可逆の乱世へと完全に落ち込んでいたのである。
隆景:姉に頼ってもらえなくて悲しい
元春:妹を思うあまりその気持ちを裏切ってしまった
元就:胃に穴あきそう(安芸だけに)
SUE:備中?知らんわそんなの
今宵はここまでにいたしとうございまする。
読んでいただきありがとうございました。