白銀の雪原。
「帝釈天」と「九頭龍の雷」によって大きく抉られた大地に、吹雪が舞っていた。
獪岳は刀を握ったまま、童磨を睨んでいる。
「……」
肩で息をする。
腕には僅かな震え。
それでも、刀だけは決して下ろさない。
隣では、カナエも構えていた。
「獪岳さん」
「ああ」
「次は、私も前に出ます」
「無理をするな」
「無理ではありません」
カナエは微笑んだ。
「二人で戦うために来たんですから」
「……分かった」
獪岳は小さく頷いた。
「なら、合わせるぞ」
「はい」
二人が同時に踏み込む。
「雷の呼吸――」
「花の呼吸――」
雷光と花弁のような斬撃が、左右から童磨へ迫る。
「おお……!」
童磨が扇を構える。
「いい連携だね!」
――ガキィィン!!
獪岳の刀と童磨の扇が激突。
その隙を狙い、カナエが懐へ入る。
「花の呼吸――!」
童磨が後退する。
「おっと!」
カナエの刀が頬を掠めた。
「……!」
童磨の頬から血が流れる。
「やった!」
しかし。
「まだだ!」
獪岳が追撃する。
「迅雷・閃々!」
雷光が雪原を駆ける。
一閃。
二閃。
三閃。
童磨の身体に次々と斬撃が刻まれる。
「……!」
童磨が後退する。
「速い……!」
その一瞬。
カナエが童磨の背後へ回った。
「――今です!」
獪岳が叫ぶ。
「合わせる!」
二人の刀が、同時に童磨の首へ迫る。
「――!」
童磨の笑顔が消えた。
「血鬼術――」
扇を大きく開く。
「凍て曇!」
猛烈な冷気が爆発した。
「ぐっ……!」
「……っ!」
獪岳とカナエの身体が止まる。
ほんの一瞬。
それだけで十分だった。
童磨は身体を低く沈める。
「危ない危ない」
二人の刀を紙一重でかわした。
そして。
「残念だったね」
童磨が笑う。
二人の刃は――。
届かなかった。
「……!」
獪岳が振り返る。
「逃がすか!」
再び踏み込もうとする。
だが。
「獪岳さん!」
カナエが腕を掴んだ。
「待ってください!」
「離せ!」
「違います!」
カナエが叫ぶ。
「冷気が濃すぎます!」
獪岳は息を吸う。
「……!」
肺に冷気が入り込む。
胸の奥が焼けるように痛い。
「くっ……!」
「呼吸を止めて!」
カナエが叫ぶ。
「無理に吸わないで!」
「分かってる……!」
童磨はそんな二人を見ながら、静かに笑った。
「そうそう」
「……」
「僕の血鬼術の怖いところは、そこなんだよ」
扇をゆっくり振る。
「斬撃を避けるだけじゃない」
冷気がさらに広がる。
「呼吸することそのものが、命取りになる」
「……!」
獪岳の目が険しくなる。
カナエも胸元を押さえた。
「……っ」
呼吸が苦しい。
それでも。
「まだ……戦えます」
「カナエ」
「大丈夫です」
「嘘をつくな」
「……」
「お前の顔色で分かる」
獪岳は前へ出る。
「俺がやる」
「獪岳さん……」
「お前は後ろにいろ」
童磨が笑った。
「一人で僕に勝つつもり?」
「そうだ」
「さっきの技をもう一度使ったら?」
「……」
獪岳は黙る。
帝釈天。
九頭龍。
どちらも強力だ。
だが、今の身体で連発すれば限界を超える。
童磨はそれを理解している。
「使えないんだね」
「……」
「だったら――」
童磨が一歩踏み込む。
「今度は僕の番だ」
扇が振られる。
氷の刃が一斉に飛ぶ。
「――!」
獪岳が刀を振る。
「雷の呼吸!」
雷光が氷を砕く。
しかし。
「多い……!」
次々と氷が迫る。
「獪岳さん!」
カナエも刀を振る。
「花の呼吸――!」
二人で防ぐ。
だが。
一枚。
獪岳の肩を掠める。
「ぐっ!」
さらに一枚。
カナエの腕を切り裂く。
「……っ!」
「カナエ!」
「大丈夫です!」
二人は再び構える。
しかし。
童磨は笑っていた。
「二人とも、動きが鈍くなってきたね」
「……」
「そろそろ終わりかな?」
童磨が距離を詰める。
獪岳が迎え撃つ。
「まだ終わってない!」
「そう?」
――ガキィン!
刀と扇が激突。
獪岳が押し込む。
「……!」
「力は凄いね」
童磨が笑う。
「でも――」
扇が滑る。
「僕のほうが強い」
――ドンッ!
獪岳の身体が吹き飛ばされる。
「獪岳さん!」
雪の上を転がる。
獪岳はすぐに立ち上がる。
「……まだだ」
だが。
足元がふらつく。
「……っ」
カナエが支える。
「獪岳さん!」
「触るな……」
「もう限界です」
「まだ……」
「あなたまで倒れたら、誰がしのぶを守るんですか」
「……!」
その言葉に。
獪岳の動きが止まった。
「……しのぶ」
カナエは静かに言う。
「帰るのでしょう?」
「……ああ」
「なら、ここで無茶をしてはいけません」
獪岳は刀を見る。
刃は欠けてはいない。
だが。
自分の身体は限界へ近づいている。
「……俺は」
拳を握る。
「俺は、負けたくない」
「分かっています」
カナエは微笑む。
「だからこそ――」
刀を構える。
「次は私が時間を作ります」
「カナエ?」
「その間に、呼吸を整えてください」
「……駄目だ」
「大丈夫です」
「お前一人では――」
「一人ではありません」
カナエは獪岳を見る。
「あなたがいるから」
「……」
「だから、信じてください」
獪岳は黙った。
そして。
「……分かった」
カナエが前へ出る。
「ありがとうございます」
童磨が笑う。
「感動的だねぇ」
カナエは刀を構えた。
「あなたには分からないでしょうね」
「何が?」
「誰かを守りたいと思う気持ちなんて」
「……」
童磨の笑顔が僅かに止まる。
カナエは静かに息を整えた。
「花の呼吸――」
童磨へ向かって駆け出す。
「参ノ型!」
刀が舞う。
「――!」
童磨が扇で受ける。
「へぇ!」
カナエの斬撃が続く。
「まだまだ!」
童磨が後退する。
その背後。
獪岳が静かに立ち上がった。
荒い呼吸を整える。
「……」
刀を握り直す。
「……まだだ」
目に再び光が宿る。
「俺の刃は――」
雷が刀身に集まり始める。
「まだ届く」
しかし。
童磨の冷たい視線が、一瞬だけ獪岳を捉えた。
「……」
次の瞬間。
童磨の扇がカナエを大きく弾き飛ばした。
「――っ!」
カナエの身体が宙を舞う。
「カナエ!」
獪岳が叫ぶ。
その瞬間。
童磨が笑った。
「さて――」
獪岳へ向き直る。
「次は君の番だ」
雪原に。
再び殺気が満ちる。
届かなかった刃。
それでも――。
獪岳の戦意は、まだ消えていなかった。