吹雪の山中。
カナエの身体が雪の上を滑っていく。
「……っ!」
刀を支えに、どうにか立ち上がる。
「カナエ!」
獪岳が駆け寄ろうとする。
「来ないでください!」
カナエが叫んだ。
「……!」
「まだ……大丈夫です」
「その顔で何が大丈夫だ!」
獪岳の声が響く。
カナエは自分の手を見る。
指先が震えている。
肺も冷気に侵され、呼吸が苦しい。
それでも。
「私は……花柱ですから」
刀を握り直す。
「最後まで、鬼殺隊の柱として戦います」
「……」
獪岳は何も言えなかった。
その時。
「素晴らしいねぇ」
童磨が二人を見つめていた。
「本当に、君たちは立派だよ」
「……」
「でもね」
童磨が扇を開く。
「もう限界でしょう?」
冷気が広がる。
「次の攻撃で終わりにしてあげる」
「……させません」
カナエが前へ出る。
「お前を……」
刀を構える。
「ここから先へは、絶対に行かせません」
「ふふ」
童磨が笑う。
「じゃあ、最後まで頑張ってみようか」
次の瞬間。
童磨が消えた。
「――!」
カナエが振り向く。
扇が迫る。
「花の呼吸――!」
刀で受ける。
――ガキィン!
しかし。
「重い……!」
童磨がさらに力を込める。
「もう少しだよ」
「……っ!」
カナエの膝が沈む。
「カナエ!」
獪岳が踏み込む。
「雷の呼吸――!」
「獪岳さん!」
童磨が笑う。
「遅い」
扇が振り抜かれる。
「――!」
カナエの身体が大きく吹き飛んだ。
「カナエ!」
獪岳が追う。
だが。
「血鬼術――」
童磨の周囲に氷の花が咲く。
「凍て曇」
「……!」
冷気が獪岳を包み込む。
「ぐっ……!」
肺が凍るような痛み。
それでも。
「どけぇぇぇ!」
雷光が爆発する。
氷を斬り裂き、童磨へ迫る。
「おお!」
童磨が避ける。
その隙に獪岳はカナエのもとへ駆け寄った。
「カナエ!」
「……獪岳さん」
「立てるか?」
「……少し、難しいですね」
カナエは苦笑した。
「なら俺が――」
「獪岳さん」
カナエが彼の袖を掴む。
「聞いてください」
「何だ」
「しのぶを……」
「……?」
カナエは静かに微笑む。
「しのぶを……よろしくね」
「……!」
獪岳の目が見開かれる。
「何を言っている」
「私にもしものことがあったら――」
「縁起でもないことを言うな!」
「聞いてください」
カナエは穏やかな声で続ける。
「しのぶは、強い子です」
「……ああ」
「でも、本当はとても繊細で……」
カナエの目に、姉としての優しさが浮かぶ。
「無理をして笑ってしまうところがあります」
「……知っている」
「そうですか」
カナエは嬉しそうに笑った。
「なら、安心しました」
「何がだ」
「あなたなら……しのぶの本当の気持ちを分かってあげられる」
「……」
「私よりもずっと近くで、しのぶを見てくれる人だから」
獪岳は唇を噛む。
「そんな話は――」
「私は、あなたを信じています」
カナエは獪岳の手を握った。
「だから……」
「……」
「しのぶを、よろしくね」
獪岳の拳が震える。
「……ああ」
低い声。
「分かった」
「獪岳さん……」
「絶対に守る」
獪岳はカナエを見つめる。
「お前がそんなことを言わなくても――」
刀を握る。
「俺は、しのぶを守る」
「……」
「それに」
獪岳は立ち上がる。
「お前も守る」
「……!」
「勝手に死ぬな」
カナエは目を見開いた。
「……ふふ」
そして。
「はい」
小さく頷いた。
「約束します」
その時。
「感動的だねぇ」
童磨の声が響く。
二人が振り返る。
童磨が扇を手に立っている。
「でも――」
笑顔。
「その約束、守れるかな?」
獪岳の目が変わる。
「……童磨」
雷が刀身を包む。
「お前は――」
一歩。
「俺の大切な人たちに、手を出しすぎた」
二歩。
「しのぶも」
さらに雷が強くなる。
「カナエも」
三歩。
「もう許さない」
カナエはその背中を見つめる。
「獪岳さん……」
雷鳴。
雪原が震える。
童磨が笑う。
「へぇ……」
「今までとは違うね」
獪岳の瞳には、怒りだけではない。
守るという意志が宿っていた。
「雷の呼吸――」
童磨が構える。
「来るかい?」
獪岳も構える。
「ああ」
「今度こそ――」
雷光が弾ける。
「お前の首を斬る」
そして。
一筋の雷鳴が、白銀の雪原を駆け抜けた。
その背中を見つめながら。
カナエは静かに微笑んだ。
「……しのぶ」
「あなたには……」
小さく呟く。
「素敵な人がいるからね」
――第104話・終――