白銀の雪原。
吹き荒れる吹雪の中、カナエは刀を杖代わりに立っていた。
「……」
目の前では、獪岳と童磨が再び激突している。
「雷の呼吸――!」
雷鳴が轟く。
「迅雷・閃々!」
獪岳の姿が一瞬で消えた。
「速いねぇ!」
童磨が扇を振る。
雷光と氷が激突し、雪原を白と青の光が駆け抜ける。
「……」
カナエはその戦いを見つめていた。
そして。
自分の胸に手を当てる。
先ほどの言葉が頭から離れない。
――しのぶを、よろしくね。
「……」
カナエは静かに目を閉じた。
しのぶ。
幼い頃から、ずっと一緒だった妹。
姉の背中を追いかけ。
姉の笑顔を真似して。
いつしか、自分よりも強くなった妹。
けれど。
「……あの子は」
カナエは小さく呟く。
「まだ、無理をしてしまう」
怒りを抱えていても笑う。
悲しくても笑う。
苦しくても笑う。
それが、しのぶの優しさだった。
「だから……」
カナエは刀を握る。
「私は約束する」
もう一度、立ち上がった。
「絶対に生きて帰る」
その瞳に、強い光が宿る。
「しのぶに……直接伝えなければ」
その瞬間。
「――カナエ!」
獪岳の声。
カナエが顔を上げる。
「!」
童磨の氷の刃が、獪岳の脇を抜けてこちらへ飛んできていた。
「……!」
カナエは反射的に刀を振る。
――ガキィン!
氷の刃を弾き飛ばす。
「危ない!」
獪岳が駆け寄る。
「大丈夫か!」
「はい」
カナエは微笑む。
「もう、大丈夫です」
「……?」
「少しだけ、迷っていました」
「何を?」
カナエは獪岳を見る。
「生きることを」
「……」
「もし私がここで死んだら、しのぶはどうなるのか」
獪岳は黙って聞いている。
「でも……」
カナエは刀を構える。
「やっぱり、死ねません」
「当然だ」
獪岳は即答した。
「生きて帰るぞ」
「はい」
二人の視線が重なる。
「約束です」
「ああ」
その時。
「いい話だねぇ」
童磨が二人を見つめていた。
「生きて帰る約束かぁ」
「……」
「でも残念」
童磨の扇が開く。
「僕がいる限り、そんな約束は――」
冷気が広がる。
「守れないよ」
カナエの瞳が鋭くなる。
「……いいえ」
「ん?」
カナエは刀を構えた。
「守ります」
「どうやって?」
「私には――」
一歩踏み出す。
「守りたい人がいるから」
童磨が笑う。
「またそれ?」
「ええ」
カナエは微笑む。
「あなたには分からないでしょうね」
「誰かを大切にする気持ち?」
「そうです」
「僕だって大切にしてるよ?」
「……」
カナエは童磨を真っ直ぐ見つめる。
「あなたが言う『大切』と、私たちの言う『大切』は違います」
「へぇ」
「あなたは人を食べる」
「うん」
「私たちは人を守る」
刀を握り直す。
「だから、絶対に相容れません」
「なるほどねぇ」
童磨は笑う。
「じゃあ、どちらが正しいか――」
扇を構える。
「戦って決めようか」
「望むところです」
カナエが踏み込む。
「花の呼吸――」
獪岳も並ぶ。
「雷の呼吸――」
二人が同時に駆ける。
「行きます!」
「合わせろ!」
「はい!」
花弁のような斬撃。
雷光のような一閃。
二つの刀が、童磨へ迫る。
「――!」
童磨が扇で受ける。
――ガキィィン!
「くっ……!」
童磨が後退する。
「……!」
「今です!」
カナエが叫ぶ。
獪岳が踏み込む。
「迅雷・閃々!」
雷光。
童磨の身体に斬撃が走る。
「――ッ!」
童磨が飛び退く。
しかし。
「逃がしません!」
カナエが追う。
「花の呼吸――」
斬撃が舞う。
童磨が防ぐ。
「凄いねぇ!」
「まだです!」
カナエはさらに踏み込む。
「私は――」
刀を振り抜く。
「約束したんです!」
童磨の扇を弾き飛ばす。
「しのぶのところへ帰るって!」
童磨の表情が変わる。
「……!」
カナエの刀が、童磨の首へ迫る。
「――ッ!」
しかし。
あと僅か。
童磨が身体を反らす。
刃は首を掠めるだけだった。
「惜しい!」
童磨が笑う。
「あと少しだったね!」
「……!」
カナエは悔しそうに唇を噛む。
獪岳が横から斬り込む。
「なら――」
雷光。
「俺が届かせる!」
童磨が扇を構える。
「来い!」
――ガキィィィン!!
三者の刃と扇が激突する。
そして。
獪岳の雷とカナエの花が、再び一つの攻撃となった。
「約束は――」
カナエが叫ぶ。
「絶対に守ります!」
「だから――」
獪岳も叫ぶ。
「お前はここで死ぬな!」
「はい!」
二人の声が重なる。
その声は。
遠く離れた蝶屋敷まで届くことはなかった。
しかし。
その約束だけは。
二人の胸の中に、確かに刻まれていた。
――必ず、生きて帰る。
それが。
花柱・胡蝶カナエが、この夜に立てた約束だった。