白銀の雪原。
吹雪の中、童磨と二人の柱は激しく刃を交えていた。
「はぁ……はぁ……」
カナエの呼吸が乱れる。
冷気に侵された肺が悲鳴を上げていた。
それでも、刀を握る手だけは緩めない。
「カナエ!」
獪岳が叫ぶ。
「もう下がれ!」
「まだ……戦えます!」
「嘘をつくな!」
獪岳が童磨の扇を弾き飛ばす。
「お前の足元を見ろ!」
「……!」
カナエは自分の足を見る。
膝が震えている。
「……私は」
「十分戦った」
獪岳は童磨から目を離さない。
「ここからは俺がやる」
「でも……」
「約束しただろ」
「……!」
「生きて帰るって」
カナエは目を見開く。
先ほど交わした言葉。
――必ず、生きて帰る。
「……はい」
カナエは小さく頷いた。
その瞬間。
「逃がすと思う?」
童磨が扇を振る。
無数の氷の刃が二人へ襲い掛かる。
「――!」
獪岳が刀を振る。
「雷の呼吸!」
雷光が氷を斬り裂く。
しかし。
一枚だけ。
獪岳の脇をすり抜けた。
「カナエ!」
「――っ!」
カナエが避ける。
だが、足がもつれた。
「……!」
身体が雪の上へ倒れる。
童磨が一瞬で距離を詰めた。
「終わりだね」
扇が振り下ろされる。
「させるか!」
獪岳が割り込む。
――ガキィィン!
扇と刀が激突。
獪岳の身体が押し込まれる。
「ぐっ……!」
「邪魔だなぁ」
童磨が力を込める。
「君から先に――」
「……舐めるな!」
獪岳の身体から雷光が爆発した。
「雷鳴――!」
童磨が後退する。
その隙に。
「カナエ!」
獪岳が振り返る。
「立てるか!」
「……はい」
しかし。
カナエは立ち上がれない。
「……すみません」
「謝るな!」
獪岳は刀を地面に突き立てる。
「ここは俺が――」
「いいえ」
カナエが首を横に振る。
「二人で帰るんです」
「……!」
「だから、私も最後まで戦います」
カナエは刀を握り直した。
「ただ……」
「?」
「少しだけ、あなたの力を借りてもいいですか?」
獪岳は一瞬だけ目を見開く。
そして。
「……ああ」
カナエへ手を差し出した。
「掴まれ」
カナエはその手を握る。
獪岳が引き起こす。
「ありがとうございます」
「礼は帰ってから聞く」
「ふふ……そうですね」
二人が再び並び立つ。
童磨はその光景を見ながら笑った。
「本当に仲がいいねぇ」
「……」
「でも、二人とももう限界でしょう?」
「そうだな」
獪岳が答える。
「だから――」
刀身に雷が集まる。
「ここで終わらせる」
「……!」
童磨が構える。
「来るかい?」
「カナエ!」
「はい!」
「一度だけだ」
獪岳の声が低くなる。
「俺の雷に合わせろ」
「分かりました」
二人は呼吸を合わせる。
花の呼吸。
雷の呼吸。
異なる二つの呼吸が、互いの動きを補い始める。
「雷の呼吸――」
獪岳が踏み込む。
「迅雷・閃々!」
「花の呼吸――!」
カナエも同時に駆ける。
「弐ノ型・御影梅!」
童磨が迎え撃つ。
「血鬼術――凍て曇!」
猛烈な冷気が吹き荒れる。
「――!」
獪岳の雷が冷気を切り裂く。
その隙を、カナエの刃が抜ける。
「……!」
童磨の扇が弾かれた。
「なっ――!」
カナエの刀が、童磨の首へ迫る。
「今です!」
獪岳が叫ぶ。
「斬れ!」
「はい!」
カナエが刀を振り抜く。
――ザンッ!!
童磨の首に刃が食い込む。
「――!」
しかし。
完全には斬れない。
童磨が寸前で身体を捻ったため、刃は首の半ばで止まった。
「惜しい!」
童磨が笑う。
だが。
「それで十分だ」
獪岳の声。
「――!」
雷光。
獪岳の刀が、童磨の首へ走る。
「雷の呼吸――九頭龍の雷!」
九本の雷撃が一斉に走った。
――轟轟轟轟轟轟轟轟轟!!
童磨の身体が吹き飛ぶ。
首に食い込んでいたカナエの刃も、雷撃の衝撃でさらに深く入る。
「――ッ!」
童磨の首が大きく裂ける。
そして。
「……!」
カナエの刀が抜けた。
童磨は大きく後退する。
「……まさか」
童磨の表情から、初めて余裕が消えた。
「僕が……押されている?」
獪岳は息を整える。
「これが――」
刀を構える。
「二人の柱の力だ」
童磨の首の傷は再生を始めている。
しかし、その再生速度は明らかに遅い。
「……!」
カナエも気づいた。
「獪岳さん」
「ああ」
「効いています」
「そうだ」
獪岳は頷く。
「あと少しだ」
しかし。
その言葉を聞いたカナエの身体が大きく揺れた。
「……っ」
「カナエ!」
獪岳が支える。
「もう限界だ」
「……でも」
「もういい」
獪岳はカナエを背負った。
「獪岳さん……?」
「俺が運ぶ」
「ですが……童磨が」
「心配するな」
獪岳は童磨を睨む。
「こいつは俺が止める」
「……」
「お前は生きろ」
カナエはしばらく黙っていた。
そして。
「……分かりました」
獪岳の背中に身を預ける。
「お願いします」
「ああ」
その時だった。
遠くから複数の足音が響いた。
「――!」
獪岳が振り返る。
山道の向こう。
鬼殺隊の隊士たちが駆けてくる。
「鳴柱様!」
「花柱様!」
「援軍です!」
獪岳は僅かに目を見開いた。
「……遅かったな」
「申し訳ありません!」
「いや」
獪岳はカナエを見る。
「ちょうどいい」
そして隊士たちへ告げる。
「花柱を連れて下山しろ」
「ですが、鳴柱様は?」
「俺は残る」
カナエが顔を上げる。
「獪岳さん」
「大丈夫だ」
「……必ず帰ってきてください」
「ああ」
「約束ですよ」
「約束だ」
カナエは微笑んだ。
そして隊士たちに支えられながら、ゆっくり山を下りていく。
獪岳はその背中を見送った。
「……これでいい」
振り返る。
そこには。
首の傷を再生させながら立つ童磨。
「……逃がしたね」
「ああ」
「花柱を」
「ああ」
「どうして?」
獪岳は刀を構える。
「俺が柱だからだ」
雷光が走る。
「仲間を守るのが、柱の役目だ」
童磨が笑う。
「じゃあ――」
扇を開く。
「君一人で僕を倒すつもり?」
獪岳の瞳が鋭くなる。
「そのつもりだ」
「面白いねぇ」
「俺には――」
雷鳴が轟く。
「帰りを待っている女がいる」
獪岳は刀を握り締める。
「だから、絶対に負けない」
その頃。
山を下るカナエは、静かに空を見上げていた。
雪の向こうに。
一筋の雷光が走る。
「……獪岳さん」
カナエは小さく微笑んだ。
「ありがとう」
そして。
胸の中で、もう一度だけ誓う。
――必ず、生きて帰る。
この夜。
本来なら失われるはずだった花柱の命は。
鳴柱・獪岳の雷によって、救われた。
そして運命は。
大きく変わり始めていた。