深夜の山中。
カナエが鬼殺隊の隊士たちに支えられ、山を下っていく。
何度も振り返りながら。
「……」
その胸には、ひとつの不安があった。
獪岳。
彼はまだ、あの鬼と戦っている。
「……大丈夫」
カナエは自分に言い聞かせる。
「獪岳さんなら……」
だが。
その声は僅かに震えていた。
一方。
山の奥では――。
「どうしたの?」
童磨が笑っている。
「さっきまでの勢いは?」
獪岳は刀を構えたまま、静かに立っていた。
「……」
息は荒い。
肩の傷も深い。
帝釈天。
九頭龍。
迅雷・閃々。
強力な技を何度も使った身体は、限界に近づいている。
それでも。
「……まだだ」
獪岳は呟く。
「俺は……負けない」
童磨が首を傾げる。
「どうして?」
「……」
「もう仲間はいないよ」
「……」
「一人きりだ」
童磨は笑う。
「なら、無理して戦う必要なんてないんじゃない?」
獪岳の眉が僅かに動く。
「君も、誰かを失ったことがあるんだろう?」
「……!」
童磨の言葉。
「鬼になった理由も、きっと復讐なんじゃない?」
「黙れ」
「怒ってるね」
「黙れ!」
獪岳の周囲に雷が弾ける。
「君のその怒り――」
童磨は楽しそうに笑う。
「僕は嫌いじゃないよ」
「……」
「怒りや憎しみって、とても強い感情だからね」
獪岳は刀を握り締める。
「……違う」
「ん?」
「俺は――」
雷光が弱まる。
「憎しみだけで戦っているんじゃない」
童磨の笑顔が僅かに止まる。
「……へぇ」
獪岳は目を閉じる。
脳裏に浮かぶ。
しのぶの笑顔。
カナエの笑顔。
そして。
仲間たちの姿。
「昔の俺は……」
静かに語る。
「何もかもが気に入らなかった」
自分より強い者。
自分より恵まれた者。
自分を見下す者。
「だから、強くなりたかった」
雷が僅かに揺れる。
「誰にも負けないために」
「誰にも馬鹿にされないために」
「……」
「怒りを力に変えた」
童磨は笑う。
「それは悪いことじゃないよ」
「……そうかもしれない」
獪岳は目を開く。
「だが――」
刀を握る。
「今の俺は違う」
「どう違うの?」
「守りたいものがある」
「……」
「しのぶがいる」
「カナエもいる」
そして。
「俺を信じてくれる仲間がいる」
獪岳の雷が、再び強くなる。
「だから俺は――」
童磨を睨む。
「復讐のためだけには戦わない」
童磨が首を傾げる。
「でも、僕を殺したいんでしょう?」
「ああ」
「それは復讐じゃないの?」
「違う」
獪岳は即答した。
「これは――」
一歩踏み込む。
「守るための戦いだ」
童磨の表情から笑みが消えた。
「……」
獪岳の声が響く。
「俺が怒っているのは、お前が人を殺したからだ」
「お前がカナエを傷つけたからだ」
「しのぶたちの大切なものを奪おうとしたからだ」
刀身に雷光が集まる。
「俺の怒りは――」
雷鳴が轟く。
「誰かを守るために使う」
童磨が笑う。
「綺麗事だねぇ」
「そうかもな」
獪岳は構える。
「だが――」
「俺はそれでいい」
童磨が扇を開く。
「なら、見せてよ」
「君のその『守る力』を」
「……ああ」
獪岳が踏み込む。
「雷の呼吸――」
雷光が雪原を走る。
「迅雷・閃々!」
童磨が迎え撃つ。
「血鬼術――凍て曇!」
雷と氷が激突する。
――ドォォォン!!
獪岳は吹き飛ばされる。
しかし。
すぐに立ち上がる。
「……!」
童磨が目を細める。
「まだ来るの?」
「ああ」
獪岳は刀を構える。
「何度でもだ」
再び雷光。
「俺は――」
一歩。
「復讐のために強くなった男じゃない」
二歩。
「誰かを守るために――」
三歩。
「強くなった男だ!」
――轟ッ!!
雷鳴と共に、獪岳が童磨へ突撃する。
その頃。
山を下っていたカナエは、遠くで雷鳴を聞いた。
「……」
足を止める。
「獪岳さん……」
隊士が声をかける。
「花柱様?」
カナエは空を見上げる。
そして。
微笑んだ。
「……もう、大丈夫ですね」
「え?」
「彼の雷は……」
カナエは静かに呟く。
「もう、復讐のための雷ではありません」
その瞳には確かな信頼があった。
「誰かを守るための雷です」
再び雷鳴が響く。
その音は。
かつて怒りと憎しみに満ちていた獪岳の心が。
少しずつ変わり始めた証だった。
そして山の奥では――。
「来い、童磨!」
鳴柱・獪岳が吠える。
「俺はもう――」
雷光を纏った刀を振り上げる。
「憎しみに負けない!」
――轟ッ!!
白銀の夜空を。
一筋の雷が駆け抜けた。