『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第11話 俺は、もう誰も裏切らない

夜。

 

寺の中は、すっかり静まり返っていた。

 

子供たちは眠っている。

 

悲鳴嶼行冥も、いつものように静かに座禅を組んでいる。

 

そして――。

 

「…………」

 

獪岳は一人、縁側に座っていた。

 

月を見上げる。

 

数日前までなら、この時間が嫌いだった。

 

夜になると、どうしても思い出してしまう。

 

原作の未来。

 

寺。

 

鬼。

 

子供たちの死。

 

悲鳴嶼への疑念。

 

そして――自分自身の裏切り。

 

「……俺は」

 

獪岳は拳を握った。

 

「本当に、あんな未来になるのか?」

 

答えは分かっている。

 

なる。

 

何もしなければ。

 

自分が何も変えなければ。

 

原作の獪岳は、寺を出る。

 

そして鬼殺隊へ。

 

善逸と出会い。

 

やがて――。

 

鬼になる。

 

「……ふざけんな」

 

低く呟く。

 

「そんな未来、絶対に認めねぇ」

 

だが。

 

問題は未来だけではない。

 

自分自身だ。

 

「俺は……獪岳だ」

 

前世の記憶を持っている。

 

朝比奈珀空亜として生きた記憶。

 

その理性がある。

 

だからこそ。

 

今までの自分とは違う。

 

――そう思っていた。

 

けれど。

 

時々。

 

胸の奥から、獪岳本来の感情が湧き上がる。

 

負けたくない。

 

認められたい。

 

自分だけが損をするのは嫌だ。

 

他人より上に立ちたい。

 

「……やっぱり」

 

獪岳は苦笑した。

 

「根っこは変わってねぇな」

 

だったら。

 

どうする?

 

「…………」

 

答えは決まっている。

 

変える。

 

自分自身を。

 

その時。

 

「眠れないのか?」

 

背後から声がした。

 

「……悲鳴嶼さん」

 

悲鳴嶼が隣に座る。

 

「何か悩みがあるようだな」

 

「…………」

 

獪岳は少し迷った。

 

だが。

 

「……俺」

 

口を開く。

 

「俺、昔の自分が嫌いです」

 

悲鳴嶼は黙って聞いている。

 

「すぐ怒るし」

 

「…………」

 

「負けるのが嫌で」

 

「…………」

 

「人に認められたくて」

 

「…………」

 

「自分が損するのが嫌で……」

 

獪岳は俯いた。

 

「そのまま行ったら、いつか……大切な奴まで裏切りそうで」

 

悲鳴嶼の表情が変わる。

 

「獪岳」

 

「はい」

 

「お前は、既に変わり始めている」

 

「……でも」

 

「それでも不安か?」

 

「……はい」

 

獪岳は正直に答えた。

 

「怖いんです」

 

「何が?」

 

「俺自身が」

 

悲鳴嶼は静かに数珠を握った。

 

「ならば」

 

「……?」

 

「約束をすればいい」

 

「約束?」

 

「ああ」

 

悲鳴嶼は獪岳を見る。

 

「自分自身に」

 

獪岳は黙った。

 

「誰かを裏切りそうになった時」

 

「…………」

 

「思い出せ」

 

悲鳴嶼は寺の中を指差した。

 

「ここにいる者たちを」

 

「…………」

 

「お前を兄と慕う子供たちを」

 

「…………」

 

「お前を信じる私を」

 

「…………」

 

「そして」

 

悲鳴嶼は獪岳の胸を指した。

 

「自分自身を」

 

獪岳は息を呑んだ。

 

「自分を……?」

 

「ああ」

 

「俺自身を?」

 

「お前が自分自身を裏切れば、誰かを守ることもできなくなる」

 

獪岳は黙っていた。

 

そして。

 

ゆっくり立ち上がった。

 

「……分かりました」

 

「何をする?」

 

獪岳は夜空を見る。

 

「誓います」

 

拳を握る。

 

「俺は、もう誰も裏切らない」

 

その声は。

 

小さい。

 

だが。

 

迷いはなかった。

 

「寺の皆を裏切らない」

 

一つ。

 

「悲鳴嶼さんを裏切らない」

 

二つ。

 

「いつか出会う仲間を裏切らない」

 

三つ。

 

「善逸を裏切らない」

 

四つ。

 

まだ会っていない。

 

けれど。

 

必ず出会う。

 

「そして――」

 

獪岳は胸に手を当てた。

 

「俺自身も裏切らない」

 

悲鳴嶼は目を閉じた。

 

「南無阿弥陀仏……」

 

そして。

 

「良い誓いだ」

 

「……はい」

 

「だが」

 

「?」

 

「一つだけ付け加えよう」

 

悲鳴嶼は優しく言った。

 

「もし、過ちを犯した時は」

 

「…………」

 

「その時は、謝ればいい」

 

獪岳が目を見開く。

 

「……謝る?」

 

「ああ」

 

「俺が?」

 

「誰でも間違える」

 

「…………」

 

「裏切らないという誓いは、決して一度も間違えないという意味ではない」

 

悲鳴嶼は穏やかに続けた。

 

「間違えた時に、逃げずに向き合うということだ」

 

獪岳の胸に。

 

その言葉が深く染み込んだ。

 

「…………」

 

――そうか。

 

自分はずっと。

 

「絶対に失敗しない人間にならなきゃいけない」

 

と思っていた。

 

だから。

 

失敗した時。

 

それを認められなくなった。

 

負けた時。

 

誰かのせいにした。

 

そして。

 

最後には――。

 

鬼になった。

 

「……逃げない」

 

獪岳は呟く。

 

「間違えたら、認める」

 

「うむ」

 

「謝る」

 

「うむ」

 

「それでも駄目なら……」

 

獪岳は拳を握った。

 

「もう一度、やり直す」

 

悲鳴嶼が頷く。

 

「それでいい」

 

その時。

 

寺の奥から小さな声がした。

 

「……獪岳兄ちゃん?」

 

「!」

 

子供の一人が眠そうな顔で立っていた。

 

「どうした?」

 

「怖い夢……」

 

「……そうか」

 

獪岳は立ち上がる。

 

「こっち来い」

 

子供が近づく。

 

獪岳はしゃがみ込み、その頭を撫でる。

 

「もう大丈夫だ」

 

「……本当?」

 

「ああ」

 

「獪岳兄ちゃんがいる?」

 

「いる」

 

「悲鳴嶼さんも?」

 

「いる」

 

「……じゃあ、寝る」

 

「ああ。おやすみ」

 

子供を布団へ戻す。

 

戻ってきた獪岳に、悲鳴嶼が声をかける。

 

「優しいな」

 

「……やめてください」

 

「何故だ?」

 

「恥ずかしい」

 

「そうか」

 

悲鳴嶼は微笑む。

 

獪岳も小さく笑った。

 

そして。

 

もう一度、夜空を見上げる。

 

「俺は、もう誰も裏切らない」

 

それは。

 

過去の自分への決別。

 

そして。

 

未来の自分への約束だった。

 

――数年後。

 

獪岳は鬼殺隊に入り。

 

善逸と出会い。

 

仲間たちと戦い。

 

胡蝶しのぶと出会う。

 

その全ての根っこに。

 

この夜の誓いがあった。

 

「……今度こそ」

 

獪岳は呟く。

 

「最後まで、人間として生きてやる」

 

月明かりが。

 

少年の横顔を静かに照らしていた。

 

【大正コソコソ噂話】

 

「俺は、もう誰も裏切らない」と誓った翌日。

 

獪岳は朝食の席で、子供の一人から饅頭を一つもらった。

 

「獪岳兄ちゃん、あげる!」

 

「……俺に?」

 

「うん!」

 

「じゃあもらう」

 

ところが。

 

別の子供がやって来た。

 

「獪岳兄ちゃん、僕にも半分ちょうだい!」

 

「…………」

 

獪岳は饅頭を見る。

 

子供を見る。

 

そして。

 

「……仕方ねぇな」

 

半分に割る。

 

「ほら」

 

「ありがとう!」

 

さらに別の子供。

 

「僕にも!」

 

「お前もかよ!」

 

結局。

 

一個の饅頭を五人で分けることになった。

 

獪岳は最後に残った小さな欠片を食べながら、

 

「……俺、柱になる前に餓死するんじゃねぇか?」

 

と呟いた。

 

その様子を見ていた悲鳴嶼は、

 

「南無阿弥陀仏……」

 

と、静かに笑っていたという。

 

――大正コソコソ噂話・終。

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