蝶屋敷。
竈門炭治郎が運び込まれてから、数日が経っていた。
「はぁ……」
縁側で、炭治郎が深く息を吐く。
「身体が全然動かない……」
「無茶をしたんでしょうね」
隣で薬を整理していたしのぶが微笑む。
「しばらく安静にしてください」
「はい……」
炭治郎は素直に頷いた。
その時。
「――いやぁぁぁぁぁ!!」
屋敷の外から、凄まじい叫び声が響いた。
「……?」
炭治郎が振り返る。
「何ですか、今の?」
しのぶはため息をついた。
「また来たんでしょうね」
「また?」
「最近、よく来る患者さんです」
「患者……?」
次の瞬間。
「死にたくないぃぃぃ!!」
廊下を、一人の少年が猛スピードで走ってきた。
金髪。
大きな声。
そして――泣いている。
「女の子がいるぅぅぅ!!」
「……」
炭治郎が固まる。
少年はしのぶを見つけた瞬間、勢いよく立ち止まった。
「美人!」
「……」
しのぶの笑顔が少し引きつる。
「あなた、病人ですよね?」
「はい!」
「なら、静かにしてください」
「はいぃ!」
即答。
炭治郎は思わず目を丸くする。
「……」
この人は一体何なんだ。
その時。
少年が炭治郎を見る。
「……?」
「君……」
「はい?」
「君も男か」
「そうだけど」
「よかったぁぁぁ!」
突然、少年が炭治郎へ駆け寄る。
「仲間だぁぁぁ!」
「え?」
「ここ、女の子ばっかりで怖かったんだよ!」
「蝶屋敷だからな……」
「そうなの!?」
炭治郎は困惑した。
「俺は竈門炭治郎」
「俺は我妻善逸!」
少年――我妻善逸は胸を張った。
「よろしく!」
「よろしく」
二人は握手する。
だが。
善逸は炭治郎の顔をじっと見た。
「……君」
「?」
「なんか変な匂いする」
「匂い?」
「うん」
善逸は鼻を動かす。
「傷薬と血と……」
そして。
「鬼の匂い」
炭治郎の表情が変わる。
「……!」
「やっぱり」
善逸が指差す。
「君、鬼と一緒にいるだろ!」
「……」
「まさか――」
善逸の顔が青ざめる。
「鬼を連れてるの!?」
「落ち着け!」
炭治郎が慌てて説明する。
「禰豆子は俺の妹だ!」
「妹!?」
「鬼になったんだ!」
「鬼になった妹ぉぉぉ!?」
善逸が絶叫する。
「なんでそんな重要なことを普通の顔で言えるの!?」
「普通の顔じゃない!」
「いや普通だよ!」
「……」
二人のやり取りを見ていたしのぶが、思わず口元を押さえる。
「ふふ……」
「しのぶさん、笑わないでください!」
「すみません」
その時。
「何を騒いでいる」
低い声が響いた。
「……!」
二人が振り返る。
廊下の向こうから。
獪岳が歩いてくる。
「獪岳さん」
炭治郎が頭を下げる。
「我妻善逸です!」
善逸も慌てて頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
獪岳は善逸を見る。
「……我妻善逸」
「は、はい!」
「お前も雷の呼吸を使うそうだな」
「……!」
善逸の顔が引きつる。
「な、なんで知ってるんですか?」
「元雷の呼吸の使い手だからだ」
「えっ!?」
善逸の目が大きくなる。
「じゃあ……」
獪岳は淡々と言う。
「お前の師――桑島慈悟郎の弟子だった」
「……!」
善逸は驚きのあまり固まった。
「じゃあ……俺と兄弟弟子……?」
「ああ」
「……」
善逸の身体が震える。
そして。
「――うわぁぁぁぁぁん!」
突然泣き出した。
「えぇ!?」
炭治郎が驚く。
「どうした!?」
「俺、絶対怒られると思ってたぁぁぁ!」
「なぜだ」
「だって兄弟子って怖いじゃん!」
「……」
獪岳は眉間に皺を寄せる。
「誰が怖いだ」
「あなたです!」
即答。
「……」
獪岳の額に青筋が浮かぶ。
「善逸」
「はい!」
「一つ聞く」
「はい……」
「お前は雷の呼吸を何型まで使える?」
「……壱ノ型だけです」
「そうか」
獪岳は少し考える。
「なら、それを極めろ」
「……え?」
善逸が顔を上げる。
「無理に他の型を覚える必要はない」
「でも……」
「壱ノ型しか使えないなら――」
獪岳は善逸を見る。
「壱ノ型を誰にも負けないほど極めればいい」
「……!」
善逸は目を見開く。
「それで……いいんですか?」
「ああ」
「でも俺……弱くて……」
「弱い?」
獪岳が一歩近づく。
「なら強くなれ」
「……」
「泣いている暇があるなら、鍛錬しろ」
「……はい」
善逸は小さく頷く。
その様子を見ていた炭治郎が口を開く。
「獪岳さん」
「何だ」
「善逸は、俺と一緒に戦えると思いますか?」
「……」
獪岳は二人を見る。
炭治郎。
善逸。
水と雷。
性格も戦い方も正反対。
だが。
「悪くない」
「本当ですか!?」
善逸が顔を上げる。
「ただし――」
獪岳は二人を指差す。
「互いに足を引っ張るな」
「はい!」
「はいぃ!」
二人が同時に返事をする。
「それから」
獪岳は善逸を見る。
「俺を兄弟子と呼ぶなら、恥ずかしくない剣士になれ」
「……!」
善逸の表情が変わる。
「……分かりました」
「おう」
その時。
炭治郎が笑った。
「よろしくな、善逸」
「……」
善逸は炭治郎を見る。
少しだけ不安そうな顔。
しかし。
「……うん」
「一緒に頑張ろう」
「うん!」
二人は拳を軽く合わせる。
その様子を見ていたしのぶが微笑む。
「なんだか、いい友達になりそうですね」
「そうだな」
獪岳も小さく頷く。
そして。
「竈門」
「はい」
「我妻」
「はい!」
「お前たちは、これから強くなる」
二人が獪岳を見る。
「そのために――」
獪岳の口元が僅かに緩む。
「まずは怪我を治せ」
「……はい!」
「はいぃ!」
こうして。
水の呼吸を使う少年。
竈門炭治郎。
雷の呼吸を使う少年。
我妻善逸。
二人の出会いが始まった。
そしてその二人を導くのは――。
鳴柱となった兄弟子、獪岳。
本来ならば交わることのなかった三人の運命は。
この日。
蝶屋敷で、大きく動き始めた。