鬼殺隊本部。
昼下がり。
訓練場では、今日も隊士たちの鍛錬が続いていた。
「もっと腰を落とせ!」
「はい!」
獪岳の声が響く。
炭治郎、善逸、伊之助。
そして大勢の隊士たちが、必死に食らいついている。
その様子を、少し離れた場所から見つめる大男がいた。
「……」
岩柱・悲鳴嶼行冥。
両手を合わせ、静かに立っている。
「悲鳴嶼さん」
獪岳が気づく。
「来ていたのか」
「ああ」
悲鳴嶼は頷く。
「随分と熱心に教えているな」
「こいつらが強くなりたいと言うからな」
「そうか」
悲鳴嶼は炭治郎たちを見る。
「良い目をしている」
「そう思うか?」
「ああ」
悲鳴嶼の口元に、僅かな笑みが浮かぶ。
「必死に生きようとしている者の目だ」
その言葉に、獪岳は黙って頷いた。
すると。
「悲鳴嶼さん!」
炭治郎が駆けてくる。
「お久しぶりです!」
「うむ」
「今日も鍛錬を見ていただけますか?」
「ああ」
炭治郎は嬉しそうに笑う。
その後ろから伊之助がやってくる。
「岩柱!」
「何だ」
「俺と勝負しろ!」
「……」
悲鳴嶼は困ったように眉を下げる。
「今のお前では、まだ早い」
「何だと!」
「いずれ強くなれば相手をしよう」
「本当か!」
「約束しよう」
「よっしゃあ!」
伊之助が喜ぶ。
善逸は少し離れたところで震えていた。
「俺は絶対に勝負しない……」
「我妻」
「はい!?」
「お前も鍛錬するといい」
「はいぃ……」
その様子を見て、獪岳が苦笑する。
「相変わらずだな」
「……獪岳」
悲鳴嶼が呼ぶ。
「何だ?」
「少し話したい」
「分かった」
二人は訓練場を離れ、静かな庭へ向かった。
「……」
しばらく歩いた後。
悲鳴嶼が口を開く。
「お前は変わったな」
「またそれか」
「以前のお前なら、他人を鍛えることなど考えなかっただろう」
獪岳は黙る。
「……否定はしない」
「なぜ変わった?」
獪岳は少し考える。
「守りたい奴ができたからだ」
悲鳴嶼は静かに聞いている。
「しのぶ」
「ああ」
「カナエ」
「ああ」
「それに、あいつらもだ」
獪岳は訓練場を見る。
「俺一人が強くなるより、仲間が強くなった方が救える命が増える」
「……そうか」
悲鳴嶼は静かに頷く。
「それは良い変化だ」
「そう思うか?」
「ああ」
そして。
「私にも、そういう者たちがいた」
獪岳が振り返る。
悲鳴嶼の声が少しだけ寂しくなる。
「寺で暮らしていた子供たちだ」
「……」
「私はあの子たちを守りたかった」
悲鳴嶼は目を閉じる。
「血の繋がった子供ではなかった」
「だが――」
「私にとっては、皆、大切な子供だった」
獪岳は黙って聞く。
「だから私は、今でもあの子たちを忘れられない」
「……」
「守れなかったことを、今でも悔いている」
重い沈黙。
獪岳はしばらく何も言わなかった。
そして。
「悲鳴嶼さん」
「ああ」
「それでも、あんたは今も誰かを守っている」
悲鳴嶼の目が僅かに開く。
「柱として」
「隊士たちを守り」
「鬼に苦しめられる人間を守っている」
獪岳はまっすぐ言う。
「それなら、あんたは十分にあの子たちの『父親』だったんじゃないか」
「……」
悲鳴嶼の目から、一筋の涙が落ちた。
「南無……」
数珠が静かに鳴る。
「……ありがとう」
「礼を言われるようなことじゃない」
「いや」
悲鳴嶼は首を振る。
「その言葉は、私がずっと欲しかった言葉なのかもしれない」
獪岳は黙っている。
その時。
「獪岳さん!」
遠くから炭治郎の声が聞こえる。
「はい?」
「獪岳さんじゃない! 獪岳さん!」
「……」
獪岳が振り返る。
「何だ!」
「悲鳴嶼さんが俺たちを呼んでます!」
「……?」
悲鳴嶼が微笑む。
「少しだけ、あの子たちと話したい」
「分かった」
炭治郎たちが集まってくる。
悲鳴嶼は三人を見る。
「お前たちは、獪岳を慕っているな」
「はい!」
炭治郎が即答する。
伊之助も胸を張る。
「強ぇからな!」
善逸は頷く。
「怖いけど……頼れる兄弟子です」
「……お前ら」
獪岳が呆れる。
悲鳴嶼は優しく笑った。
「ならば、獪岳を支えてやってほしい」
「え?」
「強い者にも、支えは必要だ」
炭治郎が頷く。
「分かりました!」
「俺も!」
伊之助が叫ぶ。
「俺が強くなって、獪岳を助けてやる!」
「お前に助けられるほど俺は弱くない」
「何だと!」
「でも……」
獪岳は少しだけ笑う。
「期待しておく」
「おう!」
その光景を見ていた悲鳴嶼の胸に、温かなものが広がる。
「……」
いつしか。
自分の周りにも。
こうして若い命が集まっていた。
血の繋がりなどない。
それでも。
守りたいと思える者たち。
「……」
悲鳴嶼は静かに目を閉じる。
そして。
「獪岳」
「何だ?」
「お前は、良い兄だな」
「……兄?」
「この子たちにとってな」
獪岳は三人を見る。
炭治郎。
善逸。
伊之助。
「……そうかもな」
獪岳が笑う。
その瞬間。
「じゃあ俺、獪岳の弟な!」
伊之助が叫ぶ。
「俺も!」
炭治郎が笑う。
「俺も……兄弟弟子だし」
善逸も続く。
「勝手に決めるな!」
獪岳が怒鳴る。
「ふふ……」
悲鳴嶼は笑った。
「……賑やかだ」
そして。
悲鳴嶼行冥は思う。
血の繋がりがなくとも。
守り、守られ。
共に歩む者たちは――。
家族になれるのだ。
かつて守れなかった「子供たち」を思いながら。
岩柱は、静かに涙を流した。
「南無阿弥陀仏……」
その声は。
悲しみだけではなく。
新しい世代への、祈りでもあった。