――山奥の道場。
夕暮れの空に、二つの雷鳴が響いていた。
「――雷の呼吸!」
善逸が地面を蹴る。
「壱ノ型・霹靂一閃!」
――バァンッ!!
一瞬で距離を詰める。
その先で待っていた獪岳が、刀を構える。
「遅い!」
「えっ!?」
獪岳の姿が消えた。
次の瞬間。
「雷の呼吸・壱ノ型――極!」
――轟ッ!!
二つの雷光が交差する。
善逸は寸前で身を翻した。
「うわっ!」
「今の判断は悪くない」
獪岳が振り返る。
「ありがとうございます!」
善逸が息を整える。
「でも兄貴、速すぎるよ……」
「柱と比べれば、まだまだだ」
「それでも俺には見えないよ!」
「なら見えるようになれ」
「無茶言うなぁ!」
獪岳は少し笑った。
「昔のお前なら、そこで諦めていただろうな」
「……」
善逸の表情が変わる。
「そうだね」
以前の自分。
自分には何もできないと思っていた。
雷の呼吸を使っても、壱ノ型しか使えない。
才能がない。
弱い。
怖い。
いつもそう思っていた。
だが。
今は違う。
「俺、もう逃げたくない」
善逸が刀を握り直す。
「兄貴に教えてもらったから」
「……」
「壱ノ型しか使えないなら」
善逸は構える。
「壱ノ型を極めればいい」
獪岳の目が細くなる。
「そうだ」
「だから――」
善逸が笑う。
「俺の霹靂一閃を見てよ」
「……いいだろう」
獪岳も構える。
「来い」
二人の間に静寂が落ちる。
風が止まる。
鳥の声さえ遠ざかる。
そして――。
「「雷の呼吸――」」
同時に踏み込む。
「壱ノ型!」
「壱ノ型・極!」
――轟音。
二人の雷が正面から衝突した。
バァァァン!!
地面が震える。
砂埃が舞う。
やがて。
「……!」
善逸が膝をついた。
獪岳は立っている。
だが。
「……」
獪岳の刀もまた、善逸の刀を真正面から受け止めていた。
善逸は息を切らしながら笑う。
「……やっぱり、勝てないか」
「まだな」
「え?」
獪岳は善逸を見る。
「だが、以前より遥かに強くなった」
「……!」
「お前の霹靂一閃は、お前だけの技になりつつある」
善逸は目を見開く。
「俺だけの……」
「ああ」
獪岳は刀を収める。
「俺の雷を真似する必要はない」
「……」
「俺は俺の雷を極める」
「お前は――」
獪岳は善逸の肩を叩く。
「お前の雷を極めろ」
善逸はしばらく黙っていた。
そして。
「兄貴」
「何だ」
「いつか――」
善逸は真っ直ぐに獪岳を見る。
「絶対に追いつく」
獪岳は笑った。
「楽しみにしている」
◆
その様子を、道場の縁側から見ている人物がいた。
桑島慈悟郎だった。
「……」
師は静かに二人を見つめる。
かつて。
獪岳と善逸は、同じ場所で鍛錬していた。
だが。
二人の心は、決して同じ方向を向いていなかった。
獪岳は強さを求め。
善逸は自分の弱さに怯えていた。
それが今。
「並んで……雷を放っている」
慈悟郎の目が潤む。
「……」
二人の雷は違う。
獪岳の雷は鋭く、重い。
極限まで磨き上げられた雷。
善逸の雷は速い。
一瞬に全てを懸ける雷。
それでも。
「どちらも……儂の弟子の雷じゃ」
慈悟郎は嬉しそうに微笑んだ。
◆
その夜。
三人で夕食を囲む。
「兄貴」
「何だ?」
善逸が箸を止める。
「俺さ」
「うん」
「前は兄貴のこと、怖かった」
「知っている」
「でも今は……」
善逸は笑った。
「兄貴が兄弟子でよかったと思ってる」
獪岳の手が止まる。
「……そうか」
「うん」
「なら、これからもそう思えるようにしてやる」
「え?」
「俺がもっと強くなる」
善逸は笑う。
「俺ももっと強くなる!」
慈悟郎が二人を見る。
「ふふ……」
「何だよ、爺さん」
「いや」
慈悟郎は目を細める。
「良いものを見せてもらったと思ってな」
「……」
「二人の雷が、ようやく同じ空に並んだ」
獪岳は黙っていた。
善逸は照れくさそうに笑う。
外では。
遠くで雷鳴が響いている。
それはまるで。
二人の剣士を祝福するようだった。
◆
翌朝。
獪岳と善逸は、再び道場に立っていた。
「行くぞ、善逸」
「うん!」
二人が刀を構える。
「「雷の呼吸――」」
――バチッ。
二人の刀から、同時に雷光が走る。
獪岳の雷。
善逸の雷。
兄弟弟子として、別々の道を歩みながら。
それでも。
同じ師から受け継いだ一つの呼吸を胸に。
二人は並び立つ。
そして――。
「行くぞ!」
「うん!」
二つの雷鳴が、山々に轟いた。