――山奥の道場。
早朝。
まだ朝靄の残る山中に、二人の少年剣士が立っていた。
「……」
善逸は刀を握り締める。
向かいに立つのは――兄弟子、獪岳。
「準備はいいか?」
「うん」
善逸は頷いた。
今日の鍛錬は、いつもの打ち込みではない。
互いの奥義をぶつける。
それが、獪岳から善逸へ出された課題だった。
「お前は自分の雷を完成させろ」
獪岳が言う。
「俺の雷を追う必要はない」
「……分かってる」
善逸は目を閉じる。
呼吸を整える。
心臓の鼓動。
足裏から伝わる大地の感触。
そして――。
自分の中にある雷。
「俺の雷は……」
善逸が呟く。
「一瞬に全部を懸ける」
獪岳が頷く。
「そうだ」
「だから――」
善逸が刀を抜く。
「俺は、俺の一撃で兄貴に届く!」
獪岳の口元が僅かに上がった。
「来い」
次の瞬間。
「雷の呼吸――」
善逸の姿が消える。
「漆ノ型――」
空気が震える。
「火雷神!!」
――ドォンッ!!
凄まじい雷鳴。
黄色い閃光が山道を一直線に駆け抜ける。
その速度は、これまでの善逸とは明らかに違っていた。
「……!」
獪岳の目が見開かれる。
「速い!」
獪岳は刀を構える。
「雷の呼吸・改――」
大地を踏み抜く。
「帝釈天!」
――轟ッ!!
獪岳の周囲から雷光が爆発的に広がった。
一条の雷ではない。
幾重にも分岐した雷撃が、まるで天から降り注ぐ稲妻のように走る。
火雷神。
帝釈天。
二つの雷が正面から激突する。
――ズガァァァン!!
山全体が揺れた。
鳥たちが一斉に飛び立つ。
木々の葉が激しく舞い上がる。
そして。
「……っ!」
善逸が地面を滑る。
獪岳も数歩後退した。
「……」
二人とも、しばらく動かなかった。
やがて。
善逸が顔を上げる。
「兄貴……」
「ああ」
「今の……」
「見事だった」
獪岳は即答した。
「……!」
善逸の目が輝く。
「本当に!?」
「ああ」
獪岳は自分の刀を見る。
刃こぼれこそしていない。
だが。
「俺の帝釈天を、正面から抜けるとは思わなかった」
「……!」
善逸は嬉しそうに笑う。
「やった……!」
だが獪岳は続ける。
「ただし」
「え?」
「まだ甘い」
「……やっぱり?」
「当然だ」
獪岳が笑う。
「俺を倒したわけじゃない」
「うっ……」
「だが――」
獪岳は善逸の肩に手を置く。
「お前の火雷神は、もう立派な奥義だ」
善逸は黙った。
「……俺の雷とは違う」
「うん」
「速さに全てを懸ける」
「うん」
「だからこそ強い」
善逸は嬉しそうに笑った。
「ありがとう、兄貴」
「礼などいらん」
「でも――」
善逸は刀を握り直す。
「いつか絶対に勝つから」
「……」
獪岳は笑う。
「なら、次は俺も本気で迎え撃つ」
「えっ!?」
「当たり前だ」
「ちょっと待って! 今でも十分本気だったでしょ!?」
「まだ余裕はあった」
「嘘だぁ!」
「嘘ではない」
「じゃあ俺、死ぬじゃん!」
「死なない程度には加減する」
「その言い方が怖いんだよ!」
そのやり取りを。
少し離れた場所から見ていた人物がいた。
「……」
桑島慈悟郎。
師は二人の弟子を見つめていた。
「火雷神……」
そして。
「帝釈天……」
かつて自分が教えた雷の呼吸。
それが今。
二人の弟子によって、それぞれ別の形へと進化している。
獪岳は雷の呼吸を改良し、帝釈天という強大な技を編み出した。
善逸は壱ノ型を極限まで磨き、自らの奥義――火雷神へと昇華させた。
「……」
慈悟郎の目から、涙が一筋流れる。
「見事じゃ……」
二人が振り返る。
「爺さん?」
「師匠?」
慈悟郎はゆっくり歩いてくる。
「二人とも……よくぞここまで」
「……」
「お前たちの雷は、もう儂の知っている雷の呼吸だけではない」
慈悟郎は二人を見る。
「それぞれが、自分自身の雷を見つけたのじゃ」
善逸が嬉しそうに笑う。
「兄貴の帝釈天も凄かったよ」
「お前の火雷神もな」
「……」
二人の視線が交わる。
昔なら。
互いを敵視していた二人。
だが今は。
「俺は兄貴の雷を超える」
「俺もお前の雷を認める」
「だから――」
善逸が拳を握る。
「もっと強くなろう!」
「ああ」
獪岳が頷く。
「共に、な」
慈悟郎は静かに微笑む。
「……これでよい」
師匠と二人の弟子。
三人の間に、温かな沈黙が流れた。
◆
その日の夕方。
鬼殺隊本部。
「獪岳さん!」
炭治郎が駆け寄ってくる。
「善逸から聞きました!」
「何をだ?」
「凄い技を出したって!」
善逸が慌てる。
「ちょっと炭治郎! 言わなくていいって!」
「だって凄かったから!」
伊之助も飛び込んでくる。
「何だ何だ!?」
「火雷神と帝釈天だって!」
「俺にも見せろ!」
「今度な」
獪岳が答える。
「二人ともまだ鍛錬中だ」
そこへ、しのぶがやって来る。
「随分と楽しそうですね」
「しのぶさん!」
善逸が笑う。
「今日、兄貴と凄い勝負したんですよ!」
「まあ」
しのぶが獪岳を見る。
「どうでした?」
「善逸が強くなった」
「それは良かったですね」
しのぶが善逸を見る。
「火雷神、とても綺麗な名前です」
善逸が照れる。
「えへへ……」
「そして獪岳さんは?」
「帝釈天だ」
「獪岳さんらしいですね」
しのぶは微笑んだ。
「二人の雷が、別々の形になったんですね」
「ああ」
獪岳は空を見る。
「同じ雷の呼吸から生まれた」
「だが――」
隣にいる善逸を見る。
「同じである必要はない」
善逸も頷く。
「うん」
雷は一つではない。
速く駆け抜ける雷もある。
天から幾重にも降り注ぐ雷もある。
それぞれの剣士が。
それぞれの生き方で磨き上げた雷。
そして。
その二つの雷はいつの日か。
鬼を討ち。
仲間を守り。
人々の未来を照らすために――。
並び立つことになる。
「火雷神」
「帝釈天」
二人の弟子が生み出した、二つの雷。
その名を。
桑島慈悟郎は、涙を流しながら胸に刻んだ。