鬼殺隊本部・訓練場。
夕暮れ。
「――雷の呼吸・壱ノ型!」
――バァンッ!!
善逸の姿が消える。
直後、訓練用の標的が真っ二つに割れた。
「……!」
周囲で見ていた隊士たちから、歓声が上がる。
「速い!」
「今の、見えたか?」
「いや、全然……!」
善逸は刀を収め、荒い息を整える。
「……どう?」
「何がだ?」
背後から聞こえた声。
善逸が振り返る。
そこに立っていたのは、鳴柱・獪岳。
「兄貴!」
善逸の顔が明るくなる。
「今の見てた?」
「ああ」
「どうだった?」
獪岳はしばらく黙って標的を見る。
「速くなったな」
「本当!?」
「ああ」
「やった!」
善逸が嬉しそうに笑う。
しかし獪岳は続けた。
「だが、まだ姿勢が甘い」
「……」
「踏み込みの瞬間、右肩が浮いている」
「えっ」
「それでは威力が逃げる」
「う……」
善逸が肩を落とす。
「やっぱり兄貴は厳しいなぁ……」
「当然だ」
獪岳は刀を抜く。
「俺に追いつきたいなら、それくらい直せ」
「……!」
その言葉に、善逸の目が変わった。
「追いつく」
「何?」
「俺、兄貴に追いつくよ」
善逸は刀を握り直した。
「いや……」
一歩前へ出る。
「追いつくだけじゃない」
さらに一歩。
「いつか、追い越す」
獪岳は目を細める。
「言うようになったな」
「兄貴がそう言ったんだろ?」
「何をだ」
「俺の雷を極めろって」
「……」
「だから俺は、俺の雷を極める」
善逸の瞳には、もう昔の怯えはなかった。
「火雷神も、もっと強くする」
獪岳は静かに笑う。
「なら――」
刀を構える。
「俺も負けるつもりはない」
「望むところだよ!」
二人が向かい合う。
その光景を、炭治郎と伊之助が見ていた。
「善逸、凄く変わったな」
「ああ」
伊之助が笑う。
「前はすぐ逃げてたのにな!」
「伊之助! 聞こえてるからね!」
「本当のことだろ!」
「うるさい!」
獪岳が声を上げる。
「お前たちも見ているだけじゃなく、構えろ」
「え?」
「三人まとめて相手をしてやる」
「ええ!?」
炭治郎が驚く。
伊之助は嬉しそうに笑った。
「やるぞ!」
「おい待て伊之助!」
「行くぞ!」
「待ってぇぇぇ!」
◆
三十分後。
「……もう無理……」
善逸が地面に倒れている。
「まだまだだ!」
伊之助は元気だった。
炭治郎は肩で息をしている。
「獪岳さん……強すぎます……」
獪岳は汗を拭いながら答える。
「お前たちも強くなっている」
「本当ですか?」
「ああ」
そして。
獪岳は善逸を見る。
「特に善逸」
「俺?」
「今の一撃」
獪岳は地面に残った足跡を見る。
「俺の動きを見てから、途中で軌道を変えたな」
「……!」
「以前のお前にはできなかった」
善逸は驚いた。
「見てくれてたんだ……」
「当然だ」
獪岳は弟弟子を見る。
「お前の成長を見ない兄弟子がいるか」
「……!」
善逸の目が潤む。
「兄貴……」
「何だ」
「俺……」
善逸は立ち上がる。
「俺も強くなったよ」
獪岳は黙っている。
善逸は笑った。
「昔は兄貴の背中を追いかけるだけだった」
「……」
「でも今は、自分の足で立ってる」
「そうだな」
「だから――」
善逸は刀を握る。
「兄貴の隣に立てるくらい、強くなる」
獪岳は静かに頷いた。
「……ああ」
「待ってる」
その一言。
それだけで。
善逸の胸が熱くなる。
◆
その夜。
鬼殺隊本部の縁側。
獪岳は一人で空を見上げていた。
「兄貴」
「……善逸か」
善逸が隣に座る。
「今日さ」
「ん?」
「爺ちゃん、嬉しそうだった」
「ああ」
「俺たちが一緒に鍛錬してるの、凄く喜んでた」
「……そうだな」
二人はしばらく黙っていた。
「兄貴」
「何だ」
「俺、昔は兄貴が怖かった」
「知っている」
「でも今は違う」
善逸が笑う。
「俺の一番尊敬する兄弟子だよ」
「……」
獪岳は少しだけ顔を逸らした。
「そうか」
「うん」
「なら、もっと強くなれ」
「え?」
「俺を尊敬しているなら――」
獪岳は立ち上がる。
「俺を超えてみろ」
善逸の目が輝く。
「……絶対に!」
「楽しみにしている」
二人の間に、静かな笑いが生まれた。
そして翌朝。
「兄貴!」
「何だ!」
「今日も鍛錬お願いします!」
「昨日あれだけやって、まだやるのか?」
「うん!」
善逸は笑っている。
「俺、もっと強くなりたいから!」
獪岳も笑う。
「……来い!」
「はい!」
朝焼けの中。
二人の雷が、再び轟いた。
兄の雷。
弟の雷。
かつては交わることのなかった二つの道。
今は――。
互いを高め合うために、同じ空を目指している。
そして善逸は、心の中で改めて誓った。
――兄貴。
――俺も強くなったよ。
だからいつか。
必ずあなたの隣に立つ。
兄弟子と肩を並べる、一人の雷の剣士として。