『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第12話 大正コソコソ噂話・寺の兄ちゃん獪岳

――これは、鬼が寺を襲った事件からしばらく経った頃の話。

 

寺には、以前とは少し違う空気が流れていた。

 

「獪岳兄ちゃーん!」

 

「何だ!」

 

朝から元気な声が響く。

 

縁側で木刀の手入れをしていた獪岳は、顔を上げた。

 

「鬼ごっこしよう!」

 

「嫌だ」

 

「なんで!」

 

「俺は修行がある」

 

「じゃあ修行終わったら!」

 

「……それならいい」

 

「約束!」

 

「ああ」

 

子供は嬉しそうに駆けていく。

 

獪岳はため息を吐いた。

 

「……まったく」

 

その顔には。

 

ほんの少しだけ、笑みが浮かんでいた。

 

「獪岳」

 

「はい?」

 

背後から悲鳴嶼の声。

 

「お前、子供たちに甘くなったな」

 

「……別に」

 

「以前なら断っていただろう」

 

「…………」

 

「良いことだ」

 

「……うるさいですよ」

 

獪岳は顔を逸らした。

 

だが。

 

寺の子供たちは知っている。

 

獪岳は怖い。

 

口も悪い。

 

怒るとめちゃくちゃ怖い。

 

けれど。

 

誰よりも自分たちを見ている。

 

「獪岳兄ちゃん!」

 

「今度は何だ!」

 

「靴が破れた!」

 

「見せろ」

 

「転んだ!」

 

「怪我は?」

 

「お腹空いた!」

 

「それは俺じゃなくて悲鳴嶼さんに言え!」

 

「獪岳兄ちゃん!」

 

「だから何だ!」

 

「大好き!」

 

「…………」

 

獪岳は固まった。

 

「……急に何言ってんだ、お前」

 

子供は笑う。

 

「だって兄ちゃんだから!」

 

「…………」

 

獪岳は視線を逸らした。

 

「……そうかよ」

 

小さく。

 

「俺も……嫌いじゃねぇよ」

 

「え?」

 

「何でもねぇ!」

 

――こうして。

 

獪岳はいつの間にか。

 

「寺の兄ちゃん」

 

と呼ばれるようになっていた。

 

ただ。

 

本人だけは、その呼び名を認めていない。

 

「俺は獪岳だ」

 

「獪岳兄ちゃん!」

 

「……それはもういい」

 

「兄ちゃん!」

 

「……はいはい」

 

そんなある日のこと。

 

寺の掃除を終えた子供たちが集まっていた。

 

「ねえ、獪岳兄ちゃんって強いの?」

 

「強いぞ」

 

即答。

 

「どれくらい?」

 

「鬼が来ても逃げないくらい」

 

「すごい!」

 

「でも、悲鳴嶼さんの方が強いよ」

 

「……それはそうだ」

 

「獪岳兄ちゃんは二番?」

 

「今はな」

 

「じゃあ一番になる?」

 

「当然だ」

 

獪岳は胸を張った。

 

「俺はいつか柱になる」

 

「柱?」

 

「鬼殺隊の一番強い奴らだ」

 

「獪岳兄ちゃん、柱になったら何柱?」

 

「……」

 

獪岳は少し考える。

 

「雷だ」

 

「雷柱!」

 

「いや」

 

獪岳は木刀を構える。

 

「鳴柱だ」

 

「なりばしら?」

 

「ああ」

 

「かっこいい!」

 

「そうだろ」

 

獪岳は得意げに笑う。

 

「俺は雷の呼吸を極めて、鬼を全部ぶっ倒す」

 

「鬼を全部?」

 

「ああ」

 

「怖くないの?」

 

「怖いに決まってる」

 

子供たちが驚く。

 

「怖いのに戦うの?」

 

「そうだ」

 

獪岳は木刀を握る。

 

「怖いからこそ、守るんだ」

 

子供たちは黙った。

 

そして。

 

「……獪岳兄ちゃん、かっこいい」

 

「…………」

 

獪岳は顔を逸らす。

 

「当たり前だ」

 

その様子を。

 

少し離れた場所から悲鳴嶼が見ていた。

 

「……南無阿弥陀仏」

 

その表情は穏やかだった。

 

――夜。

 

子供たちが眠った後。

 

獪岳は縁側で月を見ていた。

 

悲鳴嶼が隣に座る。

 

「今日も賑やかだったな」

 

「……はい」

 

「楽しかったか?」

 

「……まあ」

 

「そうか」

 

しばらく沈黙。

 

「悲鳴嶼さん」

 

「何だ?」

 

「俺……」

 

獪岳は月を見る。

 

「ここを出る日が来るんですよね」

 

悲鳴嶼は静かに頷く。

 

「鬼殺隊に入るためか」

 

「はい」

 

「寂しいか?」

 

「…………」

 

獪岳は答えなかった。

 

だが。

 

その沈黙が答えだった。

 

「……少し」

 

悲鳴嶼は優しく言う。

 

「帰ってくればいい」

 

「え?」

 

「ここは、お前の家だ」

 

獪岳の目が揺れる。

 

「…………」

 

「柱になっても」

 

「…………」

 

「強くなっても」

 

「…………」

 

「ここに帰ってきなさい」

 

「……はい」

 

獪岳は小さく笑った。

 

「帰ってきます」

 

「うむ」

 

「絶対に」

 

「うむ」

 

そして。

 

獪岳は月を見上げる。

 

「……俺、ちゃんと兄貴になれてますかね」

 

悲鳴嶼は即答した。

 

「ああ」

 

「……そうですか」

 

「ああ」

 

「…………」

 

獪岳は照れ臭そうに笑った。

 

「じゃあ……もう少しだけ、兄貴やってみます」

 

――この日。

 

寺の子供たちは改めて思った。

 

獪岳は怖い。

 

口も悪い。

 

でも。

 

自分たちを守ってくれる。

 

叱ってくれる。

 

一緒に笑ってくれる。

 

そして。

 

帰ってきてくれる。

 

だから。

 

彼らにとって獪岳は――。

 

「寺の兄ちゃん」

 

だった。

 

【大正コソコソ噂話】

 

寺の子供たちによる「獪岳兄ちゃんランキング」が密かに存在する。

 

第一位。

 

「強い!」

 

第二位。

 

「怖い!」

 

第三位。

 

「優しい!」

 

第四位。

 

「ご飯を分けてくれる!」

 

第五位。

 

「寝る前に布団をかけてくれる!」

 

なお、獪岳本人にこのランキングを見せたところ。

 

「……『怖い』が二位って何だよ」

 

と不満を漏らした。

 

すると子供たちは。

 

「だって、怒った獪岳兄ちゃん怖いもん!」

 

「…………」

 

「でも大好き!」

 

「…………そうかよ」

 

結局、怒れなくなった。

 

さらに。

 

悲鳴嶼行冥にもランキングを見せたところ――。

 

「では、私は?」

 

子供たちが考える。

 

「お父さん!」

 

「…………」

 

悲鳴嶼は少しだけ目を見開いた後。

 

「……南無阿弥陀仏」

 

と、静かに涙を流した。

 

なお。

 

獪岳は横で、

 

「だから俺は兄貴で、悲鳴嶼さんはお父さんじゃねぇって!」

 

と必死に否定していたという。

 

――大正コソコソ噂話・終。

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