第122話 無限城
――その夜。
鬼殺隊本部。
静寂に包まれた屋敷の中で、獪岳はふと目を覚ました。
「……」
妙な気配。
空気が変わっている。
鳥の声もない。
虫の音すら聞こえない。
獪岳は布団から起き上がり、腰の刀に手を伸ばす。
「……何だ?」
その瞬間――。
――ドクン。
地面が揺れた。
「!」
次の瞬間。
視界が反転する。
天井が消えた。
床が崩れた。
「なっ……!」
獪岳の身体が、暗闇へと落下していく。
「獪岳さん!」
遠くから、しのぶの声。
「しのぶ!」
手を伸ばす。
しかし――届かない。
「くっ……!」
獪岳の身体は、そのまま闇の底へ飲み込まれた。
◆
――ドンッ!
「……!」
獪岳が着地する。
刀を抜き、周囲を見渡す。
「ここは……」
そこには。
上下左右すら分からない、異様な空間が広がっていた。
巨大な階段。
宙に浮かぶ廊下。
逆さまになった部屋。
遠くには無数の扉。
そして。
どこからともなく響く、琵琶の音。
――ベン。
「……無限城」
獪岳は呟いた。
鬼舞辻無惨。
ついに奴が動いた。
「そういうことか……」
獪岳は刀を握り締める。
その瞬間。
「獪岳!」
声が響く。
「!」
振り返ると。
炭治郎が立っていた。
「炭治郎!」
「獪岳さん!」
さらに。
「兄貴!」
善逸。
「おい雷男!」
伊之助。
そして。
「獪岳さん……!」
しのぶ。
カナエ。
他の柱たち。
次々と隊士たちが集まってくる。
「全員……」
獪岳は目を見開く。
「無限城に落とされたのか」
「ああ」
悲鳴嶼が答える。
「鬼舞辻無惨が、我々をここへ招き入れたのだろう」
悲鳴嶼は数珠を握る。
「南無阿弥陀仏……」
その声に。
獪岳は周囲を見る。
これまで共に戦ってきた仲間たち。
自分が守ると決めた者たち。
そして。
自分の隣に立つ善逸。
「兄貴」
「ああ」
善逸が刀を抜く。
「来たね」
「ああ」
獪岳も刀を構える。
「最後の戦いだ」
善逸の手が震える。
だが。
もう逃げない。
「うん」
炭治郎も構える。
「みんなで帰りましょう」
伊之助が二刀を構える。
「鬼舞辻をぶっ倒して、地上に戻るぞ!」
しのぶは静かに刀を抜いた。
「ええ」
カナエも微笑む。
「必ず帰りましょう」
獪岳は二人を見る。
「……ああ」
その瞬間。
――ベン。
再び琵琶が鳴る。
空間が大きく動いた。
「!」
床が傾く。
壁が迫る。
廊下が伸びる。
仲間たちが次々と別々の方向へ飛ばされていく。
「炭治郎!」
「獪岳さん!」
「善逸!」
「兄貴!」
獪岳は手を伸ばす。
しかし。
「くっ……!」
無限城は、まるで生き物のように姿を変え続ける。
そして。
獪岳の前に、一つの扉が現れた。
扉の向こう。
そこから漂ってくるのは――。
凄まじい鬼の気配。
獪岳の目が鋭くなる。
「……来るか」
刀を握り直す。
雷が刃に走る。
「今まで積み重ねてきた全てを――」
バチッ。
「ここで終わらせる」
その時。
背後から声がした。
「兄貴!」
善逸だった。
「……!」
獪岳が振り返る。
善逸は息を切らしながら立っている。
「また一緒だね」
「……ああ」
獪岳は笑う。
「兄弟弟子だからな」
善逸も笑った。
「うん!」
二人は並んで立つ。
「兄貴」
「何だ」
「俺、怖いよ」
「……」
「でも」
善逸は刀を強く握る。
「もう逃げない」
獪岳は頷く。
「それでいい」
「兄貴も――」
善逸が獪岳を見る。
「一人で全部背負わないでね」
「……」
その言葉に。
獪岳は少しだけ目を伏せた。
昔の自分なら。
「余計なことを言うな」
そう返していただろう。
だが。
今は違う。
「分かった」
獪岳は答えた。
「お前も俺を頼れ」
「うん」
「そして俺も、お前を頼る」
「……!」
善逸が嬉しそうに笑う。
二人の刀に、同時に雷光が走った。
「雷の呼吸――」
「雷の呼吸――」
――バチバチッ!
「帝釈天!」
「火雷神!」
二つの雷が呼応する。
その瞬間。
遠くから、巨大な咆哮が響いた。
――グォォォォッ!!
無限城全体が震える。
獪岳の表情が変わる。
「……来たな」
鬼の群れ。
そして。
その遥か先にいる、最悪の存在。
鬼舞辻無惨。
「行くぞ、善逸」
「ああ!」
二人が走り出す。
だが。
その前に。
獪岳は一度だけ振り返った。
「しのぶ……」
姿は見えない。
それでも。
必ず会える。
必ず守る。
そして。
必ず生きて帰る。
「……待っていろ」
獪岳は前を向いた。
「俺は帰る」
――愛する者たちのいる場所へ。
◆
一方。
無限城の別の場所。
「……獪岳さん」
しのぶもまた、刀を握っていた。
隣にはカナエ。
「大丈夫よ、しのぶ」
「……はい」
カナエは微笑む。
「獪岳さんなら、きっと来てくれるわ」
「ええ」
しのぶも笑う。
「私も、彼のところへ行きます」
その瞳には。
もう迷いはなかった。
「今度は――」
しのぶが刀を構える。
「私が彼を支える番です」
◆
さらに別の場所。
悲鳴嶼は静かに目を閉じていた。
「……南無阿弥陀仏」
手にした武器を構える。
「この戦いを終わらせる」
悲鳴嶼の背後に、炭治郎たちの気配がある。
若い剣士たち。
守るべき命。
「もう二度と――」
数珠が鳴る。
「失わせぬ」
◆
そして。
無限城最深部。
玉座に座る男が、ゆっくりと目を開く。
鬼舞辻無惨。
「……」
琵琶の音が響く。
「柱が揃ったか」
無惨の口元が歪む。
「ならば――」
赤い瞳が輝く。
「今宵、全てを終わらせよう」
――無限城、開戦。
鬼殺隊と鬼の最終決戦が始まった。
その戦場の中心で。
二つの雷が走る。
一つは、全てを切り裂く雷。
――帝釈天。
もう一つは、一瞬に全てを懸ける雷。
――火雷神。
そして。
その二つを繋ぐのは。
兄弟弟子という絆。
獪岳は刀を握り締める。
「――行くぞ」
善逸が隣に並ぶ。
「ああ!」
二人の雷鳴が。
無限城の闇を、轟然と駆け抜けた。