――無限城。
琵琶の音が響くたび、空間そのものが歪む。
階段が宙へ伸び、廊下がねじれ、無数の部屋が生まれては消えていく。
その最深部。
静寂に包まれた広間に、一人の男が立っていた。
「……」
鬼舞辻無惨。
鬼という存在の頂点に立つ男。
赤い瞳が、ゆっくりと細められる。
「随分と集まったものだ」
無惨の声は静かだった。
しかし。
その声を聞いただけで、空気が凍りつく。
「柱……」
無惨は呟く。
「そして、竈門炭治郎」
さらに。
「鳴柱・獪岳」
その名を口にした瞬間。
無惨の表情が僅かに変わった。
「……」
かつてなら。
ただの一隊士に過ぎなかった男。
しかし今は違う。
「雷の呼吸を極め、柱にまで上り詰めたか」
無惨の口元に、冷たい笑みが浮かぶ。
「人間とは……実に奇妙な生き物だ」
◆
その頃。
無限城の一角。
獪岳と善逸は鬼の群れを斬り伏せていた。
「――帝釈天!」
――轟ッ!!
無数の雷撃が走る。
鬼たちが一瞬で消し飛ぶ。
「兄貴!」
善逸が叫ぶ。
「右!」
「分かっている!」
獪岳が振り返る。
善逸が一体の鬼を斬る。
「火雷神!」
――バァンッ!!
閃光。
鬼の首が落ちる。
「……」
獪岳は善逸を見る。
「息が合ってきたな」
「兄貴と一緒に鍛えてきたからね!」
善逸が笑う。
「このまま無惨のところまで行こう!」
「ああ」
獪岳が頷いた。
だが。
次の瞬間。
――ドクン。
空気が変わった。
「……!」
獪岳が立ち止まる。
善逸も感じ取る。
「何……この気配」
遠くから。
圧倒的な鬼の気配が近づいてくる。
「……無惨だ」
獪岳が呟く。
◆
無惨は歩いていた。
一歩。
また一歩。
ただそれだけ。
それなのに。
周囲の鬼たちが恐怖に震える。
「無惨様……」
「近づいている……」
「柱がいる場所へ……」
無惨は鬼たちを見向きもしない。
「邪魔だ」
腕を振る。
――ズンッ!!
鬼の身体が壁に叩きつけられ、消滅する。
「……」
無惨にとって。
配下の鬼すら、使い捨ての道具に過ぎない。
そして。
その先に。
一人の男が立っていた。
「……」
獪岳。
無惨と獪岳。
二人の視線が交差する。
善逸が息を呑む。
「兄貴……」
「下がっていろ」
「え?」
「こいつは――」
獪岳が刀を抜く。
「俺が斬る」
無惨は獪岳を見つめる。
「お前が鳴柱か」
「ああ」
「随分と自信があるようだな」
「自信じゃない」
獪岳の刀に雷が走る。
「覚悟だ」
無惨の目が細くなる。
「……面白い」
無惨の腕が変形する。
無数の触手が伸びる。
「ならば、その覚悟ごと――」
――ドンッ!!
獪岳が消えた。
「斬り捨ててやろう」
◆
――轟ッ!!
雷光と黒い触手が激突する。
獪岳は一撃を斬り払い、さらに踏み込む。
「雷の呼吸・改!」
「ほう」
無惨の触手が増える。
左右。
上下。
死角。
あらゆる方向から襲いかかる。
「速いな」
獪岳は紙一重で避ける。
「だが――」
雷光が走る。
「俺の方が速い!」
「……!」
無惨の頬に一筋の傷が入る。
赤い血が流れた。
「……」
無惨が止まる。
「私に傷をつけたか」
獪岳は刀を構える。
「これからもっとつける」
無惨の表情から笑みが消える。
「身の程を知れ」
その瞬間。
無惨の身体から、凄まじい殺気が噴き出した。
「兄貴!」
善逸が叫ぶ。
「来る!」
獪岳は叫び返す。
「善逸!」
「うん!」
二人が同時に構える。
「「雷の呼吸――」」
無惨の触手が一斉に襲いかかる。
「帝釈天!」
「火雷神!」
――轟轟轟轟ッ!!
二つの雷が無惨の攻撃を切り裂く。
しかし。
無惨の傷は瞬時に再生していく。
「……!」
善逸が驚く。
「再生が……速すぎる!」
「当然だ」
無惨が笑う。
「私は鬼の始祖だ」
傷が完全に消える。
「お前たち人間とは、存在そのものが違う」
獪岳は刀を構えたまま答える。
「それでも――」
「何?」
「俺たちは、お前を倒す」
無惨の瞳が赤く輝く。
「愚かな」
「愚かでもいい」
獪岳の背後に。
善逸が立つ。
さらに。
無限城の別の場所から、仲間たちの気配が近づいてくる。
「俺一人じゃない」
獪岳が言う。
「鬼殺隊全員で、お前を終わらせる」
その言葉に。
無惨は初めて。
僅かに眉を動かした。
「……鬼殺隊」
「そうだ」
「人間ごときが、私に勝てると?」
獪岳は笑った。
「勝てるさ」
そして。
刀を握り直す。
「俺たちは――」
雷光が爆ぜる。
「一人じゃないからな」
◆
遠く。
無限城の別の場所。
しのぶが足を止める。
「……獪岳さん」
カナエが微笑む。
「感じた?」
「はい」
二人は走り出す。
◆
悲鳴嶼もまた。
無惨の気配を感じ取っていた。
「……来たか」
「悲鳴嶼さん!」
炭治郎が叫ぶ。
「ああ」
悲鳴嶼は武器を構える。
「行こう」
◆
無限城最深部。
無惨と獪岳。
二人の間に。
再び静寂が落ちる。
「……鳴柱」
「何だ」
「お前のその目」
無惨が言う。
「随分と人間らしい目をしている」
「当たり前だ」
獪岳は即答した。
「俺は人間だからな」
「……」
「鬼になって永遠に生きるより――」
獪岳の瞳に、強い意志が宿る。
「限られた時間で、大切な奴らを守る」
無惨は鼻で笑う。
「くだらん」
「そう思うなら――」
獪岳が刀を構える。
「そのくだらない人間に、負けてみろ」
――バチィッ!!
雷鳴。
無惨もまた、全身から殺気を放つ。
「いいだろう」
「ならば――」
「この夜が終わる前に、どちらが正しいか証明してやろう」
そして。
二人が同時に踏み込んだ。
――最終決戦。
鬼舞辻無惨と鳴柱・獪岳。
その戦いの幕が、今。
本格的に上がった。